『衆人環視』(隠れオネェ×気弱男子)
クドさんの首は太くて力強い。堅い骨の芯があって、少し熱い。馬乗りになって首を絞める体勢でそれを確認する。
「わかった、ありがとう」
背を叩かれクドさんから降りると、クドさんは空を蹴り起き上がって遠くを見た。
「どうですか?」
「感覚は掴んだ」
フィオーレ駅からバスで10分、駅前の簡易闘技場は夕方6時が混雑のタイミングで、僕たちの部屋を覗く人々の数からしてそれがわかる。皆、夜7時からのメイン試合を観に来たのだ。
試合前に身体をほぐすため、または試合のない闘技士の練習場として、闘技場の一角には透明な仕切りのある幾つかの調整室がある。その一室に今、二人の男が入っていて。一人は人気闘技士のクドさん。一人はその付き添い、高校三年生一般人、僕。
見学者にはクドさんの姿を見て足を止めた一般人と、ランキング上位者であるクドさんをわざわざ見に来ている他の闘技士達がいて、ガラス張りは人の顔で埋まっていた。
「やっぱクド格好良いわー」
「一緒にいる奴が子どもみてぇに見えるし」
「同じ男とは思えねーよな、俺等もクドの近く行ったらあんなんなっちゃうのかなー」
イメージトレーニングを終え、筋力維持のメニューをこなし始めたクドさんの傍、記録用の機器を手に突っ立っているだけの耳に嫌でもギャラリーの声が届く。
「アレ何だ、弟子か?」
アレ。
「あー、だとしたら、良く面倒見るよな、アレはヤバイ」
「どう頑張っても芽ぇ出ないぞ?あんなの」
あんなの。
「まさかの恋人だったりして」
「ゲイだもんなー、案外そうかもな」
そうです。
「理解できねぇー!」
「ゲイって筋肉が好きなんじゃねぇの?」
「知らねぇよ」
「あんなんがいいのかよ?」
そこで突然、メニューを止めたクドさんが話込んでいた二人の元、脚を進めた。仕切りの透明な板をコンコンと軽く叩く。軽口を叩いていた二人が青ざめた。皆の視線が集まり、緊張感が生まれた。
『恋人に文句を付けられるのは気分が悪い。やめてくれ』
注意され、二人は額に汗を浮かべた。
「すみません」
「聞こえてるとは思わなくて」
透明な壁の内と外はマイクとスピーカーで繋げられている。その場に居辛くなった二人が出て行くのを見ながら、僕は尻から腿に掛けて、軽くなったような感覚を味わった。弱者として生きて来た僕には理解できない流れ。嫌なもの、嫌な相手に追い立てられるのが日常。今のように、逆に相手が逃げて行くなんて。
「クドさん、そんな気を遣って頂かなくても……」
消えそうな声で、やってしまった自己卑下。本当はありがとうと。身が縮まる思いをしていた。庇ってくれたんだねクドさん、大好き。と言いたかった。クドさんは苦い笑みを浮かべ、メニューに戻った。
気を遣って頂かなくても、なんて。僕は庇われる程の者じゃないのに、というニュアンスだ。実際、そう思う。しかし、クドさんは僕を好いてくれているのだ。好きな人が自分に自信を持っていなかったら、その人を好きだと言っている自分は何なのか。そんな気持ちになるだろう。僕はクドさんを不愉快にしてしまったかもしれない。些細な事で、暗い気持ちになってしまう僕を、僕は大嫌いだ。
「センダック」
呼ばれて、顔を上げるとクドさんは笑っていた。
「もうおまえを苛める奴はいない、俯くな、顔を見ていたい」
「……」
ひゃぁぁあ、という声が周りで聞こえた。部屋の音が筒抜けになっていることを思い出した。クドさんのファンが身悶えていた。
「いいなぁ!俺もあんなん言われてぇ~!」
「なんでゲイなのよクドさぁんん!!」
男女混ざった歓声に、複雑な心境。クドさんはどこに居ても愛されている。クドさんが好きな人達から見て、僕は憎たらしい人攫いだ。クドさんを独り占めしてしまう仇だ。
「僕、もうここには来ないよ」
「……」
「皆がクドさんのこと好きすぎて、不安になっちゃうよ」
野次の飛ぶ覚悟で発言すると、ひゅぅー、と低い声で囃すような反応。ヒソヒソした息の中、静まり返ったギャラリーは何かを期待している。クドさんが困ったような顔をして動きを止め、僕を見ていた。嫌な予感がして数秒後、衆人環視の元、クドさんと僕はキスをしていた。正しくは、クドさんが僕にキスをしていた。
2016/2/20
隠れオネェ×気弱男子のとある日。
クドさんは最近ゲイをカミングアウトしました。
今回、クドさんのおねえ調が書けなくてしょんぼりです。
たぶん、キスの直前、
彼の心中は「やだちょっとまじ可愛いんだけどこの子、
どうしてくれんのよ、いいの?!やっちゃっていいの?!
もうやるわよ!引かれたってやるわよばああああ!」
だったと思います。