からめ

『可哀想な馬』(下半身馬の男×総攻め色男)

 葉月の末。頭上には青と白のクッキリした美しい晴れ模様が広がっていた。風鈴がひっきりなしに高く鋭い警報のような音を上げ騒いでいた。
 妖怪世界と人間世界、双方に向けて門を開いている陰間茶屋、江戸は芳町の『亀屋』を、主人兼仕込み屋として切り盛りしている亀は、朝から忙しく働いていた。
 その日は数ヶ月に一度ある大掃除の日だった。
 亀には一つ、企みがあった。近頃、懇意になった悪魔の友人、フェルナンドに陰間の味を教えてやろうという企みだった。
 大掃除は陰間達に一日暇をやって、あかなめの掃除隊を雇い大々的に行う。しかし、あかなめの掃除隊は仕事が早く、昼過ぎに解散となることが多かった。この日も例に漏れず早めに仕事は終わった。
 店に亀一人だけになってから、亀は満を持して、店で一番人気の陰間、白百合を呼びつけた。それから、あの憎めぬ悪魔を呼んだ。
 フェルナンドは既に何度か茶屋に顔を出しており、白百合とは馴染みだ。
「はァ、凄い、……興奮する、素敵だよ」
 しかし、陰間茶屋の奥座敷、招いた客は亀の予期せぬ、大胆な悪事に走ったのだった。
 でこぼこの、醜い顔に似合わず、優しく綺麗な声をしたフェルナンドは、うっとりと呟いて亀を見た。
 特別にタダで、白百合を抱かせてやると約束をして、白檀の部屋にフェルナンドと白百合を詰め込んだところまでは、順調だった。
 しばらくして、フェルナンドが亀を呼びに来た。白百合の具合が悪そうだというので、亀は慌てて駆け付けた。
 窓際、白百合は意識がなく横たわっており、駆け寄ろうとした亀の横を、身体の半分を馬にした悪魔が追い抜いた。そして、蹄で白百合を軽く踏みつけると、亀に服を脱ぐように命じた。
 日当たりの悪いその部屋の、畳からは白檀の薫りがして、大男が裸にされ突っ立っている情景を、滑稽さから少しだけ救ってくれた。
「それ以上近づかないで」
 気絶している白百合が心配で、裸のまま前進しようとした亀を、悪魔は嗜めた。
「君は命を吸う力があるそうだね、けれど、相手の懐に入らなければ、その力は使えない」
 亀種の生態は、西洋にも伝わっているらしい。事実だった。
「……どうしてこんな事をする? 俺が白百合を虐めて来たと思ってるのか? それは違う、愛情を持って育て、仕込んで来た」
「どうでも良いよ、それより、身体に油を塗ってみて」
 野郎が何を考えているのかわからない。愛しい白百合に、これまで春を売らせて来た亀が憎いのだろうか。
 しかし、亀を辱めた所で、白百合の屈辱が取り消されるわけではない。野郎に、それを分からせてやるにはどうしたら良いのか。
「早く、油を塗って、そこ、白百合の化粧台に乗ってる」
「こんな事して何になる」
「……僕の愛を伝えるには、これしかないと思ったんだ!!」
 呆れた男だ。と亀は蔑んだが、立場は弱い。この手の馬鹿は何をしでかすか分からない。
「一度白百合にきちんと聞いてくれ。俺は無理やり、陰間達を仕込んだわけじゃない、陰間達とは、信頼しあって商売をしている」
 興奮するための成分が含まれた店の油を、全身に塗りたくるには抵抗があった。亀はどうにか、油を塗る前に説得が出来ないか試みたが、悪魔は亀がぐずぐずしているのを見ると、前足でばすんと人質を軽く踏みつけ、亀を睨んだ。
「この子、人間だろ? 蹴っただけで死んじゃうね」
 八畳ある部屋の窓際、夕暮れの逆行が、フェルナンドの悪魔らしいシルエットを、ぐっと白壁に躍らせた。
「わかった、言うとおりにする」
 大事な店の商品を壊されたら困るので、亀は言われるままにした。部屋の隅に置いてある、白百合の化粧台から油をそっと手に取ると、それを全身に塗り込んで行く。手のひらには、男らしいゴツゴツした感触。筋肉質で分厚い、雄の身体が浮かび上がった。この身体は、興奮されるためではなくするためにある。
「次は、乳首を摩って、勃起させて」
「悪趣味だな」
 愛されるために性感帯を刺激される陰間達と違い、嘲られるためにそこを刺激される己を憐れに思った。亀の仕込み屋としての右手は、可愛い陰間をつくるために働くのであって、厳つい男の身体を、見世物にするため、働くのではない。
 顔を顰め、逡巡している亀に、フェルナンドは焦れて、また白百合を軽く踏みつけた。
「よせ」
 亀は慌てて叫び、恐る恐る、あるかないか分からない、小さな己の乳首を擦った。硬くプツリと膨らんだそれは、胸筋に貼り付いた小石のようだった。
 「なぁ、……楽しいか?」
 嫌な気持ちで問い掛けると、フェルナンドは飛び出た額に隠れている目を光らせ、触れたいよ亀、と囁いた。
 悪魔は興奮していた。
「っ」
 瞬時に、亀は身の危険を感じた。先程までの、性的悪戯への呆れとは違う、貞操への執着だった。陰間達にはは、早くに性の意識を低く持たせ、開放的な貞操観念を植え付ける癖、己の貞操に関しては、異様に重く受け止めている。その醜い心まで、実感して絶望した。
「次は、菊座だね」
 緊張した二つの目が、互いの腹を探りあった。そして、亀が観念した。ノロノロと尻の穴に中指を添える。
「っぅ、クッ……」
 油まみれの中指が、つん、と中に入った途端。酷い圧迫感で、膝をついた。
「手伝ってあげて」
 野郎が指示をすると、気を失っているように見えた白百合が、ぱかりと目を開けて起き上がった。
「白百合?」
「亀さん、ごめんなさい、私達、共犯なんです」
「?!」
「ほんの少しの辛抱ですから……、これが済んだら、この人は私を身請けしてくださいます」
「……ほんとか?!」
 白百合は妖怪を見、触れる事が出来る貴重な人間で重宝していたのだが、如何せん、人間には老いが来る。身請けして貰える見た目でいられるのは、あと二年が限度だった。
 焦る気持ちがあったのだろう、ポロポロと涙を流し、亀に縋り付いて来た可愛い店子を、亀は罵る気になれなかった。
「ご免なさい、ご免なさい、我が身可愛さにご恩を忘れて、こんなこと」
 恩も何も、これまで、散々白百合に春を売らせ潤って来た亀である。溜め息だけついて、納得の顔をした。
「……白百合」
 呼ぶと、白百合は近づいて来た。そして、亀の頬を撫でた。そのまま、するりとその手で肩を撫で、背中を擦り、尻の筋をなぞる。白百合の、丸くすらりとしている癖、確かな硬い男の指が、穴の中に入って来た。
「っ……」
 亀のような大男でも、尻で感じるように出来ているのだから、人体は不思議だ。妖怪は人体を模して出来ているそうだが、種族によって内部の造りは異なる。もし己の身体の初期設定を、己で決められるなら、亀は、亀のような厳つい男の尻からは、気持ちよくなるスイッチを抜いておきたいと思う。
「ゥあっ?!……っ」
 しかし、そこにはきちんと前立腺があった。白百合は優しく、そこを撫でた。くりくりと弄っては、擦って刺激する。額に脂汗が滲んだ。
「ア、……っぁ」
 むき出しの、快楽を司る部位を刺激され、亀は湿った声を漏らし射精した。かくんと足から力が抜け、膝をついた姿勢のまま屈むと、尻の穴が、白百合の優しい細い指に、ひくひくと吸い付いているのがわかり、恥ずかしくなった。
「亀さん、可愛い」
 白百合が呟き、指の数を増やす。
「っ、……ゥわ?!」
 悲鳴をあげ、白百合にしがみつくと、白百合の指は激しさを増した。
「何だろう、この気持ち、心が踊るよ、……亀さん、これは何?」
 油でギトギトの白百合の指が、クチュクチュと音を立て、中を荒らす。
「んっ、ん、……ゥ、クッ……うっ」
 声を抑えると、頬にキスをされた。
「駄目だよ、ちゃんと声出して、煽らなきゃ」
 亀の教えを、亀に囁く白百合の無邪気さが恐ろしい。
「っ……アッ」
 素直に声を出すと、ぎゅぅっと抱き締められる。耳の中に舌が入って来て、目の前が白んだ。白百合は影間を卒業しても、仕込み屋で食って行けるだろう。
「っ、あ、ぅ……んク、んん」
 白百合の愛撫に悶えながら、息を荒げ、フェルナンドを見上げた。悪魔は男の腕程ある馬の一物を赤く勃起させ、亀を眺めていた。
「ア、……まさか、あれ、挿れんのか?!」
 思わず、声を震わせた。
 野郎の馬である下半身に、怯えてへなへなと座り込んだ亀の身体を、白百合は宥めるように撫でてくれた。
「大丈夫ですよ、亀さん、私のようなもやしでは、あんなのに突き挿されたら死んでしまうでしょうが、貴方は丈夫だし、がっしりしていますから、耐えられるでしょう」
 西洋悪魔には多い種らしいが、日本妖怪にはあまり見ない、馬種。後で聞いた話だが、野郎がこれまで人の姿でいたのは、亀の気を引くために健気に実装していたらしい。
「……はっ、ぁウ、……ゥぐっ?!」
 ごり、と何か体積のあるものが、内部に入って来たと思ったら、白百合は指を四本揃え、手を半分程、中に突っ込んで来ていた。
「はぁ、凄い、こんなに広がるんだねお尻って、スゴクいやらしい…っ、ここ、こんなにしちゃって大丈夫なんですか? 亀さん、私、何だか怖くなって来ました」
「バ、カ……っ、っぁ、……一番怖ぇと思ってんのは俺だよッ」
 サシュ、サシュ、と畳に蹄が落ちる音がして、フェルナンドが近づいて来た。
「口でやる、口で、ちゃんと飲むから、こんなん突っ込まれたら死ぬだろ?!」
 頬を生理的な涙で濡らしながら、馬の下半身に乗った馴染みある上半身に懇願した。
 野郎は心底、亀が愛しいという顔をして笑うと、毛深い大きな手で亀の頭を撫でた。
「はァ、髪の毛、すべすべだね」
「っ」
「やっと触れた、亀」
 今なら、この悪魔の命を吸える。しかし、悪魔を殺したら、白百合の身請け話はなくなる。
「こんな事になって、残念だけど、……僕は君の事が、どうしても欲しかったんだ」
 悪魔は馬の下半身をしまい、亀よりも少し大きいぐらいの体格に戻った。膝をついて朦朧としている亀に、視線を合わせてしゃがむ。
「優しく抱くよ、亀、怖がらせてごめんね」
 それから、いつものおっとりした声で、亀を包み込むように抱くと、優しく耳を噛んで来た。白百合の指が、遠慮がちに身体から抜けると、今度は野郎の長い中指と、人差し指が二つ、入って来た。
「っふッ?!くっ……?!」
 内でぱくんと指が距離を取って、菊座を限界まで広げに掛かる。あぁ、俺は千年も生きた大妖怪でありながら、若い未熟な男のように犯されるのか。長生きをし、逞しく育ち、頼られる事に慣れた自分が砕かれる……。
 頭のどこかで、陰間達と自分を分けて考えていたが、とんでもない。運に見放された人間が行き着く先は同じなのだ。
「っうアァ……、ぁ、はっ……っ」
 人型になったとはいえ、大きめである野郎の一物の上に身を被せられると、切り裂かれるような衝撃が下肢に走った。野郎は一物が天を向くように座っていた。真下から貫かれる感覚に足から力が抜ける。
 途端、ずるずるずると勢い良く、ヌメったものが分け入って来て、背骨周りの筋肉が、きゅうっと攣りそうになった。
「ぃっ……ん、んんっ……く、っぁ、ぁ」
 裏返った声と共に、性器から雫が飛び、己の身体に舌打ちする。尻の穴を一物で埋められて達するのは陰間の中でも一部の層。仕込む側であれば、いいぞ筋が良い、おまえは天性の淫乱だと煽るが、我が身に起こった事件である。
「お尻慣れてるの?」
 野郎の心配そうな問いかけを無視して、脇に控えている白百合を見た。頬を紅潮させ、興味深げな様子だった。亀とフェルナンドが交わった事に対する、憤りは特に無いようだ。
「っぁ」
 腰を持たれ、揺すられる。
 乱れる姿を白百合には見せたくない。
「っひ、ぅ、……は、……ん、白、百合、……ぉ、んぐ、向こうっ、行……、っぁ、ア、っやめ……、……んぐ」
 白百合に、この場を離れるよう指示を出したいのだが、催淫効果のある油のついた指で、さんざん嬲られた尻穴が、溶けて熱く粘り、野郎の巨大な一物を貪るのに熱中しており、亀は言葉を発する事が出来なかった。
 足を折ったり伸ばしたりして、快楽を訴えながら、咽喉を開けて喘ぐ。野郎は嬉しそうに亀の腰を揺すりながら、亀を眺めて居た。
「亀、ねぇ亀、怖いの無くなった?」
「っぁ、ッァ、……っぁ、アッ、っぁ、わ、かんね……、くっ、ぁ」
「後ろ向いて」
 野郎は言って、無理やり亀の身体を押すと、白百合に手伝わせ、亀を四つん這いにさせようとした。
「抜い、うごか……すな、もう、抜っ……、う」
 長い一物は、亀に入ったまま、グリュンと滑らかに中を抉り、その鋭い衝撃に亀は気を失いそうになった。
「っは、っぁ……ぁ、ァ」
 はー、はー、と息を吐いて、四つん這いで息を整えていると、一度静かになった一物が、信じられない程、奥まで入って来た。
「っぁ?!」
 こつり、と肩に平たい圧迫を覚え、次の瞬間、腰を中心とした、胃や肺、心臓のあたりにまで響く盛大な悪寒がして部屋の隅、化粧台を見た。
「死、……ぬっ、だろ?!……やめ、っ」
 亀の身体に、馬が伸し掛って居た。長い一物の半分が既に中に収まっている。
「嫌だ、よせよ、壊れるだろそんなん、入るわけ、っぁ、あぁあぁぁああ?!」
 もこ、と下腹部が膨れた感触を肌で覚え、ヒヤリと額に汗を掻く。奇跡的に中は破れなかったようだが、それでも何かの拷問かと思うような体験だった。
 じゅわ、じゅわ、と熱いものが内側を浸して行く。馬が射精しているのだ。肛門が馬の逸物に擦られる音を耳で拾いながら、内部を得たいの知れない大きさの異物が掻き回す恐怖に歯をくいしばる。
「っ、……っは、ぅ、ぐ……んぐっ、っふ、も、……もう、やめ、ぅ」
 大量の精液が腹を満たし、内側で泡立っている。
 ふいに亀の頭を、白百合が撫でてくれ、安心のあまり涙が出た。
「白百合」
「はい」
「……白、百合」
 白百合の名を呼ぶと、落ち着く。
「さぁ、亀さん、もう大丈夫です、これで終わりですから、痛いのも辛いのも最後ですよ」
 白百合の言葉に、安心して瞬きする。涙がポタポタと溢れた。やっと終わる。
「んァ?!……っ」
 ゆっくりと動いていた馬の逸物が、突然深く沈み込んで来たかと思うと動きを激しくした。
「はっ、……は! ぁ……、うぁ、……っ、ん、ふ……っ」
 内部を擦る逸物は、亀が気を失い掛けるギリギリまで暴れると、また熱い液を振り撒いて、気がつくと下肢にぽっかりと風の通る道が空いていた。腿を伝いこぼれていく精液が、膝で冷えて気持ち悪い。
 しかし、これで白百合の余生は幸福なものになる。
 白百合は口が堅いから、この日の事は誰にも何も言わないだろう。フェルナンドは、想いを遂げられ、満足して白百合に良くしてくれるだろう。
 ここまでされたのだ、せめて白百合を養子にして貰おう。フェルナンドの財産は莫大だ。
「良かっ……はぁ、白百合、……これで幸せになれるな?」
 はぁ、はぁ、と喘ぎながら、やっとの思いで笑った。一度犯されるだけでもこんなに精神を削られるのに、影間達は来る日も来る日も客を取らされ、行為を強要されるのだ。改めて、己の扱う商品の歪さを実感し、申し訳なく思った。
「はい、私、幸せになります、……亀さん」
 目を涙で潤ませ、キラキラさせながら、白百合は笑った。他の陰間達より美しく、聡い白百合はいつも亀の気に入りで癒しだった。気持ちが沈んだ日は、白百合を休みにさせ、一日中傍に置き、話し相手にした。
「お世話になりました。さようなら」
 白百合がそっと頬にキスをして来て、嬉しくて今までの苦労が飛んだ。一人前になった陰間を、仕込み屋が抱く事は滅多にない。陰間に請われれば話は別だが、仕込み屋から誘うのは野暮な気がして、手が出せなかった。
 何かのはずみで、白百合が甘えて来てくれはしないかと思いながら、ここまで、見守るだけにして来た。それを今、後悔した。フェルナンドに身請けさせたら、白百合とはもうお別れになる。白百合の居ない店を想像して、切られるような痛みを咽喉と胸に覚えて、気がついた。
 どうやら亀は白百合を好いている。
 それは、気がついてはいけない事だった。
「ぁ……?!」
 白百合が青ざめ、胸を抑える。
「亀さん?」
 ぎゅぅ、と、胸を抑える手に力が篭る。
「ぁ?!……っ、すまん、……好きだ白百合、俺から離れろ!!」
 自覚すると早い。亀は叫んだ。
 白百合は弾かれたように、亀を拒絶し、亀の顔を己から遠ざけた。
「嫌だ、私が貴方に何をしたんです、キスしたぐらいで好きにならないでくださいっ」
「うるせぇ、おまえは前から俺の気に入りだったんだよ!! 早く逃げろ!!」
 亀種は愛でコントロールを失う。白百合が慌てて逃げようとするのをフェルナンドが止めた。
「何するんですか?! 離してくださいっ!!」
「亀は、白百合が好きなの?」
 フェルナンドは白百合の腕を、ギリギリと掴んで居て離さない。
「おい、馬鹿、そいつを離せっ、殺しちまう!!」
「がっ…、っぁ、苦しぃ、亀さ…っ、やめて…」
 白百合の苦しそうな声に、亀は頭に血が上った。
 強い酒を大量に飲み干したような、頭と心臓、胸に来る熱を覚えた。フェルナンドがドシャリと倒れ、白百合が驚いて亀を見た。
「さっさと逃げろ!!」
 亀はフェルナンドの命を吸い、気絶させた。咄嗟の事で加減出来なかったので、殺してしまった恐れもある。しかし、白百合は無事逃げ、命を繋いだ。

 この事件さえなければ、人気陰間茶屋『亀屋』は現在もまだ続いていたかもしれない。フェルナンドを半殺しにした亀は、悪魔達に裁判で有罪の判決を受けた。当時、倭国の法律は悪魔と問題を起こした妖怪を守る事が出来なかった。

 ここから、たった一軒の茶屋と悪魔勢力の戦いが始まった。よく半年も無事で居られたものである。亀は店を閉めて、悪魔と戦い、借金まみれになった。陰間達には暇を出したのだが、店の八割の陰間は居残った。
 襲われては撃退する。その繰り返し。次第に、闘いの目的はぼやけ、戦いの中で、亀に仲間を半殺しにされた悪魔達は、新たに亀への怨みと憎しみを蓄積させた。もはや、亀を破滅させなければ、悪魔側は納得が出来ないという所まで来ていた。
 フェルナンドは悪魔の中でも、位の高い男だった。そのため、フェルナンドの家によく思われたい悪魔達が次々と決起し、一大勢力を作り上げた。フェルナンドはわざわざ倭語を覚える程、倭を愛していたのに、どこでどう間違ったのか。

 亀がフェルナンドと出会ったのは、ある小間物屋の座敷前。
 フェルナンドは人懐っこく勉強家で、趣味がよく、亀はフェルナンドと話をするのが楽しかった。
 だから亀は、フェルナンドを己の切り盛りする陰間茶屋『亀屋』に呼んだ。気に入りの友人に、己が仕込んだ可愛い陰間を抱いて貰いたかったのだ。
 フェルナンドは亀の進めるまま、白百合と何度もお茶をした。しかし、白百合が誘っても、全く白百合に手を触れず、その気が無いのではないかという噂が立った。
 亀は腑に落ちなかった。フェルナンドに『亀屋』の話をした時、ハッキリと男が男を抱く場所である事を伝えていたし、フェルナンドは大変な興味を示していた。今思えばフェルナンドは、亀を抱くつもりでいたのだから、当然の反応だったのだが、この時はそれがわからなかった。
 白百合を気に掛ける癖、抱こうとはしないフェルナンドを、亀は最初、白百合に、本気で惚れてしまったのではないかと勘ぐった。
 それであれば、白百合はこの如何わしい商売から足抜けすることができる。その考えを白百合に漏らすと、白百合は大層喜んだ。以来、いつもどこか物憂げで口数の少なかった白百合が、フェルナンドと一緒に居ると笑ったりふざけたり出来るようになった。これで、亀のフェルナンドに対する評価はうなぎ登りになった。こいつに何としても白百合を預かって欲しい。
 早く身請けの話が出ないかと、茶屋の内部は沸き立った。
 しかし、悪魔は一向にその気配を見せず、白百合が焦れて、悪魔と寝たいのだと亀に漏らした。亀は、例によって白百合に甘かった。
 そこで、悪魔と白百合に、大掃除のあの日、奥座敷を貸してやったのである。

 あれから随分と、坂を下った。
 悪魔達の襲撃はいつも夜だった。亀は千年のエネルギーが尽きる程、闘いに妖力を注ぎ込んで、運命共同体のようになった陰間達を守ることに重きを置いた。悪魔には、妖怪を食したり犯したりすることに抵抗のない個体が多いのだ。陰間達が悪魔の手に渡らぬよう、力の限り闘った。
 それでも、ついに終わりが来た。綺麗な陰間達は戦利品として目をつけられていたらしく、兵士として闘いに出てきた悪魔達の手つきにはならなかった。その代わり、闘いに破れ、弱りきった亀の身に勝利の興奮がすべてぶつけられた。
 亀はあろうことか陰間達の目の前で、悪魔どもに輪姦されてしまった。
 悪魔たちの一物が出ては入り、中で熱液を出し、尻の穴を麻痺させるのを、呆然と、しかし痛みと悔しさで泣きながら、眺める事しか出来なかった。
 悪魔たちは亀の身体を二巡半し、駆けつけて来た鬼の自警団に、その行いを咎められ、やっと亀の身を離した。亀の育てた可愛い陰間達は皆、さらわれて姿を消していた。
 鬼の自警団は、悪魔達への切り札代わりにまだ本調子でないフェルナンドを、白百合に付き添わせ連れてきていた。フェルナンドは、輪姦され雑巾のように転がっていた亀を見て、悲痛な声を上げて駆け寄ると泣いた。泣いて、泣いて、泣きつかれ、意識を失った。
「あーぁ、可哀相なお義父さん」
 腿の裏、強い衝撃が走り、蹴られたのだとわかった。その部屋は、丁度、フェルナンドが初めて亀を抱いた、陰間茶屋『亀屋』の奥座敷、白檀の間だったのだが、もう白檀の香りなどしなかった。江戸も終わりに近づいて居る動乱の時『亀屋』は襲撃と貧困によって、ボロボロになっていた。
「白百合っ?!」
 亀の元に、白百合は九つで来たのだが、その時からもう、白百合の猫かぶりは完成されていたのだ。今、死に掛けの亀を、ぶすっとした顔をして見下ろしている男は、亀の愛した可憐な優しい陰間ではなかった。
「その名で呼ぶなよ、木偶の坊っ」
「?!」
「ははっ。壮観。恐怖の死神様も強姦された後は痛々しいね。凄い興奮する。俺そういう暴力受けたことないからわかんないんだよね、基本的に皆優しかったからさ、ねぇ、どんな気持ち?無理やりされるって、辛いの?
 俺、あんたと違ってか弱く見えるからさ、愛されて抱かれる事しか知らないんだ」
 何を言われているのか、わからずに黙っていると、また蹴られた。
「惨め?」
「っ」
 微かな血の匂い。亀を襲った集団はヴァンパイア種で、それに似た匂いが、白百合から香った。
「ねぇ、惨めかって聞いてるんだよ、答えろよ、俺の事好きな癖に、どうして輪姦とかされてるんだよ、馬鹿なの?」
「白百合、……おまえ、誰だ、白百合?……白百合?」
「ふっ、俺の本質わかってなかったのな、それでも仕込み屋か」
 恋は盲目、という言葉を言おうか言うまいか迷っていると、白百合はしゃがんで、亀の頭を撫でた。
「で?どうして反撃しなかったの?」
「っ」
 声を出すのも苦しくて、途中で言葉が途切れた。
「誰のために俺が人間やめて来たと思う、誰のために変態馬の養子やってると思う、あんたどんだけ俺を振り回せば気が済むの」
 亀の記憶の中で、笑っている白百合と、目の前の眉間に皺を寄せた、少し老けた白百合が、どうにも合致しない。
 白百合が過去、醸していた人間らしさは、弱々しさは、どこに行ったのか。
「俺、あんたなんか別に好きじゃなかったんだ、あの日、あんたが俺を好きだと気づいて、俺を逃がしたあの時からだよ。夜、いつもあんたが馬に突っ込まれて、ヒィヒィ言ってる姿を思い出して、興奮しちゃうようになったんだ!! どうしてくれるんだ、俺はあの茶屋を身請けで一攫千金して逃げ出したら、普通に女と結婚し、幸せになろうと思ってたんだぜ!! それがこんな、蚊みてぇな身体になってあんたのとこ戻って来るなんて、バカみてぇ」
「……白百合」
 亀は無意識に、手を伸ばした。白百合はその手を取り、指をちろりと舐めてきた。
「なぁ、さっきのも見たかったな、どんな風にヤられた? 嫌だって言った? やめてってお願いした? 力づくで屈服させられたんだよな? 悔しい顔したか? ……燃えるね! 俺、あんたのそういう姿に、そそられるんだって、あの時知ったんだよ」
 楽しそうな白百合の、口の中に大きな犬歯を見た時、白百合がもう、人でない事。亀の天敵である吸収系の悪魔になっている事に気がついた。
 ヴァンパイア種、チトリ種、飛縁魔種と数種あるが、どの種族も人間を含めた他種族を、仲間に招く力がある。
「白百合……っ」
 気付いたら白百合を抱きしめていた。
「……」
「白百合、好きだ」
「うん、今度はいくら吸っても死なないよ」
 別れてから半年しか経っていないのに、白百合は亀と同じぐらいの体格まで育って居た。白百合は恐らく、ヴァンパイア種になったのだろう。心身の成長は、身体のつくりが悪魔になったため。
「フェルナンドの家には、ヴァンパイア種が数人、働いてるんだ。仲間にして貰った」
 白百合は亀のために、人の一生を捨てたのだ。
「っ」
 今の白百合は、いくら好いても消えたりしない。安心して思いきり、愛しく思える。闘いの後で、流血の止まらない身体の傷を、白百合は丁寧に舐めてくれた。輪姦された事や、陰間達にその様を見られた事で、壊れそうになっていた精神が見る間に回復した。
 これからは、白百合がそばにいる。白百合を愛しても白百合を殺さない。これまでの沢山の不運や不幸、苦労はこの時を迎えるためにあったのだ。
「好きだ、白百合、好きだ、好きだ」
「うん、俺も好きですよ、死んでも良いくらい、好きですよ」
 白百合は亀に好かれる痛みに顔を歪めていた。
「不吉な事言うなよ、おまえはもう死なないんだろ、俺に好かれても大丈夫になったんだろ」
「うん」
「こんなに嬉しい事が待ってるなら、俺は輪姦ぐらい、何度でもこなす」
「バカな事言ってないで、眠ってください、貴方、足元消えかけてますよ」
 半殺しにされてからの輪姦だったため、亀はもう瀕死だった。
 もしかすると、このまま、死ぬかもしれない。愛しい白百合に抱かれて死ぬのなら、幸せな最期だ。
 安心して、目を閉じた。
 吸収系の化物が、亀種に対抗出来るのは、亀種に命を吸われても、吸い返す事が出来るから。
 亀が目を覚ました時、白百合は消えて居た。どうやら亀に命を吸わせておいて、亀から命を吸い返さなかったため、消えたらしい。

 事件の後、フェルナンドに軟禁され弄ばれる立場になった亀はふと、白百合が亀に働いた無体について、あれは白百合の復讐だったのではないかと気がついた。気がついたが、気がついたからといって状況は何も変わらなかった。
 ただ、苦味が口の中いっぱいにひろがっただけだった。