からめ

◆小ネタ 『座らない人』(天然攻め←ナンパ受)

 長蔵はその日、東武バスを利用して川越駅に向かっていた。何気なく窓からの景色を眺めていたら見覚えのある顔がバス停の向こう、心臓が高鳴る。遠くからでもすぐにわかる、焦茶の長い髪とハッキリした顔立ち。真っ直ぐひかれた形の良い眉と、平行した切れ長の二重。すっと鼻筋が通っており、目に心地の良い顔面。長身の蘭王は、バス停の標識より高いところに顔があり、とても目立っていた。バスが速度を落としていく中、熱視線を送っていたのがバレて、こちらに気が付くとからっとした笑みを浮かべ、手を振ってくる。バスは蘭王を目指して進み、蘭王の前に止まった。

「座らない人?」

 バスに乗り込んできた蘭王は、長蔵の横に立つと、ガラガラの車内を見回してから聞いてきた。

「足がきついから」

「わかる、狭いよなぁ、バスの座席って」

 蘭王ほどではないが、長蔵も大概、図体がでかい。

 初対面の相手には、まず胸から頭までを驚愕の顔付きでぐわりと見上げられるぐらいにはでかい。

「俺はお前らと話をするために座らないよ」

 聞き取りやすい高さのある、ほがらかな男の声。蘭王と一緒に乗り込んだ徳楽が口を開いて、やっと長蔵は徳楽の存在に気が付いた。

「いました」

 長蔵が驚いて言葉を失っている間に、徳楽は含み笑いを浮かべて先回りして、長蔵を茶化した。

「すみません」

「蘭王が目立つからな、慣れてる」

 長蔵が、蘭王を前にすると視野が狭くなることを、徳楽はわかっている。わかっていて、出来事を一般化してくれる。長蔵は目を伏せて、その優しさに甘えた。

「徳兄、小さいからなー」

「おまえが大きいんだろ」

「あっ、見て。俺達、今、階段」

 蘭王に促され、長蔵と徳楽が窓を見ると、蘭王、長蔵、徳楽と並んでいる様子が、身長差で階段のようになっている。

「……うん、そーな、良かったな」

 徳楽が面倒くさそうに応じると、蘭王はしょぼんとして、面白いと思ったんだけどなぁ、とひとりごちて黙った。徳楽と蘭王は血の繋がった兄弟で、他愛のない会話にも、肉親ならではの厳しさがまじる。

「蘭兄は、感性が豊かなんだよ」

 亀は、この兄弟と特別血の繋がりはないが、訳あって形ばかり加えて貰っている。

「まーた長蔵は、そうやってすぐ蘭王を甘やかすんだから」

「……」

 反論できず黙っていると、バスが丁度大きな曲がり角に差し掛かり、徳楽の体がぐらついた。片手で支えてやると、徳楽は少しばつの悪そうな顔をして、長蔵を見上げた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

 しかし、立ち慣れていないのか、言ったそばから徳楽はまたぐらついた。長蔵は再び徳楽の体を片手で支えると、今度はがっちりと肩を抱き込んだ。徳楽の、黙っていれば可憐な、少女のように線の細い、麗しい顔がほんのり赤らむ。長蔵は、己の胸に心地よさが広がるのを感じた。衆道趣味のある長蔵には、徳楽は口説くべき魅力ある男だった。

「徳兄、顔赤い」

 暗に意識されて嬉しいと伝えると、徳楽はあきれたような顔をして、長蔵の囁きを無視した。

「長蔵……」

 そこで突然、ぐいっ、と肩に力強い手の感触を覚えて、驚いて見やると節の大きな男の手が、長蔵の肩を持っていた。深爪しているが、形の良い爪には艶があり、握力の強そうなよく引き締まった指、一本一本がとても長い。恐る恐る手の主を辿ると、蘭王だった。

「長蔵も、支えてやるよ」

 他意の……長蔵に対しての感情など、一切無さそうな、むしろ実の兄を長蔵のちょっかいから助ける意図があるような、明るい笑みを浮かべ、蘭王は長蔵の肩を掴んでいた。

「……、俺は平気だよ」

「念のため」

 蘭王の手が肩にある間、長蔵は景色も車内のざわめきも、己が腕を回している徳楽のことも、何も考えられず、ただバスに身を任せ、運ばれて行く人になった。