からめ

『カマ言葉で喋っていいか?』(隠れオネェ×気弱男子)

 闘技には公式と一般がある。一般人が見られるのは一般人の娯楽として設けられた一般闘技のみで、公式闘技は有力一族や大企業の勢力誇示のため行われる。

 これは闘技が、そもそもの目的を戦争としていたため。鎖国の際、近代兵器を排除したためこの国では内戦は基本的に肉弾戦となった。地域政治を行っている関係で、地域と地域、または地域と有力一族のぶつかり合いはしょっちゅう起こった。この時、互いの市街地や城に兵士を送り込むのに金が掛かるので、それぞれがお抱えの兵士たちを決まった場所で闘わせるようになった。その闘いを中立地域、周辺一族などが見物し公式な戦争とした。公式闘技のはじまりはそんなところから。

 よって才能ある若者は、公式兵士として、地域権力に召し上げられてきた。

 一方で、一般闘技は娯楽として自由にあらゆる者に門戸を開いていた。闘技好きが高じて兵士になったという変わり種や、公式兵士に選ばれなかった癖のある者。しかし近年、公式闘技のテレビ中継がはじまったり、これまで禁じられていた公式兵士の一般闘技への出場が許可されたりと状況が変化し、公式と一般の境目があやふやになった。非凡がより富み、平凡が困窮するシステムが完成しようとしていた。

 

「最悪よ……!また城の奴に負けたわ!なんなのよあいつら!月給貰ってる癖に!あたしたちの畑、荒らさないで欲しいわ」

 バーのカウンター。ゲイだらけの店内は肉っぽさで溢れていて、横でクドの話に耳を傾けている男もまたゲイだった。

「大丈夫だよ!クドちゃんにはファンクラブだってついてるんだから!皆、クドちゃんを観に来てるんだよ!一般闘技にはビジュアルも必要なんだから!」

 毎度クドの話を聞いてくれる彼の名はシマちゃんといって、この店で出会い、別れた元恋人。そして現友人である。

「もうあたし、引退する」

 酔った勢いで呟くと、シマちゃんは笑った。

「ファンが大騒ぎするから無理だよぉ」

「お城勤めするのよ」

「えー?今までさんざん公式兵士叩きしてたくせに!」

「憎しみと憧れは紙一重なの」

 クドの職業は一般兵士。心無い人々には底辺職業と呼ばれている。週に一度の一般闘技にエントリーし金をもらう。収入は安定せず、身体が壊れたその時職業人生が終わる。

「クド、なんで勝負兵士になったの?……クドの実力なら、公式兵士にもなれたでしょ?面接で変なことでも言ったの?」

「……」

 五年前、クドは数百の倍率を潜り大地域フィオーレの兵士養成所ジェキンス寮に入寮したエリートだった。北方ノードストロムの生まれで、フィオーレには兵士修行と学をつけるため来ていた。

 武力の才があり、ジェキンス寮の教官には十七になった頃、兵士として俺から教えることはもう何もないとまで言われた。

 学業は十八まで。 一年間、クドには学業に専念する猶予が与えられていた。ジェキンス兵士として、フィオーレの屋敷で働ける未来。 フィオーレから出ている奨学金で、悠々と学生生活を送っていた。規律の厳しいジェキンス寮から郷土寮に移って、最小限の訓練と定期的な能力検査をパスしながら快適に生活していた。

 自信に満ち溢れ、万人に優越した気持ちでいた。若かった。 

 クドを襲った悲劇はクドが十八の冬、いじめっ子に絡まれていた後輩を助けた時に起こった。足を負傷。素人を相手に油断したクドもクドだが、残酷すぎる現実にクドは打ちのめされた。実力が半減しただけでなく規定にひっかかり療養命令を受け、就職まで数年が必要とされた。

 学生の間だけの奨学金。怪我の完治、能力の回復が就職の条件だった。その期間、家が裕福であったら大学なり、鎖国境にある兵士の国、要塞都市への留学なり、進むことができたろう。生憎クドの家はすぐにでもクドの稼ぎを必要としていた。クドをフィオーレに送るための借金の返済。勝負兵士は、勝てば高額の賞金が出た。

「クド?」

 シマちゃんの丸い目が、過去を振り返っていたクドを不思議そうに覗き込み、チラチラと輝いていた。

「シマちゃん・・・」

 クドはカマ言葉を好んで使うが性癖はタチで、シマちゃんの丸い目をこよなく愛しており、その丸い目に欲情していた。

「可愛い目玉ね」

 言いながら彼の頬にキスをすると、くすぐったそうに笑われて距離を取られた。

「あん、なんでよ」

 眉を下げて責めると、シマちゃんは困った顔をした。

「僕等終わったでしょ」

 静かに諭すよう笑うとジュースを飲み溜息。シマちゃんはアルコールに弱い。そこもまたツボなのである。

「シマちゃん……」

「僕、好み変わっちゃったんだよ」

 きっぱりとした声。脈はなさそうだ。ここで食い下がって友情まで失いたくはない。諦めよう。

「そうなの……」

 返す言葉が見つからない。いよいよシマちゃんとはヨリが戻せないのだという現実にぶち当たってしまった。

 頬に手をつけて黙り込むと、わらわらと友人等が寄って来た。

「何だよクドちゃんふられてるの?!」

 カウンターのような、目立つ場所で自爆するんじゃなかった。

「俺慰めてやろうか、ウマーイキノコ食わせてやるよ、直腸から!」

「やめろよ、クドちゃんはオシトヤカだけどタチなんだからな!俺が心の子宮で包み込んでやるんだよ」

「僕の御尻はねー、鍛えてるから凄い絡みつくの、きっと癒されちゃう」

「黙れクソネコども!いいか!ふられたタチはネコに目覚めやすいんだよ、邪魔すんな、チャンスを」

 どうしようか。今は興味のない他人に慰められたいという気分じゃない。ゆるりと上の空を決め込む。店はゆったりとしたスペースを持ち、青い照明が居心地の良い暗さを作っている。広い窓の外には夜景が広がっていた。来ている人間は金に余裕がある層。つまり高い店だった。

 勝負兵士の収入は不定期だがでかい。

 転職に失敗したら、生活はがらりと変化してしまう。そのことへの恐怖がクドを今の職業に縛り付けていた。

「なぁクドちゃん、一回抱かれてみたいと思わねぇ?!興味本位でもいい!」

「俺ネコだけどサドだから、毎週クドちゃんが負けるたびにもう、凄いムラムラしちゃってさぁ~」

 クドは焦げ茶の髪と目に、黒のくっきりとした眉、大きな鼻を持っていた。落ち着いた穏やかな顔立ちだったが体格が良いので、人によっては恐ろしさを覚える類の、所謂熊系。熊系は男のフェロモンが濃いためか、ゲイの中では若干もてはやされる。

「貴方がサドでもあたしはマゾじゃないの」

「わかってるよ、でもこのトキメキを伝えたくて!」

「十分伝わってるわよありがとう、ごめんなさい」

「クドちゃん!」

 口説きに適当な返事をしながら、シマへの想いをどうにかしようと心を鎮めるのに必死になっていた。

「シマぁ、フり方甘ぇんだよ、もっと手ひどくやってやれよ、慰めが必要なくらいにぃ」

「さいてー」

 シマの罵倒を受け、ふーと息をつく貧相な男の足を踏む。

「イテッ、デェ、うわ、がぁっ、いてぇ~」 

「なんの騒ぎだ」

「ルカぁ!」

 痛みに喚く男の悲鳴を遮って、力強い声がした。シマちゃんが歓喜してその人物に抱きついた。シマちゃんの好みを変えてしまった男の正体が、ここに来てわかった。少しの下がり目と形の良い額、くりりとした大きな目。

「ルカ、いいところに」

 大地域フィオーレ次期当主、ルカス・フィオーレはまだ若かったが、

皆、揉め事があるとすぐ彼に意見を仰ぐ。妙な落ち着きがあり、つい頼ってしまうのだ。

「こいつら何とかして」

 まだ十八かそこらの青年は店の常連で、小さなボスと呼ばれ可愛がられていた。クドにしてみれば元就職先のトップの息子であり、現、恋敵である。複雑な感情が湧くはずの相手だが、面と面を向き合わせ、睨んでみようとするとそれができない。

「何とかって、彼等が何をしたんだ?」

「えーと」

「何もしてねぇよ、フィオーレ!」

「ちょっと口説いてただけ」

「クドがつれないことがよーくわかった」

「それよりフィオーレ、一昨日な、凄い可愛い子が来て、これ写真」

「タチか?ネコか?」

「ネコ!!」

「でかした」

「おい、俺、俺も狙ってるんだからな?!」

「わかってる、勝負だ」

「ちょっとルカー!僕等恋人同士でしょ~!」

「恋は多いに越したことはない!」

「やだーぁ、僕だけ見ててよ~!」

 ルカスの腕に絡まって甘えるシマちゃんに絶望しつつ、クドはある視線に気づいた。

「……クドさん」

 すぐに誰だかわかった、と同時に息が止まった。

「センダック」

 小柄で細身の、少し神経質そうな青年。黒い髪に緑の目の、気弱そうな三白眼。同郷の後輩で、クドをこの道に自覚させた男だった。可愛らしい顔なわけではなく、ただただ、弱弱しい男。その弱弱しさがクドの庇護欲を大いに刺激した。

「どうした、どうしてこんなところに」

「貴方こそどうして」

「俺は仕事の付き合いだ」

 自然に嘘が出た。

「大変ですね」

 緑の目はクドをとらえ、すぐ宙に戻る。きょろきょろする視線。人と目を合わさない。センダックはまったく変わっていない。

「元気か」

「……はい」

 この青年はクドに良く懐いており、寮の中でもクドだけに心を開いていた。それがクドの独占欲をも刺激し、クドを大変悩ませた。訓練に励んでいたのと、人を好きになりにくい性質が、それまでクドに恋のなんたるかを知らせずに来た。センダックによって知らされて夢中になった。何かと言えば構って、構えば構うほど懐かれた。絡まれているところを、思わず助けた後輩。このセンダックが、クドの人生の大失敗である足の怪我の原因。それにも関わらず、こうして顔を合わせてまず沸いて出る感情が憎しみでなく喜びだというのだから、恋は重症のようだ。

「センダック、口うるさいようで悪いが……ここがどういうところかわかってるのか?」

 落ち着いた声を出しながら、内心は期待と混乱と焦燥で一杯になっていた。

「迷って来たなら引き返せ、そこまで送ってやる」

 決めつけて、追い出そうとするクドにセンダックは「それは必要ありません」とはっきりした断りをいれた。

「ちゃんと目的を持って来ましたので、大丈夫です!」

「目的?!」

「その、僕、こちらの方面にちょっと興味が……、どういうところかだけでも知りたくて、ルカスさんに連れてきてもらって、クドさんが居たのでびっくりしちゃったんですけど、ええと」

 びっくりしたのは俺のほうだ。

「ここはお前にはまだ早い、貞操の危機に晒されたりするかもしれないんだぞ、危ないだろ」

「ごめんなさい」

「俺が居合わせたから良かったものの、もし何かあったら親御さんにあわす顔がないじゃないか」

「あ、はい、親にまでご配慮頂いてありがとうございます」

「ルカス・フィオーレとはどうして知り合った?」

「えっと、友達の友達で」

「級友だ、同じクラスなんだよ、俺と彼は」

「なるほど」

 センダックの説明にルカスが横入りし、完全に店はセンダックとルカス、クドの三人に注目している。

「ちょっとクドちゃんどうしたの?いきなり、そんな猛々しい話し方しちゃって……」

 友人が苦笑交じり、クドに絡んで来たところを彼の口に分厚い手を宛てて塞ぐ。

「むぐっ……?!」

 それから、ひょいっとその体を抱えると店の奥に持っていき隅の席に座らせた。耳元に口を寄せ、すまんが話を合わせてくれ、と囁く。

「いやぁぁぁ!クドちゃあああああん!!抱いてえええええ」

 お願いなど全く耳に入っていなかったようで、厄介な友人が叫び声をあげると店内が騒然となった。

「俺やっぱ抱かれたい!!ネコやってとか言ってごめんなさぁあああい」

「ミスターグラディエター!」

「やああーーーーああん」

「あたしたちクドちゃんが何べん負けてもクドちゃんが大好きよぉおお」

「抱いて!」

「クドちゃーーーーん!!!」

「ミスターーーー!」

 ちょ!!やめて!!!そういう言い方したらあたしここの常連みたいじゃないの。いや、常連だけど。今必死で常連じゃないふりしてるのわかんないの。クドはそんな思いを込めて大騒ぎを睨んだ。

「相変わらずだなミスター、もし良かったら俺も抱いてくれ」

 はっはっは、とルカスまでがからかいに来る始末。もう言い逃れしようがない。

「クドさん、あの……」

「外に出よう」

 センダックの肩を持ち、店の外へ誘う。フゥーーゥ、やらヒュー、やら囃す友人等をまた睨んだ。後で絶交してやる。

 

 

「またこうやってお話できて嬉しいです」

 バーのある建物の屋上。センダックは屈託なく声を掛けて来た。

 素朴な顔立ちは、純粋に男という性別だけを訴えて来る。すぐそこの畑で取れた野菜のような、飾りない魅力。

「忙しくて、声を掛けられずにいたから、心配していた」

 センダックをベンチに座らせて、自分は横に立つ。並んで座ると緊張を悟られてしまう気がした。

「僕の方こそ、沢山お世話になっていたのに」

「いや、世話になったのは俺のほうだ……、あの時、お前も大変な時期だったのにな」

 この後輩のために怪我をした時、怪我によって不自由になった生活を支えてくれたのもまたこの後輩だった。

「あの時は、本当に……」

 センダックの顔が曇る。クドの怪我に対し、センダックが後ろめたさを感じていることは怪我の後も今もずっと変わらない。クドは怪我で、永遠にセンダックの心を縛る力を得た。

(ああ、だから俺は怪我を肯定できるんだな……)

 気が付いたら我慢できず肩に触れてしまっていた。センダックはクドを見上げている。丸い目。クドの丸い目フェチはここからだったということを思い出し胸が締め付けられる。

「クドさん……」

 少し痩せた肩は骨と体温とはりのある肌の感触で、クドの性感を大いに刺激した。親指で二の腕を摩ると、その性的な雰囲気にセンダックからストップが来た。

 クドの手首を掴み、ぎりぎりとそこに力をこめているセンダックに笑い掛ける。

「疑ってるのか」

「え?」

「俺があの場所に居たから、俺を……そういう趣味の人間だと疑っているんだな」

「……」

「どうなんだ」

 怪我の原因を作ったセンダック。あの頃、人生に絶望していたクドはセンダックを八つ当たりで犯してしまおうかと何度か思った。思ったが実行しなかった。

 それは一重にセンダックの拒絶が恐ろしかったためだ。過去、怪我の面倒を見てもらう最中にも身体が密着するとよく魔が差して、こういうちょっかいを出していた。

 その度にセンダックは平気な顔で、時には笑顔で、水面下……激しく抵抗しクドを拒絶した。

「あの、前から先輩はちょっとそっちの気があるのかな、って思ってて、でも、隠してるみたいでしたし必要があったら言ってくれると思って、今日会った時はやっぱりっていう感じでした」

 そういえばこの後輩、賢かった、と思い出す。「やっぱり」ね、そう。とっくにばれていたのね。

「カマ言葉で喋っていいか」

「嫌です」

 きっぱり断られ、残念な顔になった。センダックは困ったよう、眉を下げた。

「僕、先輩にはかっこよく……男らしく居て欲しい……僕はそういう風になりたくて、そういう風な先輩のことが好きで、誇らしくて崇拝していたんです」

 夜風でセンダックの髪が揺れる。耳の上の頭皮が見える。

 髪の付け根を指でなぞり、小さな頭を撫でたい。

「今、仲の良い友達が丁度先輩みたいな人で、優しくて分別のある男の理想みたいな……スゴクかっこいいんです。それで……、その人もちょっとこっちの気があるようだったから。過去、先輩とのこともあって、凄く気になったんです、こっちの世界のこと……僕、先輩のこと理解したかったんです、ずっと」

「セ、……センダック、お前……」

 抱きしめようとゆったり広げた手。

「聞いて下さい」

「はい」

 きっぱりした声で指示されて手を引っ込める。

「僕は実際女の人が好きです」

「はい」

「でも先輩のほうが好きです」

「は?」

「だから理解したかった、そういうことです」

「……」

「できるわけないんですけどね、理解なんか。こんな生理的なもの。本とかインターネットとか相談所とか、そういうので調べたりして、でも、大体全部微妙でした」

「そう……微妙、……でしたか」

「なんで敬語なんですか」

「緊張して」

「緊張、僕に?」

「……はい」

 ピタリと合った視線。センダックは視線を合わせることに不慣れで、見詰め合う時、瞳にこめる感情の温度を調整することができない様子だった。クドとセンダックの間、視線がどんどんと熱くなっていく。センダックの丸い目の中心、緑の瞳が不安げに揺れた。全身の血管が膨れて、プツンと切れてしまいそうだった。今戦ったら、誰にも負けない気がする。

 センダックは無表情に下を向くと、身を折り曲げた。片肘を腿に置いて片手で顔を覆う。細い肩に骨ばった男の特徴が浮かぶ。それがクドをクラクラさせることも知らず、センダックは笑った。

「僕は幸福だ」

「幸福?」

 後ろめたさで逆らえない男の厳つい先輩に貞操狙われているのに?

「今までモテない金ない運ないで来たのは、貴方に好いてもらうためだったのかな」

「まあ、おまえが冴えないことはよく知ってる」

「なんでこんな冴えないのを好いてくれるんですか」

「う……そう、だな……んんん?」

 好みだから?ムラムラするから?懐かれて嬉しかった?

会った時から何か好きだったから?冴えないからこそ独り占めできるから?

「困らないで下さい」

「悪い、でも好きなことは確かだ、改めて言うと大好きだ」

「……」

 センダックは顔から片手を放すと、思いのほか大人の顔でクドを見上げ、口はしを上げた。また視線が合う。クドの数年掛かりの気持ちが打ち明けられた場面だというのに、冷静なセンダックにクドの背はじっとりと濡れて来た。怖い。何を言われるだろう。

「気味悪がってもいい」

 こんな形で告白することになるとは。どうしてこんなことに。数分前まで、シマちゃんとヨリを戻すことに夢中だった癖、もうどうでも良い。

「好かれてるっていうのは、肯定されるってことです」

 ポツリとした呟き。

「貴方は僕の理想の人です、その理想の人が僕を……それがどれだけ嬉しいことか、貴方に想像できますか」

 センダックはまた下を向いた。クドは何も言えない。言葉のない時間が経ち、それからセンダックは少しだけ顔を上げた。

「僕の人生にはあまり良いことがなくて、うん、性格が暗いところからまず終わってた、自分でさえ自分を肯定できなかったので、貴方の好意、肯定が、本当に嬉しかった」

 期待していいのか。それとも拒絶の前置きか。クドは、現実がそんなに甘くないことを知っていた。そして怖れていた。そんなクドに構わず、センダックは苦笑した。

「僕にとって好意は、簡単に返ってこないものでした。お父さんに始まり、好きだった女の子、先生、母も新しいお父さんに取られたし、友達は愛想よくすれば仲間に入れてくれたけど、みんないつも無意識に僕を馬鹿にしていた。僕は何事も人より劣っていたので、人になかなか興味を示されなかったんです、だから……」

「……」

「僕は優しい人を探して、その人に必死で取り入るようになった。同情で仲良くしてもらおうとした。優しい人と会うと全身全霊で懐くようになった。そうすることで、優しい人は僕を好きになってくれるから。それが僕の処世術、弱者の生き方です」

 言い終えて、センダックは完全に顔を上げた。横顔からは、センダックが何を考えているのかわからない。建物の屋上、視線の先に夜空がある。センダックは黙ってしまって、クドはその横に縛り付けられた。

「座って下さい」

 命令され、座る。

「気分悪くされましたか?」

「何に」

「僕が自己肯定のことしか、考えていないことに」

「……」

 センダックとクドの距離は隣り合わせた見知らぬ人同士程ひらいている。また下を向いたセンダックと、そんなセンダックの横顔をボンヤリと観察するクドの姿は久しぶりに会った先輩と後輩の関係を出ない。

 センダックは下を向いたまま、顔だけ傾けクドを見た。

「色々言いましたけど、僕は要するに、貴方に好かれたことで得られた幸福感の恩返しをしたいんです、貴方に、何か貴方が幸せになれればいい、と思って」

「……」

僕にできることだったら、何でもいい」

「センダック……」

 少し声が裏返る。転がるように話が進んでいて、頭がついていかない。

センダックがクドの気持ちに気づいてたところからまず大事件だというのに。

「調べたということは、俺が何を求めてるか、俺に好きにさせた結果、自分の身がどうなるかわかってるんだな」

「わかってます」

 少し手を震わせつつ、センダックの腰に腕を回すと跳ねる、憎らしい体に内心で舌打つ。

「大丈夫なのか」

「微妙です」

 確認すると案の定な答えが来て思った以上の苦しみがやって来た。興奮している身と心が鎮まらない。が、微妙だというセンダックに無理強いはしたくない。

「すみません、今日会うなんて思ってなかったので、うぅぅぅ、僕の意気地なし!!!」

 まったくだこの意気地なし!!!と心中で罵ると腕を引っ込めた。

「変わってないわねー、まじで」

 衝動が抑えられない腕を、ベンチの背に回し聞こえよがしに溜息をついた。

「カマ言葉やめて下さい」

「あらごめんなさい」

「先輩!!」

「キーキーすんじゃないわよ、可愛いわね」

「やだぁーー!僕のクドさん像が崩壊するーーーー!!」

「だまんなさいよ、泣くわよ」

「え?!」

「あたしの本性コッチだもん、あんたの勝手なあたしの像なんて粉々になっちゃえばいいのよ、何よもう、恩返しとか言って、仇ばっかり!振り回さないでよ、緊張が行き過ぎてカマ言葉出ちゃったのよ、わざとじゃないわよ、もう好い加減にしてよ、っ」

「クドさ……」

 頬がスースーすると思ったら泣いていた。センダックが心底驚いた顔をした。その後で温かい表情を浮かべた。

「なんだろうクドさんこの感じ、覚悟?欲求?スイッチ入ったみたいな」

 柔らかい感触が目の下に来て。それがセンダックの唇だったことが判明した頃、センダックはクドの頬を両手で包み、愛しげにクドを見つめていた。かつて健康的に見えた後輩の骨格は、今は大人びて性的だった。

「やれるところまでやってみてもいいですか?というかたぶん、やれると思うんです」

「あ、あたしタチよ」

 念のため断りをいれるとセンダックは目を細めた。三白眼というのは、細められた時、悪魔じみた色香を生む。それは黒目がちな目が作る壊したくなるような欲求とは違って、むしろその逆。崩されそうな予感、不安や恐怖に繋がる、死の開放感に似た身震い。

「わかってますよ」

 センダックは社交辞令のように頷いた。安心できない。センダックの考えが読めない。

「あたしも何かしていい?」

 伺わずにすれば良いのに、伺いを立てる。

「いいですよ」

 さらりと認められた。技術で言えば格段に上のはずだ。何年この世界に身を置いて来たと思う?センダックは悠長にクドの顎やら首やらにキスを降らせている。羽織っていたものを脱がされ、お返しに向こうの上着も脱がす。触れられたところが、溶けそうなほど熱い。肩にキスをされた。センダックがクドの肩にキスをしている、その認識がクドの目を回らせる。キスだけでなく、ゆったりと腕を撫でられている。一方で、腕の付け根を親指で摩られている。本能に組み込まれているとは言え、センダックの男としての動きに動揺する。

「っ、ゥ」

 腰骨を撫でるよう、摩り出したクドの手に、やっとセンダックが反応を示した。

「それやめて下さい」

「嫌」

 ハァ、と息の音がして、クドを押すような体制に居たセンダックの身が、ぐっと下がり、眼前に細い背中が息をしている景色が広がった。汗で肌に服が張り付いている。感動であがりそうになった声を抑え、センダックの頭を掻きまわした。途端、カチャカチャと音がしてベルトが外された。外気に触れた性器は始めから元気良く飛び出したが、センダックは動じなかった。センダックの小さくてぽこぽことした指が、きゅぅっとクドのものを掴み、摩りだした。

「なんか大丈夫そうです」

「え?」

「むしろしたい」

 クドのものに集中した顔で熱に浮かされたよう呟かれ、腰に力が入る。漏れる漏れると騒いでいる性器に急かされて、コンドームを取り出すと丁寧すぎる動作でセンダックがそれを開封してくれ、震える手で差し出してきたのをキュンキュンしながら受け取る。

 装着してすぐ、射精が起った。

 屋上はこういった行為がよく行われている場所だったが、クドはいつもホテルに入る男であったため、羞恥で頬が染まった。しかし、勢いは削がれない。続けて、行為用の座薬を取り出すと物珍しそうな顔をしているセンダックに用途の図示されたパッケージを見せてやる。男性同士の性交用に開発された代物だ。

「下脱いで」

 指示すると、また目が合う。きょとんとしている。センダックはどうしたいのだろうか。センダックが相手なら下になってもいいかもしれない。けれど、できたら、センダックの中に。

「入れたいの、脱いで」

切羽詰った声を出す。

「いいですよ」

 驚くほど柔らかに微笑まれ、快諾され、身体が軽くなった。嘘のような現実。

「なんか凄い、興奮しますね、男同士なのに」

 歌うように言いながら、センダックが脱いだ。

「男同士だからよ」

 何もかも上手く行き過ぎて不安だ。

「それを俺のなかに入れれば良いんですね?」

 座薬を手渡すと、センダックはそれを、ぎゅっと目を瞑って体内に入れた。歯を食いしばって緊張している顔。その表情に胸が痛み、背を撫でてやると頬にキスが来た。

「結構簡単に入りました」

 湿った声で言われ、こくこくと頷く。首に腕が回され、センダックの体温が近い。センダックの身は熱くて小さかった。

「っ」

 座薬によって緩められた穴がクドをするりと受け入れた。

「アツイです」

 センダックの早口な感想に、ええ、とカマ言葉を返す。まだ先端だけだが、センダックの腰を持ってゆるく振り、慣らしにかかった。

 何度か経験のある人間と違って、またはその手の才能のある者と違って、センダックは極端に感じることがない。震える息と、ぅ、とも、ク、ともとれる音を咽喉から出し、クドの首にきゅっとつかまることに徹している。つらいだろうと思い、背を摩ると少し中の緊張が解ける。

繋がったまま、動いたり止まったり、クドの気が済むまで時間が流れた。

センダックは一言も言葉を発しなかった。

 

 

 

 

「今度は僕が入れたいです」

 後日店に訪れたセンダックの発言で、クドは飲んでいたものを三割噴いた。

「こないだので懲りちゃったの?」

「懲りちゃいました」

「ちょっ?!まだ一回目じゃない?!」

「僕、クドさんで童貞卒業したいんです」

「えっ?!……ど、童貞だったの?!」

 喜びで声を震わせると、センダックはにっこり笑って頷いた。

「だから、お願いします!」

 

 友人達がザワザワしている中、クドはため息をつくと、一回だけよと呟いた。えーっと店内がざわついたのは言うまでもない。

 

 

2016/2/19

 

センダックが吹っ切ったと同時に目覚めたの回です。

そして学校でゴドー君の尻を掴むようになったわけです。

何気に彼は一番の強者じゃないかと考えています。

だってこの出来事きっとアンガスも知らない・・・!

(ルカは知ってるけど←やっぱり恐怖情報網)

 

本命=クド

アイドル=ゴドー