からめ

からめ

創作BLを公開しています。小説担当むーと漫画担当みーでお送りします。

『味方以上、敵未満』(面倒見の良いオラオラ系×変人権力者)

 ルカスの部屋にはいつも、乾いた果実のような品の良い薫りが、ほんのりと漂っていた。木製の家具が多く、茶系の配色で固められたその部屋には円形の棚が部屋を仕切るように置いてあった。

 交錯して差し込む美しい光を眺めながら、枯れた深い森の中に居るようだな、とぼんやり思う。
 ルカスはキケロが訪ねると微笑して出迎え、身体を許す。
 過去、力づくで作った関係。
 キケロに敵対し憎しみを含んだ目を向けていた、キケロの事で一杯になっていた、あの頃のルカスはどこに行ったのだろう。今のルカスは、死体のように従順で、てろりと目の前に転がったままキケロを認識してくれない。


 ふとした事後、目を閉じて隣に横たわるルカスの首筋に手を当ててみた。また脅威になれば、少しは意識して貰えるだろうか。
 ルカスの中に、留まる術がわからない。
 均整の取れたルカスの横顔に視線を注ぎながら、溜息をついた。

「穴があく」

 ふいに、耳に響くルカスの声がして、見つめていた寝顔の目が開いていた。

「あまり見つめられると涎を垂らせない」
「垂らしてるところ、見たことねぇぞ」
「おまえが見ている間は、気をつけているんだ」
「あのなぁ、俺は女じゃねぇからそんな台詞喜ばねぇ」

 呆れながら、半分照れながら言うとルカスはふっと笑った。

「最近、見分けがつかなくてな」

 息の詰るような怒りが込み上げたが、ぐっと飲み込んで鼻水を拭いた。

「曇りか」

 遠くを見るルカスの砂色の瞳がサラサラと小さく光っている。窓から入った白い光が下がり目と高い鼻に当たって、その周辺の空気に輝きを与えていた。
 ルカスは雰囲気のある色男だが、キケロはルカスの外面より内面に比重を置き慕っている。
 確かにはじめは歪めたら迫力が出そうな顔だと、そんな理由で絡んだが、今は違う。ルカスの根底にある優しさや、強がらざるを得ない、忍耐に慣れた寂しい心に寄り添いたいと考えている。
 ルカスの顔に惹かれ、ルカスと寝る女どもと一緒にされたくない。

 窓の外で、庭師が草木に水を撒く音がして急に空間に現実味が湧いた。
 ふいにするりとキケロに向けて動いたルカスの、瞳に胸が騒ぐ。
 ルカスの視線は艶かしい。

キケロ……」
「何だよ」
「もう帰れ」
「あ゛?!」
「用は済んだろう?」

 無慈悲な笑みと共に提示された関係。
 快楽を施しあうだけの、淡白な繋がり。

 特別扱いと愛情を貰えた過去の地位、ルカスの恋人に戻りたくて足掻いている現在。また、細かく表情の変わるルカスの横に立ちたい。

「好い加減、俺に落ち着けよ」

 呟くと、またかという顔をされて落ち込む。

「おまえは、自由恋愛の中でこそ楽しく生きて行ける男だと思っていたが。
 もし、この関係がおまえを苦しめるというなら俺はおまえの下半身を諦めよう」
「かは……」
「もし恋愛をしたいなら、他所で頼む」

 手が出そうになって必死で堪え、精神的外傷で起こる持病の頭痛に顔を顰め、歯を食いしばる。

「これからエリックが来るんだが、同席するか?」
「エリック??」
「相談することがある」

 じわっと背に汗が滲んだのは、嫌な予感がしたため。

「ロゼ・コープスの件か?」

 当たりをつけて聞くと、ルカスは黙った。的を得てしまった。ルカスはロゼをフィオーレに欲しいとエリックに言うつもりなのだ。

「俺があいつに負けると思ってるんだな」
「彼は恐らく天才だ」

 近頃、躍進しているコープス家の養い子はキケロに軽い恐怖心を植え付けていた。

「今伸びてるからって、これからも伸び続けるかはわかんねぇぞ」

 ルカスの傍に居たくて、代々その名を受け継ぐフィオーレ当主専属兵士「13代目のゴドー・ジェキンス」を目指しているキケロを、ルカスは全く気遣わない。
 将来、フィオーレの当主として「ゴドー・ジェキンス」を従える立場にあるルカスは、ゴドーは闘いの天才から選ぶという仕来たりをそのまま受け入れて、秀才止まりのキケロを容赦なく無視していた。
 キケロとルカスの友人であり、元の名もゴドーで武力の天才という条件を揃えたあの素晴らしい、ゴドー・コープスをエリックに取られてしまったルカスは今、渋々、ゴドーに変わる天才を探していた。

 そして、ついにここ最近、頭角を現した天才、ロゼを見つけた。
 ロゼは貧国で虐待を受けて未発達な身体をしていた所為、当初は目立たずに成長していたが、基本的な筋肉がついた途端に爆発的に実力を伸ばし、ついにキケロのすぐ下まで来た。もう、上かもしれない。

「ゴドーやトートの動きを知っているおまえならわかるだろう、才能は残酷だ。俺がどんなにおまえに肩入れしたところで、どうにもならない」

 断言されて、やっと自覚する。心のどこかで予感しながら不安を避けるために、大丈夫だと己を信じ込ませて来た。
 その幻が打ち砕かれ、いよいよスースーと首の後ろが冷えた。

「俺が負けるとか、本気で思ってんのか?あんなお嬢ちゃんによ」

 ロゼはその名の通り女のように繊細で愛らしい顔をした男だった。
 しかし実力は本物だ。
 数ヶ月前に格下の試合として、穏やかな気持ちでロゼの闘いを見ていたのが嘘のよう。今は闘技にロゼが出る度に、恐ろしい速度で成長するその姿に焦らされて心を乱される。

「ロゼはおまえよりも強くなる。彼は天才だ。
 筋力がついてからの伸びがここまで早いのは異様だよ。腐ってもコープスだ。おまえは強いが秀才の域を出ない」

 確かな評価に、きゅっと喉が詰まった。口の中が痛い。
 重さが全て床に吸い取られていくような、血が足りないような、クラクラした頭で現実に耐える。

「おまえが俺の護衛を目指して、努力してくれていたことを知っている。
 だが、努力ではどうにもならない事が世の中にはある。おまえの人生における二度目の試練だな。一度目はエリックの心が手に入らないとわかった時、二度目は今、俺の隣に立てない事がわかった時。
 耐える強さを身につけて欲しい。応援できることがあればいくらでも言え。癇癪を起こし、騒いで苦しむか。静かに耐えて苦しむかの違いだ。結局苦しむことは同じなら、誰にも迷惑を掛けないよう平和的に苦しもう。弱音には俺が付き合ってやる」

 淡々としたルカスの言葉に頭の中がごちゃごちゃと考えを巡らせた。
 蘇るのは泣き叫ぶエリックに無体をした記憶。エリックの怯えた目や、苦しみの顔。同時に幼い頃の、キケロに懐いていたエリックの無邪気な愛情を思い出す。
 キケロに裏切られたエリックの辛さを想像すると、胃に爆発するような痛みを覚える。
 キケロは過去エリックを熱烈に愛し、それが叶わないとわかって薬物に手を出し理性を飛ばし、エリックを襲った。
 エリックを苦しめて己も狂い、騒ぎを起こした過去。
 思い出す度に死を願う程、神経が衰弱する。

「ロゼがフィオーレに来るとは限らないだろうが」

 何とか出た、平常な声色で疑問を口にした。

「エリック次第だ」
「あ゛?」
「エリックが行けと言えば来ると思う。
 ロゼはエリックの命令になら、いくらでも従う」
「おい、それって、まずくねぇか?
 ヴェレノ子息に言うなりの奴が、フィオーレ次期当主の命預かるとか」
「俺はエリックになら、裏切られて殺されても構わない」
「エリックはそんなことしねーと思うけどよ」

 結局、ロゼはフィオーレに来るだろう。エリックにはゴドーが居る。

「マット・コープスは何て言ってるんだよ」
「彼はエリックの意思を尊重するだろう」
「リニー・シェパードはどうした?」
「リニーには、また最終審判を担当してもらう。
 ロゼの実力を常に図るジェキンスとして、ロゼが倒れたら次期ゴドーとして、活躍してもらう」
「ハッ、可哀相なリニー・シェパード!なまじ強いばっかりに!
 変なプライドと目標を持っちまった秀才って立場、俺と同じだな」
「……そういう言い方はよせ。俺には伝統を守る役目がある。
 リニーも納得してくれている」
「そーかよ」

 今にも吐いて気を失いそうな身体の不調に耐える。
 頭痛で世界が曲がっていく。

 ルカスには立派な考えがあって、だから、こんな酷い決断をくだされても文句は言えない。けれど何を考えてこんな風にキケロやリニーを苦しめるような結果を出すのか。

「俺はいつかおまえに殺されるかもしれないな」
「あ゛?」
「殺されるとしたら、おまえにが良いな」

 口を動かしながら、まどろみ、またベッドに沈んだルカスの首に手を掛けた。

「いつかじゃなくて、今にしてやろうか」

 冗談を言うと、ルカスは小さく頼むと返した。悪かった、と眉を寄せて呟くルカスの声は暗い。何か黒くて重い毒の入った、良くない玉のようなものが咽喉からコロリと取れたような気がした。

 後になって、フィオーレの議会で最後までルカスがロゼの登用を拒否し、キケロを推していた事がわかった。正当な血筋を持つ、後ろ盾のない次期当主に与えられるのは、責任と他人の決定のみ。
 自分で決めた事さえ飲み下して自分の意志として、貫く事の出来ないキケロにとって、他人の決めた事を、それが鋭利な尖りのある石でも飲み込んで、どんなに苦労しても、決定を実現させなければいけない立場は地獄だった。冷えた頭が、真っ先に責めたのは自分の実力不足。

 ロゼが台頭して来た時、三倍に増やしたメニューは五倍に。二倍にした負荷を八倍にしよう。そうして、せめてキケロを最後まで推していたルカスの意志を正しい意見に見せるのだ。

 朝のトレーニングルームで電話を掛けたらルカスはやたらと機嫌が良く、昨日のキケロの勝ち試合を褒めて来た。アウレリウスの個人練習ホールは、良く音が響くので、学校の教室程しかない広さの中、キケロはルカスの声に包まれた。
 あの技は何だ……?前より力がついたな!
 疲れるのが遅くなった!
 芸術闘技の勉強もしているのか……?
 頭が良いから向いているだろう。必要なら資料を用意しようか?

 ルカスの言葉は、キケロを好いていた。

 恋人でなくなったルカスのつれない態度に目を潰され、見えなくなっていたのだが、友人としてのルカスはキケロの味方だった。



2016/6/22