からめ

からめ

小説担当むーと漫画担当みーによる創作BLを公開しています。

『禁煙』(平凡×男娼、ぼんやりモテ男×平凡)

 

「はァ?!何時からだよ?!」

 

 大学部と高等部を結ぶベンチの喫煙スペースで、ブルーノ・フランクは甲高く叫んだ。リオネが禁煙に成功したことに腹を立てての大声。

 鼻に皺を寄せて、片眉を上げている。リオネにとってブルーノは兄の友人であり、怒りっぽいが優しい、優しいが不道徳な俗っぽい先輩。第二の兄だ。

「自制心あってごめん」

 にやにやと謝ると、ますますブルーノは不愉快そうな顔をした。ブルーノは狐のようにつりあがった目とガリガリの体躯がマニア受けし、過去、売春でたいそうな稼ぎを誇ったという。リオネも何度かお世話になっている。

「何使ったんだよ?」

「何も、普通に我慢」

「聖人か」

 学園の広大な敷地を埋めているのはほぼ緑で、高等部と大学部の間を走る森の中の小道は爽やか100%。ヒーヒーやらキィキィ、チー、ピーと鳴いている鳥の声は自然に溶け、耳に心地良い。

「禁煙いいよ?自由になれるよ?喫煙所チェックの日々とおさらばだよ?薬局行けば一粒0.1fぐらいの禁煙のクスリあるし、ブルーノさんもそろそろやめたら?」

 提案してみると、元男娼は色素の薄い眉をくねらせ、唇を尖らした。

「煙草なくしたらヤクに流れる、俺の周辺のクズ具合舐めんな」

「……」

「ヤニ吸ってるから手ぇ出さないで済んでるみたいなとこあるからな」

 ブルーノを含めた兄の友人、たまに使われていない自宅の倉庫に屯する面々の柄の悪さを思い出した。肩の力が抜ける。呆れを通り越して、人の世の儚さ的なものを感じた。どんな生き方でも、人は生きていけるのだ。

 女の子を好きにならなきゃいけないとか、遅刻はしちゃいけないとか、サボっちゃいけないとか、テストでそこそこの点を取っておかないと、とか。自分で自分に課している『いけないこと』に縛られる生き方は果たして良い生き方なのか。

 などと思考してみたが、実際はあまり縛られてもいなかった。ただ、縛られるべき、と思っている。縛られていない事に後ろめたさを感じる。

 ブルーノや、その仲間たちのような、だらけて好き放題する生き方もあるのに。今を楽しむ生き方、というものが果たしてどこまで悪いものなのか。考えていたら、鳥の声が止んだ。一斉に止む時がたまにある。静けさは冷たい風になって頬を撫でた。

「長かったのになぁ、おまえに煙草の味を覚えさす道のり」

 ブルーノは、真面目なリオネを不真面目な道に誘うのが好きだ。リオネは溜息を付き、ブルーノの頭を撫でた。短い髪の柔らかい手触り。毛の短い動物の頭のよう。そのまま頭の後ろ、首の裏、背中の始まりにそっと手を移動させた。

「ブルーノさんもさぁ、せっかく親御さんと再会して大学入れたんだから、法に触れるもの扱う仲間とはさぁ、そろそろ縁を切ったらどうかなあ、うちの兄貴みたいに……刑務所入りたいの?」

「ふ、やらしい触り方して説教してもなあ。どうしたお客さん欲求不満か?禁煙やめて偉いから10fで手ぇ打つぜ」

 鳥がまたさえずりを開始して、急だったせいか五月蝿く感じる。悪いことは大体ブルーノから教わった。煙草とサボリとゲームの裏技、スピードの出る乗り物の運転。男色。

「前から思ってたけど、年下にお金で買われるの……何とも思わないの、ブルーノさんって、プライドとかないの?」

「は、おまえの金はおまえの親の金だろ、おまえが稼いだもんじゃねぇ。何とも思わないね。おまえから貰ってんじゃなくて、おまえの親から貰ってんだから……家庭教師代だな」

「なるほど、うちの親、教育熱心が過ぎるね」

 小憎らしい第二の兄に、欲望が萎む。ブルーノから手を離し携帯を取り出す。どうしてもエリックと話をしたくなった。エリックの声は、煙草の煙に似ている。麻薬の方が近いかもしれない。

 器機の向こうは、エリックを呼ぶ音。

 明日登校するまで、17時間ある。今、声を聞けなかったら明日まで聞けない。出てくれ。出てくれるだけでいい。

『はい』

『エリック?』

『ん、何』

 欲は簡単に膨れる。会えたら嬉しい。

『今暇?』

『暇じゃない』

『あ、そう』

『ごめんね、それじゃ』

『あ、待っ』

『何』

『なんでもない』

『じゃ』

 くっくっくっくっく、と忍び笑うブルーノの足のスネを蹴る。

「痛ぇ!」

 電話を切ると、ブルーノはスネを押さえ少し涙目になっていた。

「DVとか何時覚えたよ、そういう不健全な客は相手にしねーんだよ俺は、も、ぜって買われてやんねぇ!てめーなんざエリック・ヴェレノに飼い殺されてんのが似合いだわ」

 容赦のない悪人の、頬をつねる。つねると間の抜けた幼い顔になるブルーノに再びその気になった。つねのをやめて唇に指を伸ばす。

チェコじゃん」

 指でなぞろうとした唇が動いて、湿った歯茎に触ってしまった。予期せず手についた唾液は気味が悪いもの。顔をしかめ、手を引っ込めた。

「どうも……」

 チェコがブルーノに挨拶をしながらやって来た。横に並ぶと香水の薫り。

四代ぐらい前の彼女にプレゼントされ、なかなか無くならないらしい。

 すっかりチェコと同化した香水は、冬の朝のような冷たい印象で鼻に届く。

「なんか今、二人とも変な空気だったような……?」

「あぁ、……スキンシップ、なぁリオネ」

「え、まぁ……」

 チェコは何を考えているのかわからない顔で、じっとこちらを伺って来た。目が合ってもお構いなし。リオネが逸らすまで逸らさない神経。自分は一切、探らせない面を被りこちらの情報だけ攫おうとする。対抗して作り笑いをして、さっさと視線を逸らす。

「エリックが遊んでくれないんだよ」

 一応、話を振って、輪に入れる。

 男の友人であるエリック・ヴェレノを、リオネが性的な意味で好きだという事は、公表している。フィオーレは当主の一族が代々男色家だからか、フィオーレ領内にある学園内はそうした文化に寛容だ。

 だから軽く、こうして愚痴が溢せる。愚痴らないとやっていられない辛い事、リオネの中で恋愛はそういうものに分類されてしまった。

 エリックから解放されたら、二度とするものか。

「エリックはもう諦めろ」

 チェコは勝手な命令を下した。

「諦めたいよ」

「女紹介する」

「……いらない」

「男の方がいいか?」

「エリックがいい」

「……」

「もうやめよう、この話」

 チェコはエリックの話になると微妙にそわそわする。恐らく気持ち悪いのだろう。男にとって、男と男の関係ほど生理的な嫌悪を感じるものはない。危機意識だろうか。自分がどう思われるか、というところはどうでもいいけれど他人を不快にさせるのは忍びない。

「とか言って、また急に声が聞きたくなって電話しちゃうんだろ?リオネ君、一応忠告しておくと、鬼電は立派なストーカー行為だぜ」

 しかしブルーノはリオネの意図を読まず、エリックの話を蒸し返した。チェコが嫌がっているのがどうしてわからないのか。チェコの思考はわかりにくいが、感情は案外わかりやすい。動物をあやす感覚に似ている。純粋な心で観察すれば、自ずと答えに触れられる。

「だから、その話はもう終わり」

 苛々した声が出た。

「事前に約束をとりつけろよ、長くお喋りしてぇならさぁ」

 リオネとチェコ二人が不快を訴えているのに、ブルーノは気が付かない構わない。

「……事前の約束とか、カルロやダダもついて来るじゃん」

「あー……」

 ブルーノはマイペース。空を向いて適当な相槌。

「ついて来んなって言えば?」

 チェコの助言に表情が強張る。

「言えたら苦労しねーよ」

 両手で顔を包みしゃがむ。カルロとダダを煙たがったらエリックに嫌われる。二人にも悪い。ただでさえエリックエリックと四六時中唱えていて迷惑なのに。四人でいるのも楽しいのに。どうして二人きりになろうとするんだ。二人きりになったところで何が起こるんだ。

 排他的な感情はかっこわるい。心狭い。……でも沸き起こる。

 とにかく、どうにかしてエリックを独り占めしたい。そう思っている自分を軽蔑する。エリックが関わると苦しくなるばかりだ。

 はぁ、と溜め息をついてしゃがむ。

「もぉ、ほんと、きっつい」

 しゃがむと土が近くて、目の前を蟻が二匹通った。

「お~い、そんな落ち込むなよなァ、マジ思春期めんどいわ」

 ブルーノが頭に手を置いてきて、我に帰り恥ずかしくなる。やってしまった。癇癪を起こして座り込んだ。困った奴すぎて目も当てられない。恐らく、耳が赤い。顔ももちろん赤い。

「なぁ元気出せよ、サービスすっから、な、可哀想な片思いファイター価格5f!まじ五歳分は値段下げたわ、この歳の男娼そんな安く抱けねーよ?しかもこんな上玉をさぁ?」

「うー」

 唸ってぐずぐずする。ブルーノの甘い声が嬉しかった。

「おまえが余裕ねーと慌てるんだよ。なぁ、立て。悪かったよ、話蒸し返して。話題変えようとしてたのにな」

 あー、やっぱわざと蒸し返したのか。見上げたやな奴だな。くそ。

「なぁ」

 急にチェコの薫り。視線をやると、隣にしゃがんでいる。目と鼻の距離に、チェコの雄々しくて癖のある顔があった。

「うわっ?!わっ?!」

 驚いてよろめき、二の腕を掴まれる。いや、この体勢で助けられるわけないだろ。一緒に転ぶと予感したが裏切られ、チェコの訓練で鍛えられた腕は一本だけの力で、ぐっとリオネの体重を支えた。

「おまえ俺にこないだ、友達の女と寝るの注意したよな」

「え?ああ」

 支えてからの、突き放し。土に尻を擦って、何となく屈辱的。

「おまえが男買ってるってどういうことだよ、なんか腑に落ちねぇんだけど」

「はぁ?!あー、……あれは」

 ヒリヒリとした空気。チェコが怒っている。表情には出ていないが、肌に伝わる。エリックと同じ、静かな怒り方だ。エリックは不快を示す時は派手だが、怒る時は静かで得体が知れない。その得体の知れなさに、リオネは心を乱される。感情を噴出すべき場面で、静かになる人間の内側に引かれる。

 初めてチェコの顔をまじまじと見た。表情を読み取るため、感情の信号を受け取るため、情報を得るためだけに見てきた顔の細部に目を留める。少しだけ下がった眉の付け根が色っぽい。何か言いたそうに、うっすらと亀裂の入った口、唇は薄い。眼光は普段の十倍になって、瞬きのない眼球が揺れていた。数秒じっとりと見詰め合って、やっとチェコが沈黙を破った。

「何か言え」

 促され、ああと口を動かす。

「えっと、俺は、何つーか……、おまえの相手……ライプニッツさんだろ、あのコ、おまえのこと好きじゃん。そういうさ、どっちかが片思いの状態で、っていうのは、なんか理不尽っつーか。俺とブルーノさんの間には何もないけど、おまえとライプニッツさんの間には、ライプニッツさんの心があるじゃん、何か、その状態よくないと思うんだよ、不平等なんだよ」

「え?俺リオネ好きだけど?」

 ふいにブルーノが笑い混じりに主張しだして、場がさらにこんがらがる。チェコの顔がかつて見たことのない程、驚きで歪んだ。額に一斉に浮かんだ汗が、ぷつ、と落ちた。何をそんなに動揺しているのか。

「リオネはぁ、ふふ、気づいてなかったみてーだけどぉ?俺リオネ愛してたんだわ実は、なぁ、大変だなー!俺等の間にも何かあったなー?理不尽だなー?!」

 楽しげなブルーノの前、チェコは土に膝をついてぐったりしている。

「あの、ブルーノさん……、ヘテロの友達が非常に深刻なダメージ受けてるからこれぐらいで……」

「だってよ、おまえの倫理よくわかんねー、愛のないセックスはアリで愛のあるセックスはナシか」

「そこら辺はほんと微妙なんだけど、ライプニッツさんに勝手に自分重ねちゃって……もしエリックが男で俺が女だったら絶対俺エリックに好きにさせちゃってる、とか」

「もし、つかエリック・ヴェレノは男な」

「あ、そうだった!いやでも、ほんと……片思いファイターは辛いばっかなんで……肉弾戦くらって瀕死になってるかもしんない同胞のことは助けたいと思うっていうか」

「肉・弾・戦!!!」

 ブルーノが叫んで、爆笑した。

 こうなってしまっては、もう何を言っても笑われるだろう。黙るしかない。高等部と大学部の中間にある森のなか、ブルーノの笑い声が木々に染み込んでいった。

 

 

 リオネの父親はヴィンチの古い企業で働き、母親は自転車屋を営んでいた。赤字続きの自転車屋が黒字を出すようになったのは、貸自転車を始めてから。兄の提案だった。

 店と連結した家で母子が暮らし、父は週末に帰る。

「ただいまー」

 ラジオの音と小物、工具。植物に溢れた店の中、雑誌を膝に置いて紅茶を飲む母親が埋もれていた。

「おかえり、あ、フランク君こんにちわ」

「どうも」

 貴族達の保有する歴史ある館がまとまっているこの土地には、年に150万人超の観光客が訪れる。中央駅から降りてすぐに始まる商店街の外れ、シュトール家の営む自転車屋は、地元の人間が買ってくれる自転車で二割、その修理でもう二割、観光客への自転車の貸し出しで六割の売りを作っていた。

 自転車屋というより、貸し自転車屋として機能しているといっても過言ではない。

「あのぉ、貸し自転車って……」

 観光客らしい、女の子二人連れが店を覗いた。

「あらいらっしゃい、造花がついてる奴が貸し用だから、好きなの選んで」

「造花?あ、可愛い!」

「あれ乗り心地良さそう!」

 女の子が壁の高い位置に掛けてある黄緑を指差す。リオネは慎重にそれを壁から外し、女の子の横に置いた。

「あ、ありがとうございますぅ~」

 少し甘えた声で礼を言われたので、お返しにニッコリ営業スマイルを送った。

「これうちの息子、良かったらコイツも借りてやってー、彼女募集中なのよー」

「えぇ?!」

「わぁ~!モテそうなのに~!」

「LINE教えて貰えば」

「ちょっとやめて~!」

 女の子達の楽しそうな悲鳴に、少し誇らしくなってブルーノを見た。ブルーノは母親が紅茶の脇に置いていた菓子の瓶からマカロンを取り出していた。

「母さん、おやつ取られてるよ」

「やだ!フランク君の馬鹿!いつもあたしの楽しみ奪ってぇ!」

「ロゼさんダイエット中だろ」

「したほうがいいのはわかってるけどぉ!!あっ、あっ、ちょっとぉ、駄目!クランベリー味はっ……!駄目よぉお!」

 母親の悲鳴の中、堂々と紅色のマカロンを口に運ぶ。そして薄茶のものを一つ手に持って、勝手知ったる店の奥に進んでいく。

「フランク君!!!」

「ごちそうさまでーす」

 母さんごめん。明日マカロンをお土産に買って帰るからね。リオネは胸を痛めながら、ブルーノの後に続いた。

 ブルーノは、リオネが見知っている人間の誰にも媚びない。媚びているところを見ない。ということを指摘すると、人を見てるだけだと言う。媚びるべき相手には媚びる、と臆面もなく言う。

 うちの母親は媚びるべき相手じゃないのか。

 親を馬鹿にされたようで悲しかったが、怒ったところでブルーノは変わらない。

「ロゼさんイイなぁ、癒されるわ相変わらず」

 先を行くブルーノの軽口に、複雑な心境。

「寝ないでね」

「馬鹿」

 ブルーノは女にも身体を売る。

「まぁ、母さんブルーノさんのこと嫌いだから、たぶん大丈夫だと思うけど」

「弱ったな~、女の嫌いは好きってことだ」

 振り返ったブルーノの顔には、小憎たらしい笑みが貼り付いていた。

 

 家の敷地内、店の裏にある新しい倉庫に対し、昔使われていたきりの古い倉庫は森の中。子どもの頃は秘密基地に使っていたが、今は兄の遊び小屋と貸し、兄弟暗黙の了解で使われる連れ込み所に変化を遂げていた。敷物が三枚とウェットティッシュや液体瓶。他、必要なものがさりげなく揃えられている。

 時計を見ると17:30だった。エリック、カルロ、ダダ、チェコと揃ってゲーム大会の約束があった。秘蔵のAV公開もある。色々悩んで、兄のコレクションからえげつないゲイものを持って行くことにした。リオネ秘蔵の男女ものは、女優が全てエリックに似ている。

「っ……、っん、は……ん、ン」

 ブルーノは元プロで、穴の準備を自分で整える。閉じられた腿の間に挟まった細い手首が、生き物のようにぬるぬると動いてブルーノ自身の穴を慣らしていた。

「俺、やるよ」

 指を二本穴に入れて、くちくちと水音を鳴らす手。動く手の中央、盛り上がっている骨にキスをする。

「やらせて下さいだろ?」

「やらせて下さい」

「でもなぁ、自分でやんねーと逆にこう、具合がなぁ……?」

 ぶちぶちとぼやくブルーノの手を、穴から抜いて、良く液体で濡らした自分の指を代わりに穴の中にそっと入れる。最初の頃に、遠慮と恐れでゆっくり進めて遅いと殴られた。次に勇気を出して早く進めたら、その場では高い声を上げて善がってもらえたが、後になってペースを崩されたと怒られた。

「おっせぇ……」

 耳元で呟かれ、困る。

「ペース崩していいの?」

「いー、早く」

許しが出たので、中指を全て埋めた。

「っぁ……あ……!」

 ブルーノは湿った嬌声をもらし、リオネの背に爪を立てた。

「ん、その辺りで、ひろげろ……っ」

 指示に従い、二本入れていた指を広げる。

「フぁ……、ンう」

 尊大な態度で、歯に絹を着せない。俺様兄貴のブルーノが、弱そうな声で呻く。互いの、はぁ、はぁ、と余裕のない息遣いが興奮に繋がる。

「曲げて……?」

 命令が、懇願に。

 快楽信号が腰に響き、下半身が出来上がった。指を曲げる。

「は、……ん!ぃあ、……アッ」

 トタトタ、と落ちて来たブルーノの精液が熱くて可愛らしい。釣り目を閉じて、眉間に皺を寄せ、放出の余韻に浸る顔を眺める。

「入れていい?」

「まだ」

「……まだ?」

「持ち物の体積ぐらい把握しとけ」

 リオネのものを入れるには、解し足りないらしい。ブルーノは舌打って、さっさと自分の手で解しに掛かってしまった。

「駄目だ、やっぱ勝手が違うわ」

 不機嫌そうな横顔にキスをすると頬を抑えられて、牽制された。

「気が散る」

「……はい」

 ブルーノの容赦ない言いぐさにエリックが被る。エリックも言いそうだ。ブルーノとエリックは、神経の図太さが似ている。

 似ているから、リオネはブルーノを買ってしまう。

 ブルーノの誘惑に負けてしまう。

「リオネ」

 名を呼ばれて、準備が整った体に近づく。ブルーノは指で穴を広げ、入れやすいようにしてくれていた。

「失礼します」

 思わず敬語。

「んぁ……っ」

 ブルーノの高い声。

「ぁぁ、う……っかふ、……ァっ」

 ブルーノの喘ぎはいつも掠れて苦しそうだった。ぬいぬいと迫ってくる逆排泄に、いやいやをして目元に涙をためる。玄人の癖に、悲愴感を漂わせて抱かれる歳上の男を、労るよう抱き締めると抱き締めかえされる。

「ぁん、……っく、ゥ」

 太いものを細い管に、慎重に挿し込んでいく。

「っはあ、はぁ、ぁ、ぁ、ふッ」

 途中まで来たところで、止めて互いに休む。

「やっぱ男は楽で気持ちいいわ」

 ブルーノが白けたことを言うので眉を下げる。

「そんなこと言ってると激しく動くよ」

「駄目、無理、腰辛くなるだろ、健康的に行こうぜ、この後チノとデートなんだよ、よろよろじゃかっこつかねーから」

「かっことか……つけるキャラだっけ」

「惚れてる相手にはつける、あんまついた試しねーけど」

「ていうかさ、かっこって、どうやってつけるの?」

「適当に、おすまし顔してりゃつくと思ってってけど?エリック・ヴェレノに通じるかは謎だな?……」

「んんんーっ」

「……まぁまぁ、出すもん出して元気出せ」

 会話を打ち切り、行為に集中。少し乱暴に抜き差しすると、息と嬌声の二つを荒げ、ブルーノは乱れた。汗の滴る細い身体が熱を持ってくねる。

「ブルーノさん、えろい」

「えろくなきゃ困んだよ」

 首の後ろに腕を回され、重さに安心する。ブルーノは今、年下の可愛らしい男の子に夢中だった。可愛らしいといっても、それは外見だけの話で、中身は底意地の悪い我侭な坊ちゃまだ。一度だけ会ったことがあるが、もう二度と会いたくないと思えるぐらいには、嫌な少年だった。

 

「じゃぁな」

 ブルーノの声に見送られ、先に来た電車に乗り込む。

「リオネ」

 名を飛ばれて振り返ると、チェコが座席に座っていた。

「うわ、偶然」

「この時間は本数、少ないから」

 階段近くの車両に、人は集中する。この列車に乗ると丁度良く待ち合わせの時間に着くので、当然の鉢合わせだった。

「せめて15分おきになってくれればいいのにな」

「私鉄使えば5分おきになるじゃん」

「私鉄は高ぇ」

チェコって意外とケチだよね」

「倹約家なんだ」

 まばらな乗客数。夕方のノボリ列車。チェコの隣に腰掛け、携帯を開く。グループLINEを開くと、カルロとエリックが既に楽しげな会話を繰り広げていた。遊びの集まりに合流する前の、はしゃいだ様子が微笑ましい。

「リオネ、携帯好きだよな」

「は……?……ああ、まぁ」

 リオネをじっと見つめながら、チェコは例の怪しげな魅力のある顔に、にやりと色気のある笑みを浮かべた。そして、長く節ばった手をかこかこと動かしてチェコとリオネ二人のトーク上に『俺も携帯好き』と告白してきた。

『なんで』

『内緒話ができる』

『あー、それは確かに、……あっ、AV何系持ってきた?笑』

『普通の、……リオネは?』

『おい、そこはちゃんと答えろよ、……俺は兄貴の拝借してきた!素人ものだから、最初ちょっとえぐいやつ』

『え、それ大丈夫?合法?』

『うん、演じてるの童顔のベテラン』

『うわー……、萎えるー』

『おい』

 LINEのトークを見ながら、クスクスと笑い合う。

『そーいや、あれ、さっきの狐顔の先輩とさ?リオネってマジでガチな関係なん?』

『んー?ガチっていうのは、付き合ってるかどうかっていう?』

『いや、それは違うってわかるんだけど……』

『ヤってるかどうか?』

『そのあたり』

『内緒』

「おい」

「だっておまえ、気持ち悪いって顔すんじゃん?」

「そんな顔したことないけど」

「いやいや、してます!そんな顔してます!しょっちゅうしてます!こんな感じ、こう、眉間に皺を寄せて!」

 顔面を作ってみせると、チェコはやっと思い当たったようで渋い表情になった。

「それはエリックがお前に当たり強くてウゼェってなってるだけ」

「ん?」

「……俺、エリックよりリオネの方が好きだし」

 好きだし、と発言する声が妙に清んでいて照れてしまう。いつの間にか目的地に到着していた。

 駅にはカルロとダダが、手を振って待ち構えていた。

 

 

 近づくと吸い込まれそうになる存在。

 金の細い髪がさらさらと額を出したり隠したり。その滑らかな頬のラインに手を当てられるなら何でもする。静かな海の泡波のような優雅さで、睫がぱさりと鳴った。

「リオネ邪魔」

 通路の反対側から来たエリックに見惚れて立ち止まっていたところ。エリックの苛立ちで正気にかえった。壁に張り付いて道を開ける。

 エリックの家で、徹夜のゲーム大会が開催されていた。リオネは兄の影響で日常的にゲームをするので、集まった面子の中では強い方。エリックはどんな技を使っているのかわからない程、強い方。それでいて普段は全くゲームなどしないというのだから憎い。

 エリックとリオネがずば抜けて強い中、カルロ、ダダ、チェコのレベルは平行していて、チェコが少しゲーム慣れし腕を上げてきた所だった。

「出かけるの?」

 玄関に向かうエリックの後ろ姿に声を掛けた。手洗いに立った帰り。リオネがリビングに戻る道を進んでいたら、エリックがリビングからやってきてリオネの正面を塞いだ。

「うん、トイレットペーパーを買いに」

「大事だね」

「リオネがトイレ行ったので思い出したんだ。良かったよ、大の方じゃなかったみたいで」

「えー?やめてよ、聞いてたの?」

 ふざけて茶化すと、エリックは笑った。

「勢いありすぎじゃない?大音響で家揺れてたよ、うち壊れるかと思った」

 笑みで綺麗な弧を描いた唇が柔らかそうだ。目元から楽しそうなエリックの表情がリオネを喜ばせた。なんでもない会話をしているだけで満たされる。リビングに目をやると、三人はゲームに夢中だった。チェコがこちらに気が付いて、チェコの持ちキャラが画面の中で死んだ。

「ちょっと出て来るね」

 三人に向かい、声を掛ける。

「え、リオネついて来るの」

 エリックが玄関から声を上げた。

「駄目?」

「……駄目」

「なんで?」

「からかわれるだろ?」

 エリックの目線が、チラリとリビングをなめる。カルロ、ダダ、チェコが揃ってこちらを向いていた。

「ホテル寄って遅くなるなよー」

 ダダが薄笑いを浮かべて冗談を投げてきた。

「リオネいっけー、キスぐらい許してくれるって」

 カルロが当然、乗っかって来る。二人のテンションは、ゲームで大分高められていた。

「手繋ぎ縛りで行って来いよ、手ぇ離したら罰ゲームで」

「それいいじゃん!」

 グループ公認の片恋が冷やかされる。恐らく何も起こらないだろうお使いの道に夢が広がる。エリックと手を繋げる妄想で照れていたらチェコが立ち上がった。

「俺もゲーム飽きたから、行こうかな」

「ばっ?!馬鹿ぁー!チェコ!こら!」

「空気読めチェコ!」

 ダダとカルロが、チェコの足に纏わりつく。

「あ、じゃぁ行って来る」

「おい」

 チェコを振り切るよう玄関に向かう。エリックが居ない。しまった!置いて行かれた!しかしめげない。

 慌てて靴を履いて走って追いかける。エリックの家がある草原の長屋は、丘に挟まれた谷の道を通らなければ繁華街に着かない。谷は一本道だ。全力疾走。

 なかなか追いつかない。

 不安になって、速度を上げる。心臓がバクバクと音を立てている。耳に風の唸り声。早く並びたい。一秒でも長く一緒に歩きたいのに……。恐らく前を行くエリックも走っている。リオネに並ばれないよう、きっと全速力で。

 エリックはリオネの想いを拒否している。

 いっそ存在を嫌ってもらえれば楽なのに、エリックはリオネを友として好いていた。それがリオネを狂わせる。もしかしたら、が消えない。

 

 目の前には24時間営業の雑貨屋兼、ディスカウントストアがもう現われていた。

 目的地だ。ああ、片道を潰されてしまった。出入り口で待っていたら、会えるだろうか。出入り口は三方向にある。上手く避けられて、帰り道さえ一緒に歩いてもらえないかもしれない。リオネがついてこようとしているのをわかっていて置いて行き、あまつさえ走って追いつけないようにする男だ。

 不安に駆られて店内に入り、エリックを探した。

 まっすぐトイレットペーパーコーナーへ。いない。

 頭が真っ白になって、エリックという人物が幻のように感じた。リオネの空想した美しい妖精だったんじゃないか。

 頭がふわふわした状態のままレジを見る。脳内には、はっきりとイメージされている可憐な立ち姿は、果たしてどこにもいなかった。

 撒かれた……。

 少し泣きそうになりながら薬局の広い店内を見回す。いない。LINEとメールと電話で攻撃してみたが、無反応だった。

 そこで、出入り口前の柱に背を持たせ掛けて、沈んだ心を慰めるため明るい妄想を展開させた。待っているリオネに気づいたエリックは、まず顔を顰めて、やっぱり追って来たと呟くだろう。それから、……キスはしないよ、と冗談を言って。

 手を繋ごうとしたら、それもなしとこちらの手を叩く。悪戯っぽい呆れ半分の微笑。想像して胸が熱くなった。

 夜を照らす店の明かりは、夜に向かうエリックの後ろ姿を……その白く細い首を不健全に照らすだろう。あの女めいた男の独特の骨格。色気を放つ背を、腰を、うっすらと闇の中に浮かび上がらせるだろう。そんな幻想のような後姿を晒しながら、手にはトイレットペーパーが握られているのだ。

 生活用品を手に持ったエリックと並んで家に向かうなんて。同棲気分だろうな。妄想の中の自分が、ひたすら羨ましい。

 

 ふとして、エリックからはどのように見えるのかが気になって店のガラスに反射した自分を見た。走ったせいで、前髪が少し真ん中で開いて脇に寄っていた。お坊ちゃんぽい。慌てて無造作に直す。汗で一部が額に張り付いていて気持ち悪い。

 髪を直したら今度は顔つき。優しそうと言われることが多い。優しそうとは気弱そうと同意語だ。ぐっと口を結ぶ。ましになったろうか。うん、全然駄目だ。心境のせいかいつもより不安気で、幸が薄そうな様子。

 無害な顔の造りをしているから、それなりに身長があるにも関わらず、ほうっておくとすぐ情けない雰囲気の男になってしまう。

 格好って、どうやってつけるんだ。チェコのようにドッシリした、妙なオーラが出ている落ち着いた男に憧れる。余裕のある立ち居振る舞い、

ぶれない意志。発言力。分別がありそうで、寄りかかりたくなるような。そんな男。

 時計を見ると30分経っていた。

 完全に、避けられて先に帰られた。

 追いかけたけど入れ違っちゃったよ、と帰ったら笑いながら言わないと、相当に可哀想と思われてしまう。入り口で30分も待っちゃったと続けて、おどけてみせなければ。

 30分?!まじで!と悪気のないカルロに突っ込まれて、むなしさに襲われるんだろうな。だせー、とダダが軽口を叩くだろう。エリックには気持ち悪がられ、チェコには軽蔑されるかもしれない。胃がグスグスと痛み出した。

 エリックと並んで歩きたかったな。

 綺麗な横顔をチラチラ見たり、荷物を持つと言って、馬鹿にしないでと叱られたかった。冗談を言って、笑いあいながら二人きりの空気を吸いたかった。辛いのはエリックが、そんなリオネの願いが叶わないよう努力した点だ。

 じわりと、涙が出て恥ずかしくなる。180を越えた体格もそこそこの男が、避けられたぐらいで泣くな。置いて行かれた時点で悟れ。嫌がられていたのに追いかけて撒かれて、泣いていたのでは本当にもう。俺って奴は。

 鼻を啜り、手で目を擦る。上を向いて両手で顔を覆い、気持ちを静める。うわぁ。情けねーぇぇ。頼むから涙とか鼻水とか顔の赤みとか、キッチリ引っ込んでくれよ。引っ込まなかったら失踪しよう。このまま家帰ろう。ちょっと急用で家呼ばれて、とか色々ワケは作れる。

 10分。薬局のトイレで顔を見ると目が赤い。ちょっとホントにどうしよう。前から涙腺は緩いほうだけど。こんな些細なことで泣いたのとか絶対バレたくない。

 芳香剤の匂いが鼻を刺激して、また鼻水。

 携帯が鳴った。チェコから。

『はい』

 鼻声が出て、ぎょっとして咳き込む。

『迷子?』

『なんねーよ』

『遅いから』

『風邪引いて』

『ん、よくわかんない、早く帰って来いよ』

『寒い』

 こうなったら、風邪で早引け作戦だ。

『どこ居るんだ?』

『薬局』

『動けないぐらいだるいの?』

『えーっと、うん、だったけど、ちょっとよくなったから、もう帰るわ』

『あとちょい待ってて、荷物持ってってやるから、俺も帰るわ、送る』

『いやいいよ、ポケット財布入れっぱで来たからこのまま帰れる、荷物は今度取り来るし、そっちまだゲームしてんの?』

『おまえがいないとつまんねぇ』

『ふ、ありがと、じゃぁチェコチェコでうまく抜けて、俺はこのまま消えるからさ、伝えといて』

『誰に』

『エリックに』

『帰ってねぇぞ』

『え?!』

 奇跡のようなタイミング、トイレに備え付けられた扉型の戸がバンッと勢い良く開き、エリックが登場した。

『え?あれ?!エリック居た!!』

『状況がよくわかんねぇ』

『ご、ごめん、また掛ける』

 気が動転して、声が震えた。

 通話を切ると、トイレの中には戸の揺れるワンワンとした振動音のみ残った。

「先に帰るのは可哀想かなって思って、おまえが帰るの待ってたの、30分も粘るんじゃないよ馬鹿」

 苛ついている一方で艶やかな、暖かい声が耳を一杯にした。 エリックは目を細め、一瞬だけ笑った。そしてくるりと踵を返した。あっという間にディスカウントストアの出口を通過したエリックに、慌てて追いつく。リオネは半ば無意識に、いつも冷たくて細くて滑らかなエリックの美しい手を掴んだ。迷子が親の手を二度と離すものかと握るような強さで、手の感触を確かめた。

 ふいに目の下に手を当てられて、何かと思ったら近距離に芸術的な美貌。

「泣かせてごめんね」

 首を傾げて、微笑を浮かべながら何て台詞を。肺の中にすぅっと煙の入ってくる心地を思い出す。エリックという存在によって酷使されてきた心臓は、今まさに壊れるのではないかと心配になる速さで鳴っていた。

「手の力強いよ、指痛い」

「エリック逃げるもん」

「逃げないよ」

「好きです」

「うん……ありがとう」

「まだ好きでいいですか?」

「駄目です、他当たって?」

 はっきりした返事に、鈍く頷く。エリックは苦々しい表情で、真っ直ぐリオネを見上げていた。

 リオネ自身だけでなくエリックも苦しめるこの気持ちを、一刻も早く断たなければ……。

 

 

 

2016/2/24