からめ

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からめ

創作BLを公開しています。

『ルキノと緊縛』(奇人宗教家×ヤリチン)

 白金髪に灰目、高い鼻、ここまではいい。凶悪で鋭い三白眼と、パーツ配列が猛禽類を思わせるマグラン一族の顔面的特徴はあまり一般ウケしない。しかし、俺はマグランの中では異例の、恐らく瞳が大きかったのと眉の位置が良かったのが関係しているのだろう、強面だが人受けの良い顔立ちをしていた。

 よって、女にモテた。寄ってくる女と片端から関係を持ち、来る者拒まず去る者追わずで生きてきた。

 そんなテッドの事を『ヤリチン』と罵るくせに自分の事は『恋多き女』などと表現する厚かましい元カノに呼び出され、復縁の相談かと思ったら恋敵宣言をされた土曜の午後。

 ヴェレノの大学に通うテッドを、当然のように自分の大学最寄、フィオーレに呼びつけたキーチ・ルーキンは胸元の大きく空いたワンピースを身体にフィットさせて、短いスカートから形の良い脚をすらっと出し、自信満々の笑みを浮かべている。

「あたし、ルキノさんと寝てみたいんだけど……」

 真昼間のカフェに投下されたとんでもない願い事にロイヤルミルクティーを噴く。やだ汚い、と呟いてハンカチを取り出すとまずテッドの口元を拭いてくれる憎い女、キーチはテッドと付き合っていた四年の間に二十人程の男と関係していた。テッドも約八人と関係し、二人は互いの浮気相手をダブルデートの形で紹介し合うという下衆を極めた行いを、薄笑いを浮かべて平然とこなせるカップルだった。

「残念ながらルキノは俺と『おつきあい』している」

「お、つ、き、あ、い!って!!テッドの口から聞くとうける~!ってか、男に目覚めるとか超面白いね、テッド」

「女はおまえで懲りたんだよ」

「何いじけてんの?」

「いじけてんじゃねぇ、毒だ、毒を吐いてんだよ、どんだけポジティブなんだよ、このくそビッチが」

「ビッチじゃないよ!あたし!恋多き女なの、呼び方、気を付けて、傷つくじゃない?」

 決まり文句。に、安心する。

「傷つくとか良く言えんな?」

「ヤリチンにはわからないかもしれないけど、女はいつだって本気だし、柔らかい心でいるから、酷い扱いには我慢できないの、思いやって欲しいの」

 とぼけた言葉で会話を色づけながら、センター分けの長い前髪を耳に掛けるキーチの細い指、指の股にあるほくろ。

 小さな口とパッチリして形の良い目に見とれていたら、サラサラの髪から、ふわんと柑橘系の香りがしてムラッとする。シャンプー・トリートメントに対するキーチのこだわりは、男を誘う武器の手入れ。攻撃されている。

「見ろ」

 気を取り直して、鞄から、ルキノに課せられた交換日記を取出し、キーチに手渡した。こんなお堅い恋愛の仕方、おまえ知らないだろ。ルキノって男は奇人変人で、おまえの手には余る。その事を思い知らせよう。

 もう二年も続いている俺の涙ぐましい、優しさの軌跡。我ながら良く『おつきあい』している。

「なにこれ?」

「……交換日記」

「ハッ?!」

「俺と、ルキノの、交換、日記」

 何とか笑わずに紹介出来た。

「こ、こーかんにっきー!!!!なにそれー!!やばーい!!」

 キーチが大声で噴出した途端、笑いが込み上げて来てバカ笑うなバカッ、すげーんだから、見ろ!!とはしゃぎ出してしまう己の軽率。フィオーレ駅前、噴水広場に面するオープンカフェは目立つ。フィオーレの大学で客員教授をしているルキノが通り掛かってもおかしくない立地で、実に考えなしだった。

「テッド、何をしている」

 落ち着いた、どこか得意気な響きのある涼しい声。 

 嫌な予感。

 カフェのオープン席、四人は座れる広いテーブルに座っていたのがまずかった。

 ルキノは、この間より数が増えている気がする取り巻き数人と共に現れ、有無を言わせず俺の隣に座った。ルキノの味方である複数人の視線に黙らされて、文句を言えない状態の俺とキーチは、あまりの居心地の悪さに互いの視線を絡ませた。

 取り巻きの一人が、ルキノのコーヒーを買いに走る。ルキノはその働きを当然のように見届け、それから顔馴染みの一人を残して他の者達には帰れと顎と目線で指示を出す。どこのマフィアのボスなのか。

 赤髪をバックに撫で付け、野犬のような目をした大柄なルキノは目立った。その存在感を利用して店員を目線で呼びつけると、キーチの飲んでいたアサイージュースを、別席に移動するように指示を出す。

「いやおい待て、すみません大丈夫です、移動はしません」

 テッドが慌てて店員を制すると、ルキノは溜息をつき、少し屈んで、キーチと視線を合わせに行く。

「悪いがお嬢さん、あそこの席が空いている」

 ルキノの強引は今に始まった事ではないが、テッドは呆れて閉口した。キーチは楽しそうに目を細めている。

「きっと読書したい誰かが座るわね」

「本なら、そこの棚に揃っているぞ……、カミュの『異邦人』をまだ読んだ事が無いのなら、この機会に手に取れ」

 オープン席の明るさに反し、店内は暗い照明によってひっそりした雰囲気が作られており、カウンターの脇にあるごつい物置棚にはびっしりと本が詰まっていた。

カミュは『ペスト』でうんざりしたわ、陰鬱」

「……ならばスタンダールの『赤と黒』もある」

「あれは好きよ」

「ではボーマルシェの『フィガロの結婚』を読むと良い、あれも並んでいる」

 テッドはどのようにキーチを守ろうかと考えながら、ルキノが目星をつけた席を見た。暗めの店内にぽつんと空いた壁際の一人席。カップルに追いやられて、あんな席に座るのは辛いだろう。

「あたし、一人席に座った事ないの」

 ついに苛ついた声を上げたキーチを制すると、ルキノを睨んだ。

「……友達を勝手に追っ払うな」

「邪魔だ、物理的にも精神的にも、不愉快な女だ」

 ピリッとした空気。

「ルキノさん、あたしテッドにはもう興味ないわよ」

 退く気はないが、俺達に喧嘩をさせるのを忍びなく思ったらしいキーチが、明るい声で場を収めようとする。先程までテーブルに肘をついて可愛らしくしていたのを今は椅子に背をつけて足を組み、膝に両手を載せている。腕に挟まれた乳が盛り上がっていて、ぬるっとした艶めかしさが鼻に来る。

「テッド」

 テッドのキーチへの欲情を遮り、ルキノの手が、そっとテーブルの上、何気なく置いていたテッドの手に被さった。その大きさと冷たさにヒヤリとする。

「日記を公開したいのなら、読んで聞かせるのが一番良い、せっかくだから読み上げよう」

「あ゛?!」

「素敵、読んで聞かせてくれるの?二人で?聞きたいわ」

 キーチが半笑いで食いつくと、ルキノは横目でキーチを見た。ルキノの釣り目気味の三白眼は鋭い光を帯び、細められると強烈な色気を出す。

 マゾッ気のあるキーチがほんのり頬を染めたのを見て、テッドは焦った。この二人がくっついたら俺は気が狂うかもしれない。

 二年前、三角関係の味を知った。親しかった友人同士、もつれたその関係は最終的にテッドを弾く形で落ち着き、結ばれた二人と孤独な一人が出来上がった。女遊びをしても男遊びをしても、一人で好きな映画や本を読み耽ってみても、楽しくなく、寂しく、消えたくなった事。タイミング悪くキーチには本命が居て慰めて貰えず、無性に人肌が恋しくて、うっかりこの赤毛の野犬とそういう関係になってしまった。

 ルキノは宗教家が治めるとある国において、名士の家に生まれた権力者だが、ここフィオーレにおいてはただの外国人だ。それなのに、ああして取り巻きが出来るのは天性のボス気質なのか、例の子分がルキノのコーヒーとテッドのためにロイヤルミルクティー、自分と相棒にペリエを購入してやって来た。

「テリー、良い所に戻って来た、これを読み上げろ」

 可哀相な子分は、えっ、と声を上げると渡された交換日記とルキノの顔と、テッドの顔を交互に見て、テッドに助けを求めた。

「貸せ」

 テッドは子分から交換日記を受け取ると鞄にしまった。

 ルキノと目が合う。

「……怒ってんのか?」

 聞いてみると、ルキノは首を傾げ、にやりとした。

「怒ってはいない、叱っている」

「動物かよ俺は?!」

 眉間に皺を寄せて不満を漏らすと、ルキノは何か間違っただろうかという顔をし、すかさず子分が耳打ちをした。

「おまえを軽んじての発言ではない」

「そんぐらいわかるけど」

 冗談が下手糞。

 ルキノの欠点は、上げるときりがない。

「その女、いつまでここに居させるつもりだ?」

「だから……」

 そういう言い方はないだろ。

「目障りだ」

 一言であらわすと、無神経。

「四年の付き合いだか何だか知らないが、俺はおまえに夢中なんだから気をつけろ、もし何かの間違いで俺よりその女を好きになってみろ、抹殺してやる」

「は、俺の名前ちゃんと憶えてるか?

 テッド・マグランだ、分家筋とはいえマグランの一族を敵に回すのは賢くないぜ」

 殺人予告に気分を害し反撃すると、ルキノは真顔になり頷いた。

「もちろん、マグランの家を敵に回すのは得策ではない」

 どこか上の空という顔で呟いたルキノと、また目が合う。見つめていたら、粗野な男の顔にゆっくりと、凄惨な笑みが浮かんで、内臓の温度が下がるような、ひゅっと身体の中身が落ちるような恐怖を覚えた。

 かたまっているテッドの手をルキノの手がふとして、上からぎゅっと握った。強く握られ過ぎて骨が軋む。

「しかし、俺はいついかなる時も人生を棒に振る覚悟でおまえを愛している……、平穏な日常は尊いものだが、簡単に捨てられる選択肢だ、テッド、俺をよく恐れておけ、何をするか決めるのは俺の立場じゃなく意思だ、俺は何でも出来るぞ」

 瞬き一つせず真っ直ぐ、テッドの表面でなく魂を眺めてくるルキノの目線に、ごくりと喉が鳴る。

 過去、アウレリウス兵士の訓練を受けた大柄な体躯とがっしりした顎、鼻筋の通った迫力ある顔面は、言葉に真実味を持たせ、テッドを震え上がらせた。

 剥き出しの愛に、耐性がないのだ。何重にも膜を張って薫らないようにして、好意を気取られたら負けだという付き合いばかりして来たので、ルキノの、捨て身の姿勢にはいつも圧倒される。

 好きなら逆らえまい、と相手が図に乗る心配などは、一切しないし、そうしたふざけた態度を取られても受け入れて来た男なのだ。

 テッドとはあまりに対照的。まったく愚かで理解出来ない。

「俺は、ルキノの、どこが好きなんだろうなぁ」

 しみじみ、溜息と共にこぼすと、ルキノはほんの少し得意気な顔をしてキーチを見た。好きという事を前提にされた台詞である。どこかはわからないが好き、という感情を俺がルキノに抱いているという事実に、満足しているらしい。

 ポジティブにも程がある。

「どこだっていいぞ、思い当たる所を探してみろ、優しいところか、真剣なところか、神に忠実なところか?」

 ルキノの中で想定されているルキノの美点が何となく間抜けでテッドはクツクツと笑った。

「……面白かったか?」

 苛められた犬のように眉を下げて聞いて来る、その顔もまたとぼけていて、いよいよ胸を転がるようなくすぐったさが襲って来た。

「ほん、っとにおっまえ、素でボケんの、……やめっ、ふ、……何だよ神に忠実なとこ、って、恋人に求めねーよ、そんなん!」

 笑いつつ連想する。

 セックスの最中に一瞬見せる縋るような表情や、正直すぎる性格、朝早くに起きて床を磨き、そこに接吻する宗教儀礼をストイックにこなす姿を、手放したくないと思う。

「俺はテッドの面構えが好きだぞ」

 ルキノは笑うテッドの頭を撫でると、耳の穴につと指を入れた。

「っ、……おい、中身を無視すんな」

 ルキノの指から、頭を遠ざけて逃れると、文句を垂れた。

 キーチがにやにやしていちゃつく男二人を眺めている。

「おまえの中身は『やりちん』だからな」

「あ?!」

「すかん」

 不名誉な言葉で、己を表現され、つい眉間に皺が寄った。

「ふふ、やだぁ『やりちん』って、どこで覚えたんですか?ルキノさんが言うと何か可愛いんですけど」

 キーチの黄色い声。

 キーチは口では繊細を気取るが、実際は図太い。自分を嫌っているルキノにバンバン絡みに行く。

「女生徒達がテッドをそう呼んでいてな……、意味を知り、落ち込んだ……」

「昔な!昔!!」

 真面目なルキノの機嫌を損ねないよう、取り繕うとキーチがくすくすと笑った。そして、悪女の顔になると、ルキノに顔を近づける。涙袋をぷっくりと膨らませ、本当に楽しげだ。

「今だって、ルキノさんの目が光ってなきゃ奔放になるわよ、こいつ、浮気性全然治ってない、あたしの事さっきからすごく変な目で見てくるし」

「おン前なぁ……変な言いがかり……」

「言いがかり?かなぁ?」

 この裏切りもん、と怒りを込め舌打つと、ふふんと鼻で笑われる。

「仕方がない、君は美しい、変な目で見たくもなるだろう、だから俺は君に早く消えて欲しいんだが、どうしてそう嫌がらせのように居座る?出来ることならこの場で君たちの連絡手段を絶ち、テッドに君の魔の手が一切届かぬようにしたいが、どうだろう、可能か?」

 一瞬、キーチの目が光ったように見えたのはテッドの心が不安で揺れていたからか。キーチは勿体ぶって、黙った。

 そして、先程からずっとテッドの手に被さっていたルキノの手に己の手を重ねると、鎖骨の下を中指で引っ掻くようになぞって、上目使い。

「あたし、ルキノさんとセックスしてみたいんです、一回だけでいいです」

「その望みを叶えたらテッドにもう近づかないんだな」

「はい」

「良いだろう」

「よくねぇよ!!!」

 怒鳴って立ち上がると、ルキノが目を丸くして、キーチが唖然とし、テッドを見た。その視線の意味、二人の驚きの感情に晒され数秒して顔が赤くなった。らしくない己の激情に動揺して顎が震え、なかなか声が出せず、代わりに涙が出そうになって堪える。

「……なんて、な、……す、好きにしろ」

 上手く笑えただろうか。がくがく震える顎を抑えながら、ルキノとキーチが肌を重ねる想像が頭の中で回るのを掻き消そうと目を瞑る。

 

 散々、己が仕出かしてきた浮気というありふれた裏切り。その破壊力に打ち砕かれ、まだそれが起こってもいないのに、想像でこんなに息が詰まりそうだなんて。いったい、これは何の罰で、どうしたら許されるのか。

 ルキノと付き合い始めの頃を思い出し、ううんと唸る。

 初めは互いにそこまで深く愛し合っては居なかったのだ。むしろ、何となく余所に遊びの相手がいる事を許しあう、自由な、テッドとキーチの間にあるような心地よい共犯の空気があった。

 それなのに、いつからだろう……。

 ルキノがフィオーレに骨を埋めると言い出してからか。客員教授と兼任で、ルキノが父親からフィオーレの大学傍にある法人の研究センター長を任された年、大事な宗教儀礼中に眠りこけてしまう程、ルキノが多忙だったあの頃。

 三時間の睡眠時間を除いて、延々と仕事をしていたルキノに飯を作り、洗濯と掃除の世話をし、メンタルケアをして帰る。気が付いたら、ルキノはいつの間にか自宅にテッドの部屋を設けていた。忙しい癖に、テッドを傍に置くためにせっせとその部屋をテッド用に整理したルキノが愛しくて、テッドはそこに収まった。あれがまずかった。

 

 同棲なんかするから。寝食を共にし、愛着がわいてしまったのだ。まさかこんな……。

 一度の浮気も許せないような心を己が抱えるなんて。

 

「テッド、待て、おまえが嫌ならこんな誘いは断るぞ?」

 後ろでルキノが甘言を吐いているが、ルキノの意思の問題ではない。テッドの心の変化の問題なのだ。

 これは、非常にまずい事態である。

 思ったより深く、ルキノにハマっていた。これは、関係が終わる時、シャレにならない痛みを伴う。

 テッドは急いで、ルキノと共に暮らすヴェレノとフィオーレの丁度、間、ヴィスコンティの家領にある古屋に帰った。急いで荷物をまとめ、実家に帰宅の一報を入れる。

 ルキノとはしばらく、距離を置こう。

 気持ちが落ち着くまで遠ざけよう。幸い、ルキノはもう両職をバランス良くこなせるようになって、取り巻きの中には家事を手伝いに来られるような、暇のある者も居る。例えばあのテリーなどは、テッドの後輩で良く気の利く良い男だ。見た目は地味だがひっそりとした色気がある。欲求不満になったルキノが、テリーに手を付けるのはとても自然な事のような気がした。テリーの方も、ルキノに心酔して取り巻きをしているぐらいだから、求められれば応じてくれる。

 男性経験の有無は不明だが、テッドだって始めは女しか受け付けないと思っていた所を男に目覚めさせられたのだから、どうにでもなるだろう。

 そう思って、いざ古屋を後にしようとキャリーケースにまとめた荷物を手に、玄関を出た所でルキノとその武闘派子分のジジ、テリーに出くわした。

「どこに行く気だテッド、血迷ったのか?」

 ルキノの声は怒りに満ちており、ジジがテリーと視線を合わせてコクンと頷くのが目の端に映った。やばい、捕まってひどい目に合う。

 当然、逃亡の道を選ぶ。

 するりと古屋の内側に引っ込むと鍵を掛け、反対側にある大窓に走る。古屋は住宅地から少しだけ離れた丘の上にあり、広い窓を飛び越えると目の前は小さな崖だ。

 一人分の細い通り道が、剥き出しの崖に縄を巻いたような手すりだけを頼りに彫られており、そこを駆け下りる。危ない行為だが、緊急事態。運動神経は良い方で、怪我なくこなせる自信があった。

 滑るように道を下るテッドを追って、テリーとジジもそこを早足に降りて来た。

 ごしゃっと何か嫌な音がして、振り返るとテリーが足を滑らせていた。ジジが咄嗟にその手を掴んだが、テリーの身体の九割は道の下、つまり小さな崖に垂直に落ちるのを待つ、ブラブラと揺れた状態になり、誰かの助けが必要になっていた。

「おい、待ってろ、頑張れ!!兵士呼んでくっから!」

 怒鳴って、走って数分の民家に駆け込むと緊急連絡を入れて貰い、家主に交渉をしてベッドを一緒に運んで貰う手筈を整えた。

 ベッドは大人二人には重く、のろのろとしか進めない。

 頭の中に、何度も建物四階分の高さのある崖の上、ジジとテリーの手が汗で滑り、テリーが落下する映像が流れ、くらくらした。テッドがバカな気を起こして、あんな危険な道を逃げようとしなければ。

 悔いても始まらないが、ベッドは手に食い込むばかりで、ちっともテリーを助けに急いでくれる様子がない。こんな速度では、間に合わない。

「おぉい、誰か手伝ってくれ、ルキノさんのお友達が死にかけてるんだぁ」

 助けを求めた家主が、移動しながら通行人に声を掛ける。

 ルキノの一族が所有する土地の市民として、人々はわらわらと集まって来た。

「大変な事態ね、なぁに、それを運ぶのを手伝えば良いの?」

「丘の方だな」

「ははぁ、誰か足を踏み外したな」

「ルキノさんのお父上にはいつもお世話になっているからな」

「あたしはルキノさんにも面倒見て貰ってるわ、研究センターの体制が色々変わったでしょう?

 あれで通院が楽になったのよー」

「ん?!」

 しかし着いてみると、崖にテリーの姿はなく、崖の下にジジが膝をついて青い顔をしているのが見え、まさか、とテッドは最悪の事態を想定した。

「大変、もしかして?!……間に合わなかった?!」

 市民の一人が、辛い現実を口にして、テッドは足から力が抜けるのを感じた。

「ああ、何という事だ、どうか根の神のご加護を」

 家主の呟きに、市民たちが同調する。

「神よ」

「お助けください」

 皆、口々に己の信じるものに頼る台詞を吐き、足を止める。

 テッドは居ても立ってもいられず、崖下に走った。

「センターに連絡入れてください」

 叫びながら足を前に前に出す。

 その足が、止まったのは崖の下に倒れているのが赤い髪の男であったため。ジジの後ろで、テリーが泣いているのが見え、ルキノが何かしらの手段で、テリーを救ったのがわかった。

 テリーを救い、自分は……。

「あぁ、ダメだ、怖い、……絶対に嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ」

 心の中の呟きが、口をついて出た。

 とても近づけない。その恐ろしい事実が、横たわっているその場所に身体を持って行く事が出来ない。

「無理だ、無理だ、無理っ」

 ポロポロ涙が出て、浮気ごときに打ちのめされていた数時間前の自分を呪う。あの時、ルキノは生きていたのに。

 生きていてくれている、それだけで十分だったのに。

「ぁ、テッドさん!!」

 テリーに呼ばれて、びくっと身体が揺れ、現場に背を向けた。とても耐えられない。

「ちょ?!ウソでしょ、なんでこの状況で逃げられんだよ?!待って!!ルキノさんが、……ルキノさんが」

 耳に手を当て、テリーの声が聞こえないようにして、崖を背に走り出す。

 

 ルキノは早くから世間に才を認められ、その上家柄にも恵まれた。人は皆ルキノを運の良い男だとみなし、ルキノの努力から目をそらす。しかしテッドはこれまでルキノほど懸命に生きている者に出会った事がなかった。

 小さな頃から、人より器用に出来ることが多く何でも無難に「こなす」ことで生きてきたテッドにとって、ルキノは奇妙な偉人だった。世間を驚かす天賦の才を持ちながら、感覚は人とズレており、日常に必要な細々した雑事が、恐ろしく不器用。

 しかし己に与えられた才の分を見極め、その力を高めるため努力を惜しまず、己の持つ全て、才も親の金も、運も手繰り寄せ、全力で人生に挑戦する。

 欲望に忠実で、他人の痛みを理解しない、利己的な一面も持ち合わせていたが、目一杯、行けるところまで行こうとする男。常に己に目標を立て、成長しようとするルキノの生き方は眩しかった。テッドにだけこっそりと弱みを見せ、外では若さで舐められぬよう、毅然として振る舞う。そんなルキノが誇らしく愛しかった。

「テッド」

 ルキノの声が、耳の奥に蘇る。

「テッド、止まれ、……俺から逃げられると思うな、止まれ」

 すぐ後ろから聞こえるような、確かな響きを持って、テッドを包んだ。

「いい加減にしないとこの場で犯すぞ、人でなしめ」

 止まれと言われている気がして、足を止める。

 ルキノの霊が、別れを言いに来たのだろうか。

「ルキノ……」

 振り返ると、果たしてそこに、ルキノは居た。

「おまえは、どこまで逃げれば気が済む?!俺が死んだんだぞ?!駆け寄るとか泣くとか喚くとか、少しは」

「おまえと生き別れなんて無理だ、俺も死ぬ」

 ルキノが言葉を失ったのは、テッドの顔があまりにボロボロだったせい。

 目元も頬も、鼻も真っ赤にして、涙と鼻水と、口からは涎だ。

「酷いな、……いつもの、……『やりちん』が台無しだ」

「この場面でその単語出すなよ、バカ、……俺は、おまえだけ、おまえの、……俺も多分、一生を、いつでも棒にして良いんだ、おまえがいなきゃ生きてられないからっ……」

「テッド」

 恐る恐る、近づいて手を伸ばすと触る事が出来た。

 触った途端、ぎゅぅっと抱きしめられ土の香りがした。

 死ぬと、人は土の香りになるのかとぼんやり思う。

 いつもルキノから薫る、密林の熱気に似た野生の匂いが恋しくて涙が出た。このルキノは、確かにルキノだが、テッドと同じ時を生き、これからも横を歩いてくれる生者のルキノではない。この寂しさに、どんな名をつければいいのか。

「愛いことを、言うな、気が狂う」

「俺、おまえが居ないとダメなんだよ」

「……ダメになるのは俺の方だ、その台詞、そっくりそのまま返すぞ」

「ふ」

「だから俺の元から、去ろうとしたおまえには仕置きをせねばならん」

「もう、されてるだろ」

「……逃げた事を後悔させてやる」

「もうしてる」

「テッド」

 家に帰ろう、と再び囁かれ、頷く。

 

 そこには、テリーもジジも居らず、時空が歪んだような色をした逢魔が時の空があった。丘の上の古屋まで、二人で連なり登る。陽は沈み切り、空間の八割は暗いのに、うっすらとまだ明るいような不気味な道を、死んだルキノと進んで行き、古屋に付くなり、息を塞ぐ様なキスをされた。

 ぬるぬると二つの舌が擦れ合う、その感触を楽しんでいると、ぎゅっと腰を抱かれ、古屋の寝室に誘われる。寝室は今朝、寝坊をしてぐしゃぐしゃにして出たままの姿で、無防備に散らかっていた。

「おまえの腕が痺れたり痛むのは可哀相だからな、毛布に縛り付けよう」

「縛……?」

「明日は休みだ、監禁プレイをする」

「プ、レ……?なんで、こんな、……わ、別れの時にそんな、……マニアックな……?」

「別れるつもりなどない、俺から逃れられると思うのか、本当に監禁してやろうか……?」

「ん、別に、その、逃げる気なんか、……もう無いけど、もっと、……あの、フツーの……」

 もそもそと主張するテッドを無視して、ルキノはあっという間、テッドを毛布に縛り付けた。縄の変わりに黒いガムテープで巻かれたテッドの姿を、そっと写真に収める。

「ルキノ……?これ、楽しいか?」

「楽しい」

 縛りつけられたテッドが、ベッドに転がる様子は一言で表せば背徳的。そこには蜘蛛の巣に掛かった昆虫のような憐れさがあり、切なく色っぽかった。

「変態だな……」

 照れくさそうに、呟いたテッドの頬と耳を撫で、耳の中に指を入れて擽るともぞもぞと縛られた身体が動く。

「……さて」

 初心者の縛ったぐるぐる巻きに、ハムのように体を絞られて身動きの取れないテッドに伸し掛かり、ルキノは目を細めた。

「俺には時間がない、あと二時間で行かないと……」

「二時間?!……って、そんな、マジか、……そしたらやっぱり、ちゃんと正常位で……!!」

 目を潤ませて、正常位を訴えるテッドの頭を撫でる。

「縛っているのは上半身だけだ」

 足が開くのだから、問題ないだろう。ルキノの言い分に、テッドは口を尖らせた。

「ぉ、ぉれが、ルキノに抱きつきてぇんだってぃぅ……」

 小声だが、はっきりと聞こえたその要望に、ルキノは頭の中が真っ白になった。

「今日のおまえは何なんだ?」

 天変地異に見舞われた農民のように、困惑した顔でテッドに問うと、テッドはいじけた顔をしてそっぽを向く。いつもはそれで終わりになる会話だったが、今日は、ぽそりと言葉が聞こえた。

 たまには俺にもぎゅっとさせろよ。

 むくれ半分、泣き声半分、焦っているような様子に胸が締め付けられた。

「可愛すぎる」

 震えた声に、興奮が混ざる。

「なぁ、触りてぇ」

 喚くテッドの性器に手を当て、手の平にころりと当たる二つのものを転がす。

「ルキノ、……っ……ほどけよ」

「ほどいたら逃げるだろう?」

「逃げ、ねぇよ、……むしろ追う?」

「何を」

「おまえの事……」

「……俺はおまえの元から逃げたりしないぞ」

「ふ」

 形の出来上がった竿を二つの指でするりと挟み、上下に擦る。

「ぁ、……ぁっ、……ぁ」

 テッドの口から、声が漏れるのを心地よく聞きながら、覆いかぶさって耳の穴に舌を入れる。同時に、尻の穴にそっと指を入れる。

「うぁ、あ、……ん、っは……」

「テッド、……可愛いな、おまえは本当に可愛い」

 丹念にほぐしてから、尻の穴に今度は性器を挿れる。

「ぅぁはっ……?!あ、ぁぁ、……しが、み、つけねーの、ケッコー、不安っ、かも」

「不安?」

「おまえの肩とか背中、触れないと、俺、おまえに触られてるとこ……、ルキノの事、感じられるとこケツん中と乳首と、耳ん中だけだ」

「っ……」

 切なげに呟かれてルキノは急な射精感に襲われた。テッドの快楽を煽ろうとゆっくり腰を動かしていたのに果ててしまって、気まり悪そうに、はぁはぁと息をして、テッドと目を合わせた。

「あれ?言葉責めで感じちゃった?」

 テッドは涼しい顔で、憎たらしい事を言うと、くっと笑った。それから、また涙ぐんだ。

「このまま、は、やだ、……から、……ほどけよ」

 ただならぬ様子に、従うとテッドはルキノの身体にぎゅっと抱きつき、号泣した。

 

 

 この後、ルキノが死んでいない事を知ったテッドの一人恥ずか死に大会が開かれたのは言う迄も無い。

 

 

 

 

 

2015/04/26

 ルキノに掛かると、テッドもおバカに。おかしい……彼はこんなバカキャラじゃなかったんだけれども。

 tpでいる時のテッドは素で、ルキノといる時のテッドはペース崩されて一杯一杯って感じでしょうか。

 

<救出劇 おまけ>

 アウレリウス兵士の訓練を受けているルキノはその技術を駆使してテリーを助けた後、自分も低い位置で滑って土塗れになって転がり、気絶したのが真相(ドジ)。