久しぶりに鶴の顔でも拝もうかと『怪PR社』第一営業部に足を運んだ。部員に声を掛けると部長室に通される。 すると戸の前に、いつもの顔ぶれが立ち並んだ。 「……ヤのつく手下どもか、ご苦労な事だ」 『怪PR社』営業フロアの、ガラス張りの壁と広い窓は陽光を…
リストラされそうだと後輩から相談を受けた。 創設五百年の歴史を持つ『ぬり壁セキュリティ』に勤める白鬼種の白鬼 陽太郎(しらき ようたろう)とその後輩、鶴種の鶴 洋次郎(つる ようじろう)の仕事は、要人警護であ…
洋次郎が教育を任された虎松の二親は、川越の賑やかな観光地のただ中、地下一層の高級マンションに居を構え、広いキッチンを持っていた。 二親とも仕事が忙しく、一ヵ月に一度しかこの空間を使わない。 よって、家事手伝いのアルバイトも兼任している『…
以津真(いづま)種の以津真 弥助(いづま やすけ)は、先日、管理部から営業部に異動した。周囲には反対され、上司からも渋い顔をされた異動だったが、無理を言って通して貰った。 異動してみると十年ぶりについた営業の仕事は楽しかった。人事の仕事にもやりが…
怪PR社、企画部は幾つかのグループに分かれている。 そのうち玩具や文具、常用小物についての企画を出しているグループをグッズGと呼ぶ。分かり易い例を上げるとアイドルグループのコンサートや、車のメーカーショー、スポーツ大会、展示会などのイベント…
21世紀の妖怪世界は、人間世界とほぼ同じ。 妖力や貧富の差はあれど、経済で回る仕組みが作られ、ほとんどの妖怪は人と関わらず生活している。人を襲って『肝』を収穫する仕事は第一次産業、日本の都市部ではあまり見られなくなった。 地…
今日の朝も産声を聞くことなく、気まずい思いで寝床を出た。 大河童種の大賀九郎は、冷えた朝の寝室で服を身につけながら、大きな溜息を吐いた。白い息がシャツのボタンをかける自分の手に掛かる。 どうして、と口の中で作った声を飲み込む。 「今日も出来ん…
初客を取らされようとしている陰間が、戸にへばりついている。 嫌だ、お父さんお母さん、嫌だ、嫌だよう。 陰間の泣き叫ぶ声が耳に響き、明岐(あかき)は唇をぐっと口の中に挟み目を瞑った。今年元服したばかりの明岐の目には、客取りを嫌がる少年が友…
こわいモノの近くに居続ける事が難しそうだったので逃げた。逃げたら、こわいモノのこわさが増幅した。いよいよ逃げられないぐらいこわくなって、向き合ったら少し、そのこわさを軽減する事が出来た。「鶴」 呼んだのに、こちらを振り向きもせず何だよと応…
忘年会が近い。出し物をどうしようかという悩みが発生する時期である。昔はこうしたイベントごとは、先に立ってまとめていた青鬼だが、ここ数年、部長職についてからはマネージャーに指示を出すだけですべてが終わるので完全に油断していた。 「手抜きか」…
少し肌寒くなった飛鳥山公園で。 「鶴を片付けろ」 不穏な台詞を恋人から吐かれた。白い朝の陽光が眩しい。 赤鬼は日向の石段に尻をつき、肩や膝に一杯に乗った猫達の体温でふやけていたが、青鬼は薄色の秋用コートを着込み身を固くしていた。 「どういう意…
尊敬しているけれど、恋愛するつもりのない男性から求愛された場合、皆さんはどう対処しますか。 という質問を投げた居酒屋の一角。 男だらけの座敷席で、全員が黙り込んで口に含んだビールを飲み下せずに、頬を膨らませている。 「なんて、もしもの話ですけ…
生まれ育った武蔵を離れ、駿河、丹波、須磨を転々と暮らしてみた。出雲や長門を見聞し、筑前に着いた頃、鶴はその男に出会った。 倭国の端にある土臭い港町に、まるで天上人のような一行が降りて居た。人間世界では、数万の兵を乗せた艦船が、まだ海の上で睨…
体内に宿る怨霊を、コントロールする事ができなくなるのは、いつも情緒不安定な時だ。怨霊は容赦なく、既に定員数に達している体の中に入って来て、鬼李の体を膨れ上がらせる。出来たらすらりとした細身の男で居る事が望ましいと考えている鬼李の心を無…
キラキラと光る善良なものになりたい、という欲求が俺の内側を刺激するのは、俺の成分には人間が多く含まれているから。 人間はいつも清らかになることを目標に転生を繰り返している。「鶴……?」 腹の上で腰を振る綺麗な男に声を掛けると、とろりとした目…
『怪PR社』の営業部フロアは、第一第二第三を壁でハッキリと分けている。しかし透明に透き通ったその壁は、音こそ遮断されているが、誰がどんな動きをしているのか見渡せるようになっていた。 個人プレイヤーの多い第一営業部は今日も人影がなく、人海戦術…
二年前、営業から人事に回された時、妙な感覚に襲われた。突然、何もないところで転んだ時のような放心状態。 少しほっとした自分がいた一方で、作りかけの砂山を崩されたような、変な悔しさも残っていた。 自分がそうしたスッキリしない状態のまま移動し…
「あら太ぁ~」 廊下から、間延びした低い声が自分を呼んだ。 牛鬼が長いトイレからやっと帰って来たのだ。 まとめた書類を鞄に突っ込み、バタバタとフロアを出る。 広い肩幅と逞しい胸の目立つ、体育会系の肉体を高価なシャツの下に潜ませた色男……『…
バーに備わった大理石のトイレ、その限られた狭い空間で。数分前まで繋がっていた相手。タカは異性愛者だった。 そうした用途に使われやすいこの店のトイレには消臭機能と洗浄器具、コンドーム自販機まで都合良く備わっており、現在、事後の匂いの消臭…
同性愛者の自覚があり、同性愛者の集まる店に行った。 二十も中頃、故郷ヴィンチでは父親になっているのが普通、という年齢で、俺は「恋人」に飢えていた。ヴェレノは同性婚が認められているし、真面目に「相手」を探すのもいいかと思った。 赤っぽい照明が…
私生児として生まれたが、父代わりの伯父がいた。 母は優しく、母と俺を家に置いていた伯父一家は温かだった。俺は恐らく、弟より恵まれて育ってきた。「タクオ、鍵を外せ!!」 弟の引篭もった小屋の戸を叩きながら、俺はどうしてこの弟に構いすぎるのか考…
ルカスの部屋にはいつも、乾いた果実のような品の良い薫りが、ほんのりと漂っていた。木製の家具が多く、茶系の配色で固められたその部屋には円形の棚が部屋を仕切るように置いてあった。 交錯して差し込む美しい光を眺めながら、枯れた深い森の中に居るよう…
俺って実は暗いのかなと一時期悩んだりもしたが、一人行動が好きという事実は今も昔も変わらず。一人は楽。一人は自由。一人でいるのが良い。一人最高。 しかし、人にはどうやらオーラというものがあるらしく、一匹狼的な、近寄りがたいような雰囲気を持っ…
自分の欲望には気づいているが、求めたら困らせると分かっている。 困らせてまで求めようとは思わない。横に居てくれればそれで良い。 待ち合わせ時間の十分前。 チェコとリオネは二人きりで立っていた。「どうかエリックとゴドーさんが、二人一緒に来ませ…
目の前で。 すぐ目の前でカルロがエリックに引っ付いている。 エリックは黙って引っ付かれている。俺がやったら怒るんだよね。 見るものを焼く勢いで、二人を睨んでいたら、「リオネ不機嫌」横でチェコがぼそりと呟いた。 エリックはチェコの言葉を気にせ…
「はァ?!何時からだよ?!」 大学部と高等部を結ぶベンチの喫煙スペースで、ブルーノ・フランクは甲高く叫んだ。リオネが禁煙に成功したことに腹を立てての大声。 鼻に皺を寄せて、片眉を上げている。リオネにとってブルーノは兄の友人であり、怒りっぽい…
フィオーレ所有の岩山の切れ間を風がビュウビュウと走り抜けていた。 どこもかしこも泥と灰の色をした走行訓練場。夜間訓練のラストは、ここを終着点にする走行訓練といつも決まっていた。岩肌にはり付いて乱れた呼吸に振り回されている者、帰り支度を始める…
クドさんの首は太くて力強い。堅い骨の芯があって、少し熱い。馬乗りになって首を絞める体勢でそれを確認する。 「わかった、ありがとう」 背を叩かれクドさんから降りると、クドさんは空を蹴り起き上がって遠くを見た。 「どうですか?」 「感覚は掴んだ」 …
闘技には公式と一般がある。一般人が見られるのは一般人の娯楽として設けられた一般闘技のみで、公式闘技は有力一族や大企業の勢力誇示のため行われる。 これは闘技が、そもそもの目的を戦争としていたため。鎖国の際、近代兵器を排除したためこの国では内戦…
回ってしまうと何てことはない、受身の立場は楽だった。 ルキノは男に慣れていた。痛みのない挿入は心地良い。心地良いが何だかむなしくて馬鹿らしくて惨めだった。 「キケロはやめておけ・・・」 行為を終えた枕元。向こうを睨むルキノの声。 「別に狙って…