からめ

『闇の怨霊、光の鶴』(執着攻め×強気受け)


 キラキラと光る善良なものになりたい、という欲求が俺の内側を刺激するのは、俺の成分には人間が多く含まれているから。
 人間はいつも清らかになることを目標に転生を繰り返している。

「鶴……?」
 腹の上で腰を振る綺麗な男に声を掛けると、とろりとした目で見つめられた。疲れて来ている。細腰に手を伸ばし揺すってやると、鶴はその人形めいた顔を歪ませ嫌がった。
「っぁ、っめろ馬鹿……っ、ァ、……アッ」
 狭い医務室で行為に及んでいる妖怪の数は結構居ると思うが、鶴は会社でするのが余り好きではない。懸命に声を殺す様が愛しくて虐めたくなった。
「でけぇ声出んだろうがっ」
 華奢だが威力のある鶴の握り拳に殴られて、鼻から熱く鉄臭いものがじわりと漏れた。
「ぅ、ぁ、……マゾか、でかくしてんじゃねぇッ」
 殴られても鶴の腰を揺するのを止めない俺に、鶴は今だけは逆らえない。ぁ、ぁ、と小さい声を上げて眉を下げ、快楽に飲まれて行く鶴を眺めながら、鶴と俺はつくづく美と醜で対立しているなと思う。同じ鳥系の妖怪にも関わらず、死んだ人間の気から生まれた陰魔羅鬼種の俺と、死んだ人間を我が身を犠牲に生き返らせるという鶴種の鶴の、この違い。
「鶴、顔、蕩けてる」
「ぁ……、ッ」
 彫刻に見間違う、美を意識して掘られたような真っ直ぐな眉や黒目がちの細目を、涙や汗でグズグズにぼやけさせている鶴の頭を撫でる。
 この関係は俺が鶴に前払いで沢山の性交の約束を入れたため成立しているのだが、最近関係が軟化して、まるで恋人同士のようになっている。
 汗でしめった空気と、薬品の匂いで鼻の芯がクラクラ。電気を消した狭い医務室のベッドに、男二人が重なって激しく動いているこの淫らで暗い空間で、鶴は囚われて来た螢のように儚げに淡く輝いていた。小さな窓から入って来る、妖怪タウンの薄緑の光が、鶴の白い身体を照らしている。元陰間らしい、ぷくりと体積のある鶴の乳首を、親指の腹で強く擦ると、ぐに、という柔らかな粒の感触がした。同時に、下がきゅっと締まる。
「鬼李っ」
 鶴が俺の名を呼び、達したので嬉しくなり身を起こして、鶴を抱きしめると、中が緩くなった。
「もっと締められない?」
「もう力入んねぇ」
「じゃぁ、首でも締める?」
「勘弁しろ」
 それじゃぁまた乳首でも弄るかと手を伸ばしたところで、扉にコンコンと伺いの音が鳴った。
「おい鶴、まだ居んだろ、飲み行くぞ」
 第一営業部、部長の赤鬼だった。
 鶴は赤鬼の下、第一営業部のマネージャー職で、赤鬼の仕事を補佐している。俺も第一の所属だが、部長でもマネージャーでもなない、ただの営業だ。鶴の傍で働きたいというだけのために、特に労働を必要としてない俺が真面目に働いている事実はなかなか稀有だと思う。
「大将、俺は今日は具合悪ぃんだって言ったろう」
「飲んで治せ」
「っンぁ?!……アッ」
 まだ繋がったままの下半身を揺らしたら、鶴は簡単に喘いだ。胃酸が喉まで持ち上がって来たのは、腹に重い一撃を食らったためだ。
「おい、また会社でやってやがんのか、陰間」
 ドン、と扉を叩いた赤鬼の良識ある台詞を鼻で笑う。鶴側の事情を知っている身としては恩知らずめと蔑みの心が生まれる。しかし、鶴にやられた腹が痛く言葉が出ない。
「陰間じゃねぇよ、俺ぁもう女としかやらねーって決めたんだからなぁ大将、ちょっと持ってな」
 腹を抱えて痛みに耐える俺を他所に、鶴はさっさと俺の一物から離れ、ガーゼで汗を拭い出した。
 換気扇を回し、互いの性器に被せていたコンドームを始末する。香玉を撒いて臭い消しの煙を発生させると、ぼうっと見ていた俺の頬を叩き、母親のように褌から袴まで衣服を整えてくれ、煙が消えた1分後には赤鬼が向こうにいる扉を開けた。
「また小野森とやってたのか」
 黒髪黒目が威圧的な、全体的に骨ばった、背の高い俺はどうやっても女には見えないのに、赤鬼は断言した。
「やってねぇ」
 ばればれの嘘を、どうして通そうとするのかが分からず不貞腐れた顔でいると赤鬼の背に続いて、鶴が去ろうとするので慌ててその腕を掴んだ。
「おぅ、何だ、小野森も来るか」
 赤鬼の能天気な誘いを無視して、鶴の腕に力を込めると、鶴がさすがに意を汲んで、歩を止めた。
「大将、やっぱ具合悪ぃや、飲みには青ノ旦那でも誘って行ってくれ」
「青いノは部飲みだ」
 体内の怨霊に時刻を聞くと午後九時、営業部の飲みは大体十時から始まる事が多いので、混ざりに行けない事もない時間だった。怨霊の集合体、という特性を持つ俺は、身体の外に自由に出て行く怨霊達によく物を聞くが、その拍子に怨霊の呟きを耳にする事があり、大体その呟きは俺の気づきに繋がる。
『青い鬼と赤い鬼は幸せそうだ、うらめしい』
 この時聞こえた声から推測すると、赤鬼と青鬼はよりを戻したようだった。今日の鶴が、少し切なげだったのはそのせい。
「なら、大将が第二の部飲みに混ざってくりゃぁ良い、青ノ旦那の色だとでも言ってよ、事実、そうだろう」
「何が色だ、放っとけ」
 鶴に茶化され照れた赤鬼は、すんなりと鶴を諦めて去っていった。
 医務室のある廊下はオフィスの端、掃除の業者ぐらいしか出入りしない場所にあって、人通りは少ない。
 赤鬼が長い廊下の曲がり角の向こうに見えなくなってすぐ、俺は鶴に抱きついた。
「清々したな、これでもう鶴は俺のもの」
「残念だが鬼李、おまえはただの借金取りだ」
 満足に取立てさせてくれない癖に、何が借金取りかと突っ込みたくなったが堪える。
「高給取りの癖にいつまでも借金したまんまにしてんのは、俺に抱かれたいからだろ?」
「いや別に、自宅の固定資産税がきついだけだ」
 鶴は陰間時代、客から貢がれた豪邸に今も住んでおり、現在、固定資産税に深刻に苦しめられている。
「代わりに払おうか?」
「やめろ、これ以上借金膨らんだら、俺は腹上死する」
 俺の身体に巣くう霊どもは、日に百万から二百万の肝を稼ぎ出す。コントロールしているので、法に触れるような悪さはしないが、霊は妖怪より人に見えやすく肝を獲得しやすいのだ。そのために、俺はほとんど働かずに生きていける数少ない恵まれた妖怪だった。

 思えば十三世紀、領土を持っていた俺はハン族に触発され、倭に来た。それが俺と鶴の関係の始まり。鶴は当時も非常に美しかったため、俺は鶴を召し上げた。数年の主従関係を持ち、俺達は信頼しあっていた。しかし突然、鶴は姿を消し、俺は逃げた鶴を捕まえようと倭国まで鶴を追いかけた。そして、気がついたら倭国に迷い込み、帰れなくなってしまったのだ。連れて来た怨霊は異国の倭に違和感を覚えたのか、するすると抜けて行き、気がつくと俺は幼子の姿で泣いていた。鶴を追いかけ初めてから、五十年の月日が経っていた。
 鶴は賢く、逃げながらも俺を観察しており段々と無力になっていった俺を不憫に思って逃げるのをやめた。俺の頭を撫で、困ったように食い物を差し出しては、傍に居てくれるようになった鶴に感動した。
 幼子でいれば、鶴は優しくしてくれる、と学んだ俺は以来、多くの時を幼子の姿で鶴に寄り添った。

「鬼李のぼん、丁度良いところに」
 妖怪メトロから降りたところで、手前の車両に乗っていたらしい鶴の手下、狗賓種の山神に声を掛けられた。物腰の柔らかなこの手下は、江戸時代かご屋の番頭を勤めていた事もある品の良い壮年の色男だ。鶴の横に居るせいで霞んでいるが、第一営業部では一二を争う美男子だろう。下がり目の優雅な天狗顔をしている。
「これを親分に届けてくれませんか、私は急な訪問が入ってしまい、出来たらすぐ向かいの列車に乗りたいんです」
「良いけど、俺はもうぼんじゃないぞ山神、この上背を見て」
「山神にはぼんはどんな姿をしていてもぼんですよ、それでは、宜しくお願いします」
 掴みどころのない山神が風のように去って行った後には、薄い紙袋の向こうに透けた、くだらないエロ本が残されていた。
 何が届けてくれ、だ。
 紙袋の中のエロ本表紙には、『はちきれおっぱい! うけとめて!』と煽り文字が入っている。おっぱい、という単語と鶴に渡すという事実により、数日前久しぶりに抱いた鶴の乳首の感触を指に思い出し、昼間からイヤラシイ気分になってしまった。あの柔らかい小さな粒の感触が懐かしくて、今日の鶴の予定はどうなっているのだろうなどと気持ちが盛り上がって来てしまう。
「お、えっちな人発見」
 真横から声がして、視線をやると牛鬼が居た。
 するりと紙袋が取り上げられ、牛鬼はそれをさっと自分の鞄にしまう。
「えっ、それは鶴の……!」
「渡したら、鶴さんはせっかくのハナ金に女とやりたくなるんじゃねぇのかな、そうしたら淋しいだろ? 俺に取られたって言えば角立たねーから、多分、来週の火曜に野平あたりが、ちゃんと鶴さんに戻すよ」
 そう言ってひらひらと手を振ると、丁度来た列車に乗り去って行った牛鬼を、俺はポカンと見送った。流れるようにスムーズなカツアゲだった。後には、妖怪メトロの心音がゆっくりと響くばかりだ。

「……いや、どうしてそうなった?!」
 低く唸った鶴の顔は青ざめ、力んだ目が潤んでいる。
「ふざっけんなよ?!」
 エロ本に何をそんな本気でと言おうとして、はたと気がつく。何かが挟んであったのでは。山神から直接受け取ろうと、最下層まで来ていた鶴に、オフィスに入ってからすぐに会って、牛鬼に奪われた事を知らせたらこの反応である。
「牛鬼の訪問先はどこだ?」
 ピリッとした声で聞かれ、動揺したが、何とか平静を保ち体内の怨霊に聞くと『新宿三丁目』と帰って来た。瞬時に新宿三丁目と声に出すと、鶴は妖力で消えた。
 それ程大事なものをエロ本に挟ませるなよと思いつつ、山神もそういう事は口頭で伝えてくれと不満を覚えた。しかし、やってしまった失敗は取り返せないので、まず何を手伝えるのか考える。
 鶴のこなすべき事務作業を、代わりにやろう。

 第二、第三の電気が消えて、いよいよ営業フロアに一人という頃になって鶴が帰って来た。俺を見つけると、さっきは取り乱して悪かったと小さく詫び、自分の席でパソコンを立ち上げる。
「鶴、もう十一時だから帰ろ、……鶴の分も終わってるから今送る」
「……」
 放心状態という言葉がしっくり来る。鶴は起動音を立て目覚めて行くパソコンのディスプレイを能面のような顔で眺めていた。
「鶴?」
 声を掛けると、ぴく、と動くので意識はあるようだ。
 傍に行って、肩を撫でてやるとぎゅっと腕にしがみつかれて一瞬、興奮しそうになった。鶴の細い手が俺の腕を握っている。鶴のほのかな体温が感じられた。
「鶴? どうしたの?」
 エロ本取られたの、そんなに辛かったの? とふざけて聞いたら睨まれて、俺は大人しく次の言葉を待つことにした。
「人は死体や遺品が残るが、妖怪は全部消えるだろ?」
「ん?」
 光の偏ったフロアの一角で、綺麗な鶴に死の話題を持ち出されるとぎょっとする。体内に沢山の怨霊を抱えている俺は、人の心で怪談を怖がる。
「何、突然」
「おまえは赤鬼が死んだ時、いなかったから、見なかったろうが、跡形も……なくなるんだ」
「……」
「消えるんだよ、どこにも何の痕跡もなくなる、使ってたもんまでなくなる」
 鶴の言い方には語弊があり、正すべきかどうか迷う。俺が赤鬼や山神、鶴に聞いた話では赤鬼は消えかかっただけで、消えたわけではなかった。
「これを読めよ」
 バサッと胸に突き出されたのは、問題になったエロ本だ。その間に写真と屋敷の間取図が挟まっており、それはどちらも鶴の自宅についての写真と間取図だった。写真は、あの豪邸の前で鬼の会合が開かれている様子で、恐らく攘夷に参加した鬼達だ。皆勝気な笑顔を浮かべている。その中には赤鬼と青鬼の姿もあり、今より余所余所しく離れた所で写真に写りこんでいた。
 遅れて、便箋もひらりと出て来たので目を通す。
『青ノ旦那、アンタには知らせておいた方が良いと思って筆を取った。実は赤鬼は消えかけたんじゃなくてホントに消えてる。想像の通り、今の赤鬼は俺が鶴種として復活させた赤鬼だ。
 で、ここからが本題なんだが。
 鶴種が復活させる事が出来るのは死体のある人間か、死に場所がはっきりした妖怪だけだ。この先、もしまた赤鬼が無茶して消えかかった時には、俺の屋敷の庭先に鶴種を連れていくようにしてくれ。他のところで復活させようとしても、失敗しちまう可能性が高い。だから、俺のうちの間取、これを大切に保管しておいてくれ。赤鬼の死に場所を覚えておいてくれ。これからはアンタが俺より赤鬼の傍に居るようになるはずだから、アンタに全てが掛かってる、わかったな』
 鶴らしい細々して読みやすい字で作られた手紙には、赤鬼の醜態が晒されていた。妖怪にとって、消えるという事は不名誉中の不名誉だ。
 鶴は、本当はあの屋敷を手放したくないのだ。という事が、手紙からわかった。あの屋敷だけじゃない、赤鬼の事も。
「鶴、俺より赤鬼の方が大切な理由って何? ……なんでなの?」
 妬けたので、強気に迫ると鶴はにやりと笑った。笑って誤魔化された。
 電気を消してフロアを後にすると、見回りの業者さんが遅いですよと迷惑顔をしてここまで来ていた。
「すみません、お疲れ様です」
 声を掛けて、会社を出るとメトロは終わっていた。

 妖怪タウンに降りられる階段を淡々と降りる。途中にあるバスの管で時刻表を確認すると三十分後に終電が控えていた。バスの待ち合いベンチに、並んで座った。
 地上から地下に氷柱のように作られる妖怪ビルは、近年はデザインに凝った奇抜な作りのものもあるが大体は同じような氷柱状で、真上から垂れ下がっている。
 夜も明るい妖怪タウンの光が、下からチラチラと氷柱に当たり美しいが、隣の鶴は眠っていた。
 妖怪の街の景色も、人の街の景色とあまり代わりがない。
 ビルが上にも下にもある事と、天井が少し低い事。交通機関が全て空中にあたる中間層にある事ぐらいしか、違いは見あたらない。寝息を立てている鶴の温かみを感じながら、ぼんやりしていたら妖怪バスの終電が来た。バスは酔っ払ってふらふらしている。列車は国が大掛かりな生物化学で、どれも見た目を人の世の列車に似せて作っているが、バスは民間の運営なので見た目もバラバラ。深夜ともなると、人の呼ぶバスには似ても似つかないものがやって来る。
 細長く胴の太い象の身体に、ひょっとこの顔をつけた珍妙なバスは、一応窓もついていて、中に客も入っている。客室に声を掛けたが、どの客も酔って眠っており、運転が酷いのかどうか、知らせてくれるものがいない。
「大丈夫かなぁ……? こいつに乗って……?」
「大丈夫だよぉ、俺、酔ってねぇから!」
「酔ってる奴ほど、酔ってないって言うんだよね?」
「おわぁ、それよりお客さん! キレーな若衆従えちゃってお楽しみかぁい、俺も混ざりてぇー」
 ひょっとこ顔がくんくんと鶴の身体をかぐので、不快になり他の帰宅方法を探そうと考え始めたところで、鶴がぱちりと目を覚ました。
「ん、バスか」
 呟いてさっさと乗車してしまう。
「鶴っ!」
 声を出して止めたが、鶴は乗車した席でまた熟睡し始めた。こんな時間に鶴を肥溜めのようなバスの中に放置して帰る事は出来ない。腹をくくって乗車すると吐瀉物の匂いがした。一番前に座っている客が寝げろをしている。
「鶴、降りよう、ひどいよこのバス」
 悲鳴を上げる俺を他所に、鶴は、すよすよと気持ちよさそうに寝ている。
 結果、運転は荒く、社内の空気はすえていて、俺はあっという間に酔い、吐いた。

「なんかごめんな」
 鶴の家の広い風呂に、向かい合って入って、やっと完全に目を覚ました鶴が謝りを入れて来た。時刻は深夜二時。
「いつも、九時には眠っちまうから」
「はやっ!」
「飲み会とかだと、気を張るから起きてられるんだけど」
 反省した鶴が、宙を睨みながら詫びてきた。
「許さない」
 言ってやると鶴は意外そうな顔をして、どうせ俺なら許すだろうという自分の気持ちがあった事に気がつき、恥じて目をそらした。
「ごめん」
 小さい声で、謝罪した鶴に背を向ける。
「人前で吐いたの久しぶりで凄い恥ずかしかったし」
「鬼李……」
「鶴、重かったし」
「悪い」
「結構、作業重い仕事多かったし」
「悪い、鬼李、私事でほんと迷惑掛けた、許してくれ」
 バシャン、と鶴が立ち上がる音がした。
 近くまで来た気配。
「この家くれたら、許してあげる」
 ピタリと気配が止まった。
「家って……」
 近年の地価上昇で、手放さざるを得なくなった鶴の負の資産は、赤鬼のために取り置かれている事。それでも、鶴が手放したくないと強く願っているこの家を、俺は鶴の手の届く所に置いてやりたかった。
 日々自由に動き回り、多量の肝を持ち帰る怨霊の稼ぎなら、鶴が作ってしまっている少しのマイナスもカバーして、税を払い続ける事が出来るだろう。
「丁度さ、怨霊の莫大な稼ぎの使い先が欲しかったんだよ。これまで、趣味じゃない贅沢をやってみたり、投資に手を出してみたり色々したけど、ストレス溜まるだけでさ、慈善団体への寄付とかは、俺の人間の邪悪な部分が拒否しちゃって出来なくて、でも、この家が欲しいっていうのは俺の単純な欲望だから鳥肌とかも立たないし、俺に売ってよこの家」
「お前への借金、これ以上増やすのはちょっと……」
「違うよ、俺が欲しいんだよ、この家」
 言い切ってやったら、沈黙のスイッチを押してしまったらしく、静かな時間が流れ始めた。サラサラと湯の入れ替わる音に耳を済ませて、屋内に温泉装置があるとか、どんだけ豪華なんだよこの家、と改めて家の良さを実感する。赤鬼の事など、どうでも良い。鶴が手放したくない素敵な家を引き取る。鶴ごと引き取れたら良いのに、とぼんやり思う。
「ッ……ふ」
 小さい声がして、横を見ると鶴が泣いて居た。ぎょっとして盛大な水音を立て起き上がると、ウロウロと鶴の廻りを動き回り、様子を伺う。
「鶴、鶴ごめん。どうしたの? もしかして家を俺に取られると思ってる? 取るつもりじゃない、鶴が手放したくなさそうだったから、せめて俺の所有なら鶴の手が届くだろうって、そう思って」
「それが苦しいんだよ」
「それが、そう、……そうなの?!」
「おまえはどこまで浄化されたら気が済むんだよ、人間で出来てるからなのか? 時を進むごとに善良になって、俺は逆に段々どろどろして、腹の底が汚くなってく、おまえが清くなればなる程、俺は俺が汚くなって行くのがわかって、辛い」
「鶴は汚くないだろ?!」
「産まれた時は精霊だった、それが妖怪になって、きっとそのうち悪い妖怪になんだろうな、おまえの気持ちを利用して、自分の思い通りにするし、青ノ旦那に大将取られたくねぇんだって口でちゃんと言わねーで、グジグジ遠まわしに牽制してみたりしてよ、意地が悪ぃ、青ノ旦那の魂はまっつぐだ、俺のは捻じ曲がってカチカチでどうやっても解けねぇ、みっともねぇぐにゃぐにゃの……」
 喚く口を塞いで、抱きしめるとやっと泣き止んだ。少し心が晴れたのは、鶴が失恋を自覚しているから。
「良かった、鶴、このまま無自覚に尽くし続けんのかと思ってたから」
「無自覚なわけあるかよ」
「ちゃんと失恋したら、ちゃんと俺と恋出来る」
「おまえとするかはわかんねぇ」
「酷い」
「おまえこそ無自覚に俺に利用されてんじゃねぇよ」
「無自覚じゃないよ、俺は、ちゃんと鶴の良心の呵責とか計算しながら利用されてるもん」
 良いながら、鶴の乳首を弄りだした俺の手を、鶴の指がきゅっと抓った。
「おまえ、思ったより清くなってない、安心した」
 笑った鶴の顔、頬と額にキスをすると、鶴はむずがって口をへの字にした。



2016/07/11

おまけ
牛鬼「もしもし佳祐さん? 佳祐さんが言ってたエロ本、言われた通り鬼李さんからカツアゲしたけど、なんか鶴さんが後で取りに来ちゃったよ?」
山神「上出来です牛鬼、我々は恋のキューピッドですよ」
牛鬼「どういうことですか?」
山神「実はあのなかには、親分が作成した、とある情熱的なラブレターが入っていましてね。嫌味っぽくなってないか、誠意が伝わるか等のチェックを頼まれてたんです、私」
牛鬼「!!! なんでそれ早く言ってくれなかったんですか!! クッソー! 見たかった!!」
山神「まぁ、いいじゃないですか、貴方は貴方で小豆さんに妬いて貰ったんでしょう?」
牛鬼「お陰様で」
山神「やれましたか?」
牛鬼「か、軽くは」
山神「貴方程の人がああいう小道具によるアクシデントに頼ることになるとは。小豆君、恐ろしい子!」
牛鬼「やー、ほんと、色々鈍くて苦労するわ」
山神「頑張ってくださいね、応援していますよ」
牛鬼「さんきゅー、佳祐さん」
山神「心残りは、今回の件でますます親分が貴方を嫌いになっただろうという点ですね、残念です」
牛鬼「えっ?!」
山神「それでは」
牛鬼「俺、嫌われてるんですか?!」
山神「……」
牛鬼「嫌われてるんですか?!」


無自覚だったのは牛鬼さんでした。