からめ

『おそろい』(ぼんやりモテ男×平凡)

 自分の欲望には気づいているが、求めたら困らせると分かっている。
困らせてまで求めようとは思わない。横に居てくれればそれで良い。

 待ち合わせ時間の十分前。
チェコとリオネは二人きりで立っていた。

「どうかエリックとゴドーさんが、二人一緒に来ませんように」

 待ち合わせ場の、フィオーレ駅二階時計塔下。
コーンスープの缶で手を温めながら、リオネが正直な願いを口にする。
エリックを想っての言葉だというのは気に入らないが、恋心に振り回されている様子が可愛い。

「うん」

 適当に返事をする。

 チェコとリオネ、エリックとゴドーの組み合わせでレジャーに行くのは初めてのこと。約一ヶ月前、ジェキンス寮長に呼び出され、チェコは合宿前の下見係に指名された。素泊まり代が一人分だけ出る。
 だいたい、この係に選ばれた者は、自腹で仕事をレジャーに進化させる。
チェコも友人を誘い、下見をレジャーに変貌させた。一人分の旅費を、四人で分けて遊びに行く。渡された下見表の項目をチェックさえしてくれば、
問題ないのだ。

「おはよう」

 待ち合わせの五分前、エリックが後ろから声を掛けて来た。振り返ると、エリックは駅内ショップから出て来るところだった。ゴドーを従え、ふわふわしたコートのポケットに手を入れて。

「二人一緒に来たな」

 リオネへの嫌がらせ、指摘するとリオネはむっと口を閉ざした。寒さで赤くなっているリオネの耳を掴む。

「いてっ……?!……何?!」
「俺達も二人一緒に待ってたから、おあいこ」
「っ……」

 目を見開き、息の詰ったような顔をしてリオネは眉を下げた。
 エリックがにやにやとこちらを観察して来る中、チェコは列車が着いたり去ったりしているホームに目を落とした。
 これから乗り込む特急が到着したのだ。

「……来た、ガザ・パスカル号」

 薄茶に白の縦じま、緑の傘が描かれた特急がホームの端に泊まっている。
 有名な推理小説の主人公、ガザをモチーフにした特急。フィオーレがまだヴィンチの一部であった頃の都、パンセが舞台だ。
 今は古都となったそこへ、これから四人で向かう。

 特急の中で食べる弁当を調達してから特急に乗り込むと団体旅行とかち合って席がなくなってしまった。油断した。

 興が削がれて落ち込み掛けたチェコの横、

「着いたら食べればいいよな、外、良い天気だし」

 リオネが明るい提案をした。
 チェコはリオネの、こうした細かな気遣いが好きだった。


 冬の空は低く、澄み切った青。
 降りたフィオーレの古都は、はじめて訪れても不思議とどこか懐かしさを感じさせる独特の空気に包まれていた。
 中等部の修学旅行で来た時以来の、歴史と景観の街に深く息を吐いた。
 ヴィンチの一都市でしかなかった、過去のフィオーレの面影。ヴィンチ王家を招くために作られた宗教施設や、ヴィンチ色の強い背の低い家々を見渡して、異国感に浸った。

 街を観光して歩いてから宿に着く。
 管理人から鍵を貰って、人気のない施設に灯りをつけた。

 森に一歩踏み込んだ場所に立っているこの白い長屋が、今回のジェキンス寮合宿で使われる宿泊施設だ。
 月に一度掃除をしにやって来る人はいるものの、普段は人気のない森の中にひっそりとしているらしい建物はそこで静かに眠っていた。シンと冷え切った森と対峙するように、長屋は温かな雰囲気を内部に宿していた。曲線の多い装飾のおかげか、ふんわりと落ち着く。

「うわっ、うちじゃん」

 建物を見た時、エリックが笑いながら感想をもらし、ゴドーが困った顔をした。

「俺のうちな」
「ゴドーのうち」

 ゴドーの住む草原の長屋は、フィオーレの元公共施設だった。
 みてみてゴドー?窓の縁!模様まで一緒!とはしゃぐエリックと、窓の縁に模様なんかあったか?と首を捻るゴドーには敢えて絡まず、チェコは事務的に寮生が泊まるための部屋数を確認し、機器に不備がないかを確認し、与えられた仕事をきちんと片付けた。

 せっかくなので一人一部屋を贅沢に使おうと荷物を置き、結局リオネの部屋に四人が集まった。


「この宿、殺人事件が起きそうだよね」

 エリックが呟いて、ゴドーが鼻で笑った。
 テレビをつけ、複数人が寝られるよう長く広く作られたベッドの上に胡坐で座って寛いでいたところ。一m間隔で、七人は寝れるだろうベッドには沢山のシミやほつれがあった。

「誰もいなくて広くて、街と離れててさ、たぶん第一被害者はゴドー」
「言うと思った」
「絶対死ななさそうなのに死んじゃう」

 古都に触れたせいか、エリックの頭はガザの小説にかぶれていた。
 リオネが、手を上げる。

「俺犯人!」
「うん、犯人ぽい、じゃぁリオネ犯人で……。
 チェコはー……、駄目警察官でしょ、俺が探偵」
「おいしいとこを!」
「ふふっ」

 楽しそうなリオネとエリックに和む。
 ゴドーがあくびを一つ。チェコもつられた。
 まだ四時なんだなと言いながら、ゴドーがテレビのチャンネルを変えて行くと、奇跡的なタイミングで十年ぐらい前に放送された古めかしいガザのドラマ再放送に出会った。

「うわ、ガザ!」
「見よう見よう」

 エリックとリオネがはしゃいでテレビに向かう。
 ゴドーとチェコは、顔を見合わせた。

「闘技でも行くか」

 宿の近くには、有名な練習施設があった。

「はい」
「おまえ最近力付いたよな」
「そうですか?」

 褒められて嬉しくなり、笑みが湧く。
 ゴドーと一対一ができるのはありがたい。
 強者との戦いは、成長に繋がる。

 練習から帰るとエリックが居なかった。
 ゴドーの携帯が鳴り、ゴドーが外に引き返す。
 そうだ。リオネはエリックが好きなのだ。二人きりにしては、いけなかったのだ。異様な部屋の雰囲気を前にして、チェコは苦いものを飲み込み、眉を寄せた。

「リオネ」

 部屋にポツンと残されたリオネは、声をかけても反応しなかった。

「何かしたのか?」

 責めているつもりじゃない。聞きたいだけ。チェコチェコで、リオネが好きだった。

「……した」

 簡単な返事が来て、心臓が緊張した。横に座る。

「何したんだ?」

 リオネは答えない。リオネは冗談で、エリックに対し襲うぞと脅しを掛けることが多かった。エリックがリオネにきつい物言いをすると、怒った勢いでリオネはエリックを詰った。
 エリックも悪いのだ。リオネに対し、辛く当たる。酷い言葉を投げる。
 だけど襲ってはいけなかった。エリックへの罪で、リオネが穢れるのは嫌だ。しかし、もうリオネはよくないことをしてしまったのだ。
 むなしくなり、顔に手を当て息を吐いた。
 立ち上がって、部屋に鍵を閉めると座っているリオネの前に立った。
 放心しているリオネの顎を掴んでキスをすると、リオネは慌てて顔を背けた。耳の後ろ、首、とキスを落としベッドに押す。

チェコ……」

 元気のない嗜めを無視して覆いかぶさる。

「なんでこのタイミングで仕掛けてくんの」
「仕掛ける気なんかなかったけど、なんか腹立って」

 色々と力の入らないようであるリオネの緩い抵抗。
 リオネはチェコの胸を腕で押しながら宙を見ている。時々咽るような表情をしてぐっと唇を噛む。

「リオネ」

 呼んでも返事がない。
 もぞもぞとこちらに背を向けたリオネの下肢に手を伸ばす。服を割って、リオネのものに直接触ってしまった。背中がきゅっと痒くなって、胸が熱くなる。

「リオネ……」
「だから何で、こんな時っ」
「こんな時だから」

 苛ついた声が出た。
 リオネが、エリックを抱いてしまった。リオネはエリックに、良くないことをした。エリックのせいで、リオネが穢れた。リオネのものを摩る。

「わっ」

 触られた時は反応しなかったくせに、擦られた途端に背を曲げて、リオネは驚いた声を上げた。

「っ、ちょ、チェコ、あの、ちょっ……、ちょっと、おい」

 慌てる首の後ろにキスをし、背に額と頬をつけた。
 リオネの体の匂いと、骨の感触、体温が顔の敏感な膜から情報として、こちらに入って来る。心地良い。リオネのものを扱く手の力を緩める。

「痛かった?」
「痛くは、そんな、でも一旦やめて」
「なんで」

 会話しながらも、やわらかに、リオネのものを弄っている手に幸せな感触。リオネ以外のものだったら触るのも嫌だが、リオネのものならいくらでも触っていたい。というか、口に入れたりしたい。が、それはしたら怒られる気がする。しげしげと見つめたいが、嫌がられるだろう。こうして触るのがギリギリのラインだ。

「……っん、……う」

 口を押さえているリオネの顔が、苦悶に染まっていき、ゾワリと震えが来た。この手が、この反応を作っている。もはや文句を言う余裕がないリオネの頬に口付け、刺激を強くした。

「っ」

 リオネの身が揺れ、ぬるりと指先が粘った。
 その粘りを使って、もっとそれを甚振ろうと、竿をにゅるにゅるとしごくと、リオネの切羽詰まった手が胸を押してきた。

チェコ!」

 胸を押されても、あまり打撃じゃない。
 弄り続ける。ぎゅっとそれを握ると、リオネは小さく、ぁ、と鳴いて背を丸めた。その姿に興奮しキスを仕掛ける。深いもの。
 リオネの息を、食事するように刻んで頬張り舌や唇の感触を味わい尽くす。
 困らせてまで、やらなくていいと思っていたのに。
 リオネがやりたいならやらせるのでも良い。
 いちゃつきたい、という程度だった。

 いちゃつきたいけれど、リオネが望まないなら、いちゃつかなくてもいい。一緒にいられれば。そんな健気な気持ちでいた朝が嘘のよう。リオネと性的な接触を、もっとしたい。

「リオネ」

 名を呼ぶと、リオネは目を閉じた。それから眉間に皺を寄せた。

「俺、告白して、ふられたばっかなんだよ」

 リオネの声は高く震えていた。
 涙が目の内側から、外側まで流れるとぽたぽたと落ちた。

「ふられた人間、襲うなよ馬鹿っ」

 全身を氷の弾丸で撃たれたような、衝撃に頭が真っ白になった。

「襲ったんじゃ?!」
「襲われてるけど?」

「ごめん」

 体を離すと、リオネの体温に温められていた部分が、水に触れた後のように熱を奪われて冷え、寒くて仕方がなくなった。

「ごめん」

 二度目の謝罪を口にして、手を洗いに行く。
 濡れタオルを作って戻り、リオネに渡した。

「ふられたらもう、好きでいちゃ駄目なのかなぁ?」

 リオネはさっき流した涙の上から、新しい涙を流して嘆いた。

「時間戻らないかなあ、言わなきゃ良かった」

 掛ける言葉が見つからず、横に座る。リオネはタオルを使い終えると、それを洗いに立った。戻って来て、ベッドにうつ伏せに倒れた。

「俺もふられようか?」

 チェコの気持ちを、リオネは知っている。

「おそろいになってくれるわけだ」

 リオネはうつ伏せの状態から、顔だけチェコを向いて笑った。

「うん」

 リオネの目にまた涙が溜まる。

「ゴドーさんより、俺のほうが絶対、……俺のほうが、エリックのこと好きなのに」

 エリックの何がそんなに良いのか。
 あんなに激しい性格では、一緒に居て疲れるだけじゃないか。チェコはリオネの優しさや気遣いが好きだし、さっぱりした癖のない顔が好きだ。美しいが毒々しい、魔の色香を放つエリックの見た目に、引き込まれて戻れなくなった者は多い。リオネ以外にも、エリックに嵌っている人間は大勢居る。
 だが、リオネのようにエリックの傍で、エリックのあのきつい言動に付き合おうという者は少ない。そう考えると、リオネはエリックを好きだという人間の中でも、より、エリックを好きな人間なのだろう。
 どうしてリオネだったのか。
 エリックに嵌る人間は大勢居る。リオネ以外の誰かが、リオネの立場になってくれたら良かった。

「エリックに、絶交しようって言われた」
「なんで」
「俺が、エリックのこと好きなのが怖いって」
「しろよ絶交、おまえには俺がいるし、もういいだろエリックは」
「もういいって思いたいよ」

 ついに裏返った声で嘆きだしたリオネを、たまらずに片腕で抱き寄せた。肩に腕を掛ける、友達の慰め。チェコがリオネを襲ったことに対する咎めはまた今度になるだろう、今のリオネは自分の心を鎮めるので一杯一杯だ。

「リオネ」

 ゴドーの声が戸の向こうでした。

「はい」

 さんざん深呼吸をした後、やっと落ち着いて、リオネが返事をした。

「大丈夫か?」
「はい」

 それだけのやり取り。
 ゴドーが去っていき、リオネの目にまた涙が溢れる。リオネの肩をぎゅっと掴んでやると、リオネは少しだけ表情を和らげチェコを見た。

「ふられるって凄い辛いよチェコ、いいの?おそろい、なっても?」

 涙声と、泣き顔に胸が痛む。どうしてリオネがこんなに悲しまなければいけないのか。

「おまえの辛いの、どうにかしてやりたい」

 思ったままを伝えると、リオネはまたボタボタと涙を溢した。

「せめて理解してやれたら、ちょっとは落ち着くかと思って。さっきから掛ける言葉見つからないから……同じ状況になったら、どういう言葉掛けてやったらいいのか、わかるかなって」

 ゆっくり、思いの他だらだらと気持ちを伝えた。
 おそろいにしようかと申し出ておきながら怯えていた。ふられたくはないが、ふられるしかリオネを慰める方法が思いつかない。苦しいだろうけれど、リオネのためなら。

「……ありがとう、でも、今はちょっと答え出せない、まともな状態じゃないから、……慰めて貰うために、自分を好きになってくれた奴ふるなんて、カッコ悪いし……もっとよく考えさせて」

 ぽろりと救いの言葉。ああ、良かった。安心が顔に現われた。
 リオネが笑った。チェコも笑った。笑う顔が見れて、やっと安心する。

チェコって面白いよな」
「そうか?」
「……凄く、面白いやつだよ」

 そう言って、はにかんだリオネを心の底から好きだと思った。

「どうせおそろいにするなら、泣き顔じゃなくて、笑顔がいいよな」

 リオネはいつでも前向き。
 チェコも前向きに、リオネからの返答を待とうと思う。



2016/6/21