からめ

からめ

小説担当むーと漫画担当みーによる創作BLを公開しています。

『天邪鬼』(ろくでなし×ツンデレ)

 

 天野と出会ったのは刑務所の中だ。当初、見た目の愛らしい天野は犯罪者どもの便所になっていた。助けたら懐かれ、懐かれて悪い気がせず、用心棒をしてやるようになったら、絆が生まれた。天野は、俺にだけは体を許し、俺は俺以外が天野に触るのを防ぐ。それだけの関係だが、天野には救いだったらしい。刑務所を出てからも関係が続いた。

 

「開けろ」

 トラックの運転手をやっていて、格好もまさに仕事帰り。荷下ろしの作業によって薄汚れた作業着は、一昨日からぶっ通しで働いていたため、汗の匂いをむんむんさせている。高級マンションのエントランスには、あまり似合わない俺の風貌。ロックされた自動ドアを前に、中に居る天野に助けを求めた。俺はここに住んでおり、鍵を忘れた。という事実を、一体何れ程の人が事実と理解してくれるだろう。

 この恐ろしく立派なタワーマンションに住んでいるのは、トラック運転手の俺と、PR会社でサラリーマンをしている天野の男二人、恋人同士だ。

 俺の方は、身の丈にあった安アパートに住みたいと主張したが、天野はどうしてもセキュリティのしっかりした高級マンションに住みたいと譲らなかった。そうして天野が財産の半分を使って買ったマンションは、下手をすればゆりかごから墓場までフルで百年使える人の皮と同じ値段だろう。こんな買い物を、ぽんとする天野に、俺は少し引いた。

 時刻は午後三時、予定では午後一時に帰る日で、玄関の戸を開けた途端、不機嫌顔の天野に迎えられた。天野の向こうには、見慣れた長い高級マンションの廊下があった。突きあたりにあるリビングからは、テレビだろう喧しい笑い声が漏れて来ていた。

「遅ぇ」

 三時まで待たせてしまった事を詫びなければ、と思うが、うるせぇと吠えてしまう。

「俺はもう寝るぞ」

 天野はさっさと俺に背を向け、テレビが付いたままのリビングを放置して寝室に向かった。

「チッ」

 寝室に行く天野を追い、その腕を掴む。詫びなければ。振り返った天野から鼻通りの良い香の薫りがした。下腹部にツンとした欲望が起きて、詫びようという気持ちが消し飛ぶ。引き寄せて抱きしめると鳩尾に肘鉄され、それに腹が立って腕を掴む力を強めるとイテェと蹴られる。明日、会社のある天野は必死だ。鍵がない俺のために起きていてくれた天野に、無体をしようとしている俺は、悪い奴だ。

「離せ馬鹿っ」

 天野は怒鳴った。

 俺は多分、天野にとって、害だ。

「させろ」

 俺の求めに、天野はひくっと頬を引きつらせた。

「ふざけんな、クズが」

 まさに吐き捨てる、という感じ。天野は青筋を立てて、俺を睨んだ。

「なぁ、したい、させろよ、すぐだから」

「ッ」

 寝室に無理やり連れて行き、ベッドに投げる。天野は170cmに満たない小さな妖怪で、俺のような怪力の妖怪の手に掛かれば、力づくでどうにでもなってしまう危うい体格をしていた。いたずらっ子の少年のような、可愛らしい顔と、成人する前に止まってしまったのだろう関節の柔らかい幼い体つき。これが受けて、刑務所では散々だった天野だが、知能が高く、経験も豊富な、大妖怪に入る部類の男だった。齢は四百、江戸の時代から職を持って働いており、近年になって入るのが当たり前になった大学は、一流の所を通過した。会社も、神格を持つ代表者が経営しているところばかりに勤め、大体、役職を得て辞めている。

 本来、天野は能力的には、安定した暮らしの中、気の良い相方と土子でも作って平和に生きる事が出来る。それをしない理由は恐らく、天野の種族である天邪鬼種の習性にあるのだろう。頂点まで行くと、天が必ず不幸を運んできて、破滅に近い状態に追いやられてしまうのだという。

 他人の心を見抜き、逆の言葉を言わせる力だけなら、都合が良いのにな、と天野はぼやく。落ちる時には、とことんまで落ちてしまう自分を、まともな相手に晒すのは酷だと、天野は言う。だから俺のような、クズが相手で丁度良いと。

「会社なんか休めよ」

 ベッドに押し付けた天野の、耳元に囁くと、ふっと笑われた。

「なんかって何だよ、俺がどんだけ苦労して今の会社に居続けてると思ってんだ」

 妖怪社会は、人間社会に比べて犯罪者に優しい。長生きの妖怪には、様々な経験をしている者が多いからだろう、犯罪者でも、役に立つと思わせる事が出来れば雇って貰える。その代わり、徹底した実力主義である。天野の勤める『怪PR社』というPR会社は、二ヶ月に一度人を入れ、半年に一人、成績の悪い社員を切る。天野はそんな会社で、もう五年以上働いて居る。

「ん、っぐ」

 天野が声を上げたのは、俺が首を締めたから。

 天野の顔が、みるみる赤くなって行く。苦しそうだ。女や子どもの、こうした顔を見るのが好きで、ある日、恋人を殺しかけて通報され、俺は刑務所に入った。腹を蹴られて、寝室の床に転がる。自動掃除機のルンバに脇腹をぶつけ、いってぇと喘ぐと、天野がベッドの上で泣き出した。

「ほんとはおまえなんか、もう好きじゃねーんだよ」

「あ?」

「変態だし、きもいし、浮気するし、おまえなんかと、一秒も同じ空気、吸いたくないんだよ」

 いつばれたのだろう。浮気は俺の癖みたいなもので、最近、外で土子を作ってしまった。これを、どうやって言い訳しようかというのが、数日前からの悩みだった。

「おまえなんか、おまえの土子なんか死んじまえば良いんだ、おまえみたいな駄目な親父、ぜってぇ役に立たねぇんだからな、だから出て行くなよ、ここを」

 天野は天邪鬼種で、他人の心を読み、心と逆の事を言わせるのに長けているが、己の心まで逆に言ってしまう。

「言っとくけど俺は、おまえに欠片も感謝なんかしてねぇし、おまえなんか好きじゃねぇ、けど、おまえみたいなクズ、誰も相手にしねーだろ、だから、しょうがなく傍に居てやってたんだ」

「出てけって事か」

「違う、残れ、土子なんか死なせちまえ、それで後悔して苦しんで、不幸になれ、頼む」

 俺の目からも、涙が出ていた。天野と別れたくなかった。

「出来ちゃったもんは、しょうがないよな、……俺の子どもだもんな」

「だからベッドで寝る時は、ちゃんと中に土が入ってないかチェックしろって言ってたんだ、愚図」

 バツン、と頭に固いものが当たって、それはマンションの権利書が一式、入ったファイルだった。

「天野、冗談きついぜ……、ここは、だって、おまえの金で」

「夜鷹とおまえの稼ぎなんか頼れるか、土子を殺す気かよ、済む場所もねぇくせに、何考えてたんだおまえらは! おまえの土子じゃ、夜泣きの激しい元気なのだろうに、防音設備もねぇ都心じゃ苦情が来て、おまえら育児ノイローゼになっちまう」

 夜鷹は街頭に立っている娼婦の事で、大体、宿無しの碌でなし女である。俺の浮気相手も、例によって、消滅寸前の魑魅魍魎みたいな小妖怪だ。土子が出来た知らせを聞いて、会いに行ったら三層のスラム街の、空家で他の夜鷹達と集団生活をしていた。土子が煩いので、殴られたのだろう。顔に痣を作っていた。

 土子が出来れば俺を手に入れられると思った、出来心だったと言われ、泣かれた。

「なぁ、土子の親父、良く聞けよ、おまえはもう親父なんだ、俺に、もう一切構うな、俺は一人でもやって行ける、っていうか一人の方が都合が良い、こないだの土日で、住むとこは既に確保した。必要な分の荷物も移動させたし、次の土日で出て行く」

 放心している俺の腹に、蹴りを入れてから、天野は言葉を続けた。

 嫌だ、嫌だ、天野と別れたくない。俺は身を震わせて泣いた。

「ここを出て、どこに行くんだ?」

 言うか馬鹿、おまえは最後の最後までしょうもねぇ、と笑いながら、天野は俺を罵った。その暖かくて、切ない声色に顔を上げると、天野は目から涙を、幾筋も垂らしていた。

 

 天野が出て行った日、俺はそっと後をつけた。天野が入って行ったのは、最初に俺が住みたがった安アパートだった。