からめ

『踊る赤鬼』(尽くし系強面×恋多き紳士)

 忘年会が近い。出し物をどうしようかという悩みが発生する時期である。昔はこうしたイベントごとは、先に立ってまとめていた青鬼だが、ここ数年、部長職についてからはマネージャーに指示を出すだけですべてが終わるので完全に油断していた。
「手抜きか」
 新しいマネージャーの野平が提案して来たのは、とあるPV作成である。人間界の大手ネット広告会社が傑作をネット配信してからというもの、後に続く団体が絶えない、アイドルグループのPVパロである。これを、『怪PR社』でもやろうというのだ。
 部長室で、凝ったパワーポイントの企画動画を見ながら、青鬼は唸った。こんな、猿真似の案など断固認めるわけにはいかない。第一、ダンスなど。
 運動神経は悪くない青鬼なのだが、舞踊の類は心底苦手なのである。
「俺は、自分がダンスが苦手だから反対しているわけじゃないぞ、他社の猿真似案などで満足するおまえの気概を嘆いているんだ」
「うんうん、言うと思った、あのね、続き見てくださいよ」
 部長室には、野平の他に牛鬼と飛頭が居る。忘年会実行委員に任命された三名である。
「この動画の最後に、おまけっていうのを付けるんです、これは人間界の人気動画サイトなどで流行っている動画娯楽テクニックなんですが、本編の後にメイキングとか裏話とか、……おまけをつけるんです。このおまけが結構、受けてる動画が多い、例はこの二作品」
 企画動画にスルリと、PV数やランキングの表示で凄さを誇張した動画作品が現れた。本編のコメント表示とおまけのコメント表示比較。それからおまけの優秀な動画が、いかに噂を呼び、PV数を伸ばしているかなどの立証データが現れた。呆気に取られている青鬼に、野平はキリリとして、ぐっと身を乗り出した。
「忘年会での目玉はこっちです! このダンス動画を撮った後に、メイキング映像でミニドラマを撮ります。おふざけでサスペンス風になって行き、愛憎劇が繰り広げられて、最終的に赤鬼本部長が殺されます。もちろんホントにじゃないですよ、ミニドラマの中で、です」
「ほう……」
「この犯人探しを、忘年会の席で皆さんがするんです。席替えをして、色々な聞き込みをして、全員自分の動機やアリバイ、自分の立場から知り得た情報だけは持っていますが、犯人が誰かは知りません。より多くの人と話をして、あのダンス撮影をした時に、誰がどの日時で、どんな面子で練習したか、何を目撃したかを情報交換するんです。それで、犯人を探して貰う。賞金は十万円です。ちなみに赤鬼部長が答えを知ってて、わかった人は赤鬼部長にお酌をしに行って伝えます」
「複雑そうだが……」
「ええ、でも盛り上がると思いますよ! このネタばらしは後でなので、皆さんにはミニドラマの台詞と役割と、ダンスを覚えて貰うだけ、犯人探しで賞金が出る事は伏せておきます」
「当日、盛り上がりそうだな」
「はい」
「……」
 面白そう。と思わず感じてしまった。その瞬間野平と目が合った。
「結構、時間と体力が要りそうだが」
「いつもの事じゃないですか」
 野平が何でもない事のように言い、牛鬼がええ、と同意する。飛頭が、無理はしませんから、と続けるので、青鬼はうっかり、首を縦にしたのだった。
「この、おまけのミニドラマの脚本は?」
「葉場さんが最近仕事でお世話になってる脚本家に発注しました」
 葉場は第一営業部の映像広告担当者である。目は確かなので、きっと面白い話を書く脚本家だろう。
 頼もしい野平と、その背後に見渡せる、営業部のフロアを眺めて青鬼は楽しい気分になった。なかなかの企画である。情報を集めなければならないから、普段話す機会のない他部署の人間とも口を利くだろうし、肝心のミニドラマも、期待できそうな出来が想定される。
「映像の編集は?」
「技術の映編チームの皆さんがやってくださいます」
「丸投げにだけはするなよ」
「大丈夫です、スケジュールはもう組ませて貰ったので」
「監督は?」
「これも、葉場さんの伝手でこれぞという方に依頼します。あと、監修を鶴さんにお願いしました」
「鶴?」
「あの人、元凄腕の岡っ引きでしょ、プロの目から見て、ヒントをどう散りばめるかをチェックして貰わないと」
 パワーポイントの最後に来て、青鬼は思わず笑みが浮かんだ。犯人が見つからなかった場合、賞金は忘年会実行委員並びに協力者で山分けになっている。鶴を実行委員側に引っ張るのは、懸命な判断である。
「矢助とヤマネははどうするんだ、この二人も元岡っ引きだろう」
「彼らには倫理協力して貰います、映像と情報が全て揃ったら、ちゃんと犯人がわかるかどうか。彼らには逆に、忘年会会場の参加者が犯人を見つけられたら報奨が出ます」
「よく作りこんでる」
 文句なしだ。口のなかでそう呟き、青鬼は企画を後押しした。

 午後十時。『怪PR社』の総合案内フロアは広い。外が夜の闇で暗いため、窓は室内を鏡のように映している。受付の人間は帰宅し、併設されたカフェも閉店した。総合フロアには今、赤鬼と青鬼の二人しかいない。大きな窓と広い空間が使い放題である。窓際のソファを少しどかして、二人は忘年会用のダンスを練習していた。
「だから、青いノ、腕の回転が多い」
 赤鬼の怒鳴り声に、青鬼はびくりと身を揺すった。ダンス撮影はいよいよ三日後。おまけにあたるミニドラマの撮影が終わり、後は本編のダンス撮影。映るのは四十秒程だというのに、素材のために三分もダンスシーンが必要だという。
 赤鬼と共に、就業後の時間をダンス練習に当てて今日で二日目。たった三分のダンスが、どうして出来ないのかと己を責め、くっと声を漏らせば、赤鬼が鼻歌交じりにキレの良いダンスを横で披露し始めた。
「何故、おまえが出来て私が出来ないんだ?」
「知るか。簡単だろうに、こんな舞踊。ほら、♪ふふーふーん、と」
 腰ごと身を動かして、滑らかに回ってからすぐに次の振りを入れる。小気味の良いスナップで手振りのピストル打ちをする赤鬼はプロのダンサーのようである。
 しかし、がたいの良い大の男が、女アイドルの可愛らしい振り付けのダンスをキレ良く踊る光景に、青鬼は少し引いた。
「気持ち悪いぞ、赤いノ」
「そんな事を言ってるから踊れねぇんだよ」
 思えば赤鬼は、舞踊の類にやたらと良い感性を持っている。見た目によらず、芸達者なのである。
流鏑馬なら負けぬのだが」
「懐かしいな、流鏑馬! 俺もあれは得意だったが、おまえには叶わなかった」
 素直に流鏑馬の実力を褒められて照れる。そして、苦手分野を前に得意分野の話をした大人気ない自分に気づき恥じ入った。同時に、赤鬼の懐の深さに感じ入ってしまう。
 青鬼は赤鬼から「こいつにはどうあっても叶わない」と思われたい気持ちが常にあった。だから赤鬼に少しでも青鬼の勝っている部分を突きつけたいのだ。それが今は青鬼の弱味を晒け出しているような状態で、悔しくて地団駄を踏みそうだ。
「青いノ、もう一度初めからやるぞ、良く俺の動きを見ながら頑張れ」
「ああ」
 赤鬼の踊るのに合わせて、自分も懸命に腕と足を動かす。ちらりと窓に映る自分を見た。ぎこちなく、腕と足のリズムがバラバラでみっともない。
 赤鬼のように、生き生きとかっこよく踊れると良いのに、と思ってから、踊る赤鬼をかっこいいなどと思っていた自分に気がついて慌てる。そして、この終わりの見えないダンス練習がほとほと嫌になった。必要最低限、形だけ覚えられれば良いのではないか。
「なぁ赤いノ、思ったのだが、私達のシーンの中心はあの人形鶴だろう、彼は踊りがうまいし、あの顔だから……動画を見る者の9割は彼に目を奪われて、周りをそんなに見ないのでは?」
「あー、まぁ、そりゃぁな、……しかし、一人目立って下手なのは避けてぇだろ」
「め……、目立つ程下手か?!」
 思わず、冷や汗を掻いて聞いたら、赤鬼は視線をそらした。
 目立つ程下手なのか。俺は。
 絶望的な顔で赤鬼を見ると、赤鬼は片眉を上げた。
「まぁ、俺がついてる」
 心強いが、悔しい台詞だ。青鬼はうぅ、と唸った。こんな事で恩を売られるなんてという不愉快と、赤鬼は何て良い奴だろう、今後は少し優しくしようという感謝の気持ちが交じり心が微妙な温度になった。
「あと三日で身につくだろうか?」
「わからん」
 明日はこの総合フロアは、別のグループの練習に予約されている。
 よって、自宅に広い風呂場と鏡のある脱衣所が備わっている鶴の元を訪れなければならない。鶴は第一営業部の部長で、人形のように美しい顔だちをしている。男色の気がある青鬼は、そうした意味で鶴をそれなりに意識しているのだ。鶴の前で不格好な踊りを披露するのは避けたい。
「取り敢えず、今日のうちに少しでも仕上げておきたい、赤鬼、頼む、もう一度見本を見せてくれ」
 真剣な目を向けると、赤鬼は楽しげに笑った。
 何事にも真面目に取り組んでしまうのは性格だった。その日は深夜まで練習し、何とか、大きく外れた動きなどを封印する事が出来た。

 撮影二日前、鶴の家を午後九時に訪れた。その豪邸の前では鶴と同居人の小野森鬼李が赤鬼と青鬼を待ち構えていた。正確には、この小野森が鶴の家の持ち主である。家が豪邸過ぎて、税が払えぬ状態になっていた鶴を、資産家の小野森が助けたという格好だ。資産家の癖に、鶴の尻を追い掛けて会社勤めをしている小野森を、青鬼はあまり良い目で見ていなかった。
「青鬼、ダンス苦手って意外だね」
 一応、青鬼は小野森より上の役職だが、小野森はタメ口だ。
「誰しも一つや二つ、不得手があろう」
「はは、強がり」
「小野森、おまえ、青いノは一応第二の部長だ、敬語を使え」
 赤鬼が注意したが、小野森はふっと笑ったきりだ。
「気にするな赤いノ、年功序列という奴だ」
 小野森は赤鬼や青鬼、鶴より遥かに長い年月を生きている。
「大将、こいつクビにするなら今だぜ」
「俺の権限じゃかなわん」
 赤鬼と鶴が、阿吽の呼吸で憎まれ口を叩くと、小野森は少しむっとしたようだった。
「ちょっと、そこ、仲良くしないで」
 しかし、むっとするポイントがズレている。

 大鏡のある脱衣所に行くと、明るい照明に目が眩んだ。鏡の前に備わった台にノートパソコンを置き、音楽を掛ける。
 本番の撮影に合わせ、鶴を正面に、赤鬼と青鬼がサイドを固める構図だ。小野森は微笑しながら、一人悠々と腕を組んでその様子を眺めている。
「小野森、おまえは踊らないのか?」
「踊るけど、俺は第一のメンバーで踊るし、もう振りは覚えてるから」
 脱衣所に前奏が流れ出したタイミングで問うと、涼しい声で余裕発言をされた。
「青ノ旦那、昨日は頑張ったんだってな」
 赤鬼から、いかに青鬼が下手なのかを聞いていたのかもしれない、鶴は笑いを噛み殺していた。
 鏡台の中央にデジカメを仕掛けて、チェック体制も万全である。
 ダンスシーンが始まり、青鬼はあっという間に間違えた。
「はいストップー!」
 小野森が声を上げ、え、もうか?! と鶴が驚きの声を上げた。
「青鬼には可哀相だけど、赤鬼と鶴が上手すぎて実力差が酷い」
 小野森の冷静な報告に、青鬼はずんと背中に石を背負ったような気持ちになった。
「つまり、私は、やっと普通レベルになったというのに、今度は上手いレベルまで持って行かないと悪目立ちするという事だな」
「可哀相な青鬼」
 小野森は肩をすくめ、首を横に振った。最近まで日本の外に居た小野森は、西洋の仕草が随分染みてしまっている。
「まず見て、これ」
 デジカメの映像を、ノートパソコンで再生すると、赤鬼と鶴のキレのある動きの数秒後に動く青鬼の姿が浮き彫りになった。
「何という事だ・・・」
 確かにこれでは悪目立ちしてしまう。
「下手じゃないんだけど、鈍いっていうのかな、普通に踊れてるのに下手に見える」
「うーん……」
 小野森の指摘は尤もで、赤鬼が困ったように頭の後ろを掻き、鶴が腕組みをした。ああ、わかったよ、私がもう少し動きにキレを付ければいいのだろう、この完璧主義者どもが。
「青いノ、出来るか?」
「無理しねぇでいいんだぜ、青ノ旦那」
 赤鬼の問いと、鶴の気遣いに、青鬼はむすっとした。そして、1時間くれ、と呟いた。小野森が、お、えらいね、と高みからのコメントをし、赤鬼が付き合うぞ、と暖かい声を掛けてくれた。鶴が、それじゃぁ俺は向こうで待ってる、と身を引いてくれた事に救われた。

 こうして営業上層部三人組のダンスシーンだけ、やたらとグレードの高いPVが完成した。
 宴会場はホテルのホールである。『怪PR社』は百人規模の会社だが、忘年会出席者は関係者を含めて百五十人程。ダンスPVの時点で異様な盛り上がりを見せており、皆一応に練習で苦労したからこそ、PVが終わっても、もう一回見たいだのダウンロードしたいだのの要望が飛んだ。
 そして、野平の計画したおまけ映像の、コメディタッチのサスペンスに笑いが起こり、このサスペンスを使った探偵イベントに会場が湧いたのは言うまでもない。

 PV鑑賞と探偵ゲームという目玉イベントが無事終了し、歓談の時間に入ったタイミング。青鬼はホールの外に設置された喫煙スペースに居た。野平を始めとする実行委員達を、どうやって労おうか考えながら、五日間に渡る練習に付き合ってくれた赤鬼の姿を思い出していた。昔から芸能に長けた男だったが、最近の芸能にも順応するとは。
 がたいの良い赤鬼は、踊りがハッキリしていて格好良かった。
「惚れ直した、とでも言うべきか」
 呟くと、ホールから赤鬼がやって来るのが見えた。犯人探しゲームのおかげで何度も酒を注がれ、さすがに酔いがまわったらしい、雰囲気が気だるい。思わず顔を背け、頬の火照りを手の甲で冷やす。
 今更、意識する相手でもないだろうに。
 喫煙スペースに入って来た赤鬼は、青鬼にすぐに話しかけなかった。少し離れた場所に留まり、黙っている。赤鬼の煙草が出す煙の匂いだけが、赤鬼の存在を主張する。何か話し掛けて来いと願ったが、赤鬼は静かなままだ。音のない空間が五分程続いた。長く感じたが、過ぎるとあっという間だった。赤鬼が出て行き、青鬼は焦った。赤鬼が声を掛けてくるのを待って二本目に火をつけたのに。
 気がついたら火をつけたばかりの煙草を捨て、赤鬼の後を追っていた。
 ホールに戻ってみたが、姿が見えず、赤鬼の行動パターンをよく知る鶴に声を掛けると、非常階段だろうと言われ、行ってみる。
「青いノ」
 居た。
「どうしてこんなところに」
 驚いた顔の赤鬼に、それはこっちの台詞だ、と応じながら近づいた。赤鬼は非常階段の端に座り込み、壁に寄りかかっていた。
「酔いを醒ましてる」
 そこに居た理由を簡単に述べて、赤鬼は目を瞑った。隣に座ると、眠そうな笑い声が、赤鬼から漏れた。
「その場所は危険だ、俺に襲われるぞ」
「覚悟の上だ、大事無い」
 ぐっと赤鬼の腕が肩を掴み、ごつい指が顎を掴んだ。それから唇を舐められて、少しの隙間から口内に舌を差し込まれる。荒々しいのは、酔っているせいだろう。
 舌と舌が絡まり、熱が溶け合い、赤鬼の匂いが鼻腔を満たすと夢心地になって思わず赤鬼の首に腕を回す。繋がりが止むと、欲を持った赤鬼の目にひたと捉えられ、青鬼はふっと笑った。
「どうした、そんながっついて」
 さすがにこの場所で最後までは出来ないという心から詰ると、赤鬼もはっとして、表情を緩めた。
 それから黙って数分、見つめて来たかと思うと、赤鬼は少し躊躇いがちに、青鬼の頭を撫でた。
「おまえが、久しぶりに一生懸命になっていて、その姿が何だか愛らしくてな、気持ちが盛り上がったというか、惚れ直したというか……、小さな事だが、苦手なものから逃げずに取り組めて、偉かった」
 褒められて、ここまで嬉しく感じたのは久しぶりだ。
 青鬼はきゅっと口を結び、頬の肉の裏を噛むと俯いた。反応の仕方が、わからなかった。
「出来たら、今日はうちに一緒に帰ってくれ」
 ああ、と掠れ声で返事をすると、赤鬼はまた青鬼の顎を掴んで、繋がりを求めて来た。耳にまだあの、アイドル曲の音楽が残っている。静かな非常階段に、響くような錯覚を覚えた。



2013/12/22