からめ

からめ

小説担当むーと漫画担当みーによる創作BLを公開しています。

『甘味デート』(総攻め色男の失恋と友情)

 久しぶりに鶴の顔でも拝もうかと『怪PR社』第一営業部に足を運んだ。部員に声を掛けると部長室に通される。
 すると戸の前に、いつもの顔ぶれが立ち並んだ。
「……ヤのつく手下どもか、ご苦労な事だ」
 『怪PR社』営業フロアの、ガラス張りの壁と広い窓は陽光を程よく取り入れ、心地良いオフィス環境を提供している。お天道様の光を背に、鶴と揃って見目の麗しい鶴の子分達は、ギラついた目で俺の進路を阻んでいた。
「親分に何か御用ですか?亀さん」
 鶴のイチの子分、甘渋い男前の山神は、親の敵でも見るような目をして、じりっと一歩俺に近づいた。
「何だい、剣呑だなぁ、俺ぁもう堅気だぜ、そこどきな」
 鶴は『怪PR社』の第一営業部部長、俺は『怪PR社』の顧問弁護士秘書である。面会を阻まれる理由はどこにも見当たらない。そもそも江戸時代だって、俺が親父と仰いでいたやくざと、鶴が旦那と仰いでいた同心が敵対していたにも関わらず、俺と鶴は仲良しだった。
「なぁ、親父のつかいで立ち寄って、チョイと顔が見たくなっただけだ、イジワルすんなよ?」
「イジワルではありません、しかるべき措置です。貴方のような妖怪を親分に近づけさせるわけにはいきません」
「……俺のような妖怪って? 自虐のための陰間業で破滅仕掛けてたてめぇらの親分に、生き残れる陰間の立ち居振る舞い方を教えてやった良い妖怪のこと?」
「だまらっしゃい」
 事実、陰間の仕立て屋なんて俺の珍しい職のおかげで、鶴は生き残ったと思うのだが。どうだろう。
「恨むなら赤鬼を恨めよなぁ、それか鬼李。鶴が赤鬼に依存しちまったのぁ、あいつが鶴を袖にしたせいだろう?」
「責任転嫁しないでください、親分を完全な陰間にしたのは貴方です」
「……やれやれ」
 江戸時代、鶴は死んだ恋人の赤鬼を復活させるため、鶴種の自虐奉公を実践した。鶴の周囲はそれを止めていたが、俺は友人として鶴の意思を尊重した。やり方を選べ、慎重にやれと忠告した上で、俺は鶴に緩やかな破滅の道を示してやった。しかしそのことを、鶴が堕落したのは、俺に陰間の技を仕込まれた所為だと思い込んでいる奴等に言っても無駄だ。腑に落ちないが、冤罪を受け止めるのには慣れている。
「俺はいっつも貧乏くじ」
 ぼやくと、山神の後ろでヤマネが顔を歪ませた。
「黙れ死神」
 低い声でぼそりと言われ、怒りはわかなかったが悲しみが起こった。
 俺が、何度、妻子を吸い殺したか。
 愛する者の命を吸って、生き永らえる亀種への最大の罵り文句。
 咽喉が詰まって、次の言葉が出て来ない。
 ぐっと押し黙った俺を前に子分どもに少しの緊張が走り、不穏な空気を感じてか、近場に居た女子社員が人を呼ぼうかと腰を浮かせた。お前ら職場でガチの口喧嘩嗾けんなよ。
「ひでぇ事言うね、俺だって傷つくぜ」
 ギリギリ、応えられた俺に山神は少しすまなさそうな顔をした。

「其処ら辺にしてやれ、山神」
 そこでやっと真打、鶴が登場して俺は胸を撫で下ろした。目の下に疲れジワをつけて、少し老けた様子の鶴に胸が痛む。苦労しているようだ。
「おぉ、鶴、会いたかったぜ! 鬼李の坊はもうお国に帰ったか?」
「帰ったが今年はひと月だ、すぐ戻る」
 毎年四月になると、鶴の大切な恋人、鬼李はイベリア半島の地下にある『リ国』へ国賓として呼ばれる。
 そこは過去、鬼李が興し、帝として治めた国で、鬼李は未だに国民から人気があるようだが、民主主義のその国に、国王として戻る気はないとその人気に背を向けている。しかし年に一度だけ、こうして戻っては国の様々な相談事を受け、やれるだけの事をやって来る。ひと月から長い時は半年、帰って来ない。
「鶴みてぇな名器を腐らせちゃまずい、鬼李が留守の間は俺が使っておこうかと誘いに来たんだ」
 親父極まりない冗談を投げると、鶴は顔を顰めて舌打ちした。
「変態が」
「それ褒め言葉」
 山神が凄い形相で睨んで来ているが、俺に鶴を恋人にしたいという気持ちはない。
「仕事慣れたか?」
「まだあんまりだ」
 能力はあるが、器用じゃない鶴は、新しい仕事につくと出だしで躓く事が多い。鶴は目に見えて、就いたばかりの部長職に苦労しているようだった。
「甘味食いに行こうぜ」
「ああ、相変わらずタイミングが良いな、長蔵は」
 鶴は腕を上げて伸びをすると、さっぱりした顔で俺の横に並んだ。
「2階か?」
「2階」
 言葉の通り、俺と鶴で『2階』と呼んでいるそのカフェは『怪PR社』のある川越、時の鐘から徒歩1分も経たぬ所にある売店の2階に、ひっそりとある。良く陽の入る、森の中にある小屋のような雰囲気の、小洒落た内装。気持ちの良い木の床や白い壁に、自然志向のランチメニューと、凝ったスイーツの顔ぶれが揃い、若い女性客が溢れていた。男が居ても、それは女に連れて来た風の奴のみで、鶴と一緒じゃなければ絶対に入店出来ないその場所に、俺は今日もでかい身体を縮めて登場した。
 この店には妖怪店員はいなかったが、代わりに精霊店員がいて、元精霊の俺と鶴には少し懐かしい気持ちを起こさせた。
「こんにちわぁ」
 精霊らしい、整った顔立ちで、精霊店員が俺達に笑い掛けた。鶴がほっとしたような顔をして、おうと応じるのを眺めて俺も安心する。疲れている鶴が、少しでも安らげば良い。
「鶴さん!」
 唐突に、後ろから高い声がした。小柄な愛らしい青年が、息を切らして立っていた。
「天野?」
 急いで階段をかけ上って来たらしい、上の段に足を掛けた状態でぜぇぜぇと身体を揺すり、腿に片手をついて息を整えている青年を、俺と鶴はポカンとして見つめた。
「山神さんに頼まれてさ、俺も急遽だけど同席させて!」
 大声で叫んでから、もわっと口からニンニクの匂いをさせてゲップ。俺は少し眉間に皺を寄せた。鶴も引いたらしい、すんすんと青年の口元の匂いを嗅ぎ、じとっとした目になった。
「天野、おまえ、……この臭い餃子か?!」
「向かいのラーメン屋に居たら、急に山神さんが来て、鶴さんが胡散臭い奴と仲良くなり過ぎないよう見張って欲しいって」
 胡散臭い奴って、まさか俺の事かな。
 店のガラス戸にうっすら移る己の姿をチラ見する。図体こそでかくて剣呑だが、顔面はそれなりだろう。くっきりとした二重の目は少し大きすぎる所はあるが、アーモンド型の綺麗な形をしているし黒目がちだ。小鼻も小さいし、唇も薄く目立たず、上品に収まっている。
 灰色の羽織に、薄く萌黄の掛かった白地の着物、赤茶の筆使いで花唐草を走らせた自慢の春衣装は、大分爽やかだと思うのだが。
 まぁ、そうやって気合が入りすぎた爽やかが、逆に胡散臭いって言われるとそれまでなんだがな。
「山神の奴、使えるもんは何でも使うんだな」
「鶴さんには、いつもお世話になってるので」
 俺の嘆きを他所に、鶴と天野は顔を寄せ合い花の咲いたような景色を作っていた。
 天野という苗字から推測して天邪鬼種だろうか。中性的な童顔が愛らしい。しげしげと眺めていたら、やっと俺の方を見た。笑い掛けてやると、天野は一瞬ぎょっとした顔をして、チッと舌打つ。わぁ、やな感じ。
「天野くん? て呼べばいいのかな? 天野ナニ君?」
 声を掛けると、今度は少し口の中をもごもごさせ頬を染める。あ、なんだ、舌打ちは照れ隠しか。
 過去、妻に持ったことがあるのだが、天邪鬼種には自分の気持ちと反対の事を言ったりやったりする癖がある。
「アンタ、は……」
「俺の名はアンタじゃありません、亀種の亀 長蔵(かめ ちょうぞう)と申します、以後お見知りおきを」
「亀、さんって、鶴さんの間男?」
「違います」
「あー、天野、こいつは友達だ、……そういう関係を持ったことはあるが、過去の話で……」
「えっ?! そういう関係って?! 亀種と、そういう関係になって、一緒に居て大丈夫なのかよ、命吸われて殺されちゃうんじゃ?!」
「……」
 まぁ、そういう反応、慣れましたが。
「そんな見境ないみたいな言い方、やめてくれます? 愛してなければ、吸いません」
 亀種は、数が少ない割に良く物語に登場する。愛する者の命を吸って長生きする種族、なんて悲しい習性が、物語に使われないわけがない。人の世界には単純に長生きで目出鯛生き物として知られているが、妖怪世界では惚れられたら吸い殺されるなんて認識もあり、ちょっと異物扱いされている。
「いや、まぁ、そこは。仮に命吸われても、こいつになら良いかなと思えるぐらいの仲だから、気にしてねぇよ」
 大親友過ぎる返答をしてくれた鶴に感謝しつつ、そんな鶴の言葉に怪訝な顔をした天野に傷つく。
 生まれ種に対する不信感をぶつけられたのが、久しぶりだったせいだろう。そうだ、俺はこういう反応をされる存在だったなと実感してしょんぼりする。ここ最近、皆自分の心を隠す術に長け、俺に不快な思いをさせないよう気を遣ってくれるような面子と絡んでいたから尚更。新鮮な心の痛みを味わう。
 さて、俺達は窓際、階段と窓の隙間にある四人掛けのテーブルに収まった。鶴の横に座った俺を完全に無視し、天野は鶴にだけ見えやすいようメニュー表を固定した。
「おまえは豆乳チーズケーキ」
「うん、豆乳チーズケーキ」
 俺がいつも頼む品名を覚えている鶴に、注文を任せると、窓の外を眺める。薄い雲の綿が重なって光を遮っているが、青空が綿の隙間に見える、良い天気。
「俺はパブロバにしよう」
 パブ、何?
 ふいに聞きなれない言葉が耳に入り、鶴に視線を戻す。
「……珍妙な響きだ」
 きょとん顔で尋ねると、鶴は不敵に笑った。
「4月限定メニューの洋菓子だよ」
 言われて、季節限定のメニュー表を探すと、それは天野が手にしていた。天野に身を寄せて覗き込むと、天野がびくりと身を震わせた。傷つくから、そんな怯えないで欲しい。
 写真を見ると、パブロバはただのショートケーキに似ていた。
メレンゲと生クリームで出来てて美味いんだ」
「ふぅん」
「ふわふわとサクサクの食感が良いぞ~」
「ふぅん」
「作ろうとすると爆発するから作れなくて」
 それはおまえが作ろうとするからだろ。
「俺ぁもう今月に入って四度も食いに来てる」
 四度。
「そりゃ食いすぎだな」
 痛風の気がある鶴に対し、叱りを入れつつ、背の関係でこちらを見上げる形になった鶴に一瞬心を掴まれる。甘味の話をする時の鶴は、目を輝かせ、わくわくした顔をしているので非常に可愛い。思わずその頭を撫でた。すりすりと頭上を摩った後、後頭部をなぞり、耳をきゅっと掴んでから手を離すと、鶴は少しぽぅっとした顔をした。それから、はっとして怒りの形相を作る。
「おい、今、何した?!」
「気持ちよかったろ」
「こういうのやめろ、誤解されんだろ?!」
「誤解されたところで、事実は違う」
「馬鹿野郎、鬼李にそんな言い訳が通用すると思ってんのか?」
 噛み付くような唇の動きで、眉間に皺を寄せた鶴の頭を、また撫でる。
「まぁまぁ、鬼李は怖いが、俺も伊達に千年生きてねぇよ」
 鬼李の魂操縦の攻撃は、魂を吸う俺にはあまり効かない。
 そこで何時の間に席を立っていたのか、天野が人数分、セルフサービスの水を取って戻って来た。不思議そうな顔をして俺と鶴を見比べた天野に、鶴は溜息をついた。
「天野、改めて言うが、俺とこいつは何でもねぇ」
 天野はちらりと俺を見てから、複雑な顔をし、窓の向こうを見た。
「何かあっても、別に良いと思いますけど」
「あ?」
 天野が問題発言をした、そのタイミングで、俺の頼んだ豆乳チーズケーキと紅茶が来た。天野の頼んだおにぎりセットが続いて並べられる。渋い色の盆に敷かれた笹の葉に雑穀米の焼きおにぎりと、漬物、梅、ほうじ茶のセット。最後に来たのは鶴の頼んだパブロバで、ふわふわの生クリームがカラメルを覆い、苺ソースとドライ苺が華やかにまぶされている。……うん。
「パブロバ、美味そう」
 思わず指摘すると、鶴が大きな声で、だろ?!と応じた。大の男二人が、甘味を前にはしゃいでいるという光景も、月二のペースで見ていれば対して珍しくなくなるのだろう。店員や常連の中に、俺達を訝る視線はなかった。観光客らしい女怪二人組のみが、奇異の目をちらりとこちらに向けた。
 窓の外、足下の鐘つき通りでは、本日も観光客が賑やかに露店をひやかしている。
「一口くれ」
 強請ると、無意識だったのだろう、鶴はスプーンで取ったばかりの一口分を俺の口に直接ひょいと運んだ。
 その瞬間に、パシャと音がして何かと思ったら天野が卵型の白い折畳み携帯を構えていた。え、撮った?何で?
 鶴がパシンと天野の携帯を取り上げたが、その鶴の手を天野が弾き、携帯が開け放しの窓の外に飛んだ。アッと声を上げて腰を浮かした俺の目に、窓の下で携帯が落ちてくるのを待つ弥助が映った。
 弥助は不敵な笑みを浮かべ、落ちてきた携帯をキャッチすると、さっとその場を去る。……やられた。
「天野、おまえ、良い働きすんじゃねぇか」
 スプーンでシュッと宙を殴り、むっとした顔の鶴が天野に皮肉を投げると、天野は一気にしゅんとなり、椅子に座り直した。
「……俺、鶴さんが、亀種に吸い殺されるって聞いて」
「だから、そんな心配は無用って言ったろーが……!」
「鶴さんは綺麗だ」
「そりゃぁ、鶴種だからな?!」
 ちらり、と天野が俺を見た。俺は精一杯、爽やかな笑みを浮かべた。
「天野くん、本当に、……鶴の言う通り、心配はいらないよ? 俺、鶴みたいな賢くて面倒臭いタイプはちょっと好みと違うんだ、俺は、どっちかっていうと何も考えないおバカちゃんタイプが好きでなぁ」
「おい、俺だっててめぇみたいな自己愛野郎は好きじゃねぇぞ?!」
 ああもう、これだから古い妖怪は。少しオシャレが好きだとすぐナルシスト扱いするんだから。クソジジイめ。
「でも、アンタさっき、鶴さんの頭撫でてたろ?!」
「君だって、猫とか犬を可愛いと思った時、その頭を撫で撫でするだろ?」
「オイオイ、誰が猫とか犬だてめぇ、そこになおれ」
 お怒りの鶴の頭をまた撫で撫でする。可愛い可愛い。
「ところで鶴、撮られた写真、回収した方がいいか?」
「頼んで良いのか?」
「任されよう、その代わり、ここの払いはおまえだ」
「豆乳チーズケーキは?」
「テイクアウトにしといてくれ」
「あいよ」
 鶴の返事と同時にがたんと席を立った俺を、行かせまいとして天野も席を立った。そんな天野に鶴がぴしゃりと水を掛けて、俺は気を取られた天野の脇をすり抜け店を出た。
「悪いなぁ七郎、着替えを後で貸してやる」
 鶴の悠長な声と、つめてぇ、という天野の呻き声を背に、店の階段を降りた。売店前に出てから、カフェの入っている2階をちらりと仰ぎ見た。あっちに行った、と弥助の去った方角を指差し、窓から頭を出している鶴が居た。
「パブロバ食い終えたら、俺も追う」
 甘味最優先。鶴らしい。
 ザシザシと己の走る音が響く。街は午後の活気で溢れている。妖怪世界のビジネス街、外回りの妖怪達ががやがやと外を歩いていた。
「お兄さん、お兄さん、鰹節おにぎり美味しいよ!」
「味噌屋の田楽食べてかない?味の広がりには自信があるよ」
 食いしん坊の胸に刺さるお声が方々から飛んでくるが、無視をして進む。
 川越の小江戸、細道の溢れたこの街で、どうやって弥助を捕まえようか。弥助が普段、足を運んでいる場所はどこだろう。
 まずは情報収集。弥助は頭が切れるので、追手の一人である鶴が予想するようなところは避けるだろう。鶴以外の人間が口にする場所に目星をつける必要がある。
 出来れば、弥助が普段あまり意識せず言葉を交わしており、よもや、そこから情報が漏れるなどと思わぬであろう人物。友達未満の顔馴染み。
『お、久しいな、……そろそろ春物が仕上がりか』
 怪PR社における鶴の次の親友、マルセル・シュオに連絡を入れてみた。
『マルセル、悪い、急な頼みなんだが』
 マルセルとは着物の趣味が似ており、良いのを仕立てると自慢し合う仲だ。一緒に風俗に行く事もあるが、好みが似ているので、大体目当ての子の取り合いになる。
『何だ、何かあったのか? 金だったらねぇぞ』
『金じゃねぇ』
 確かマルセルはデザイン部、弥助の所属する管理部とは同じフロアだ。弥助と会話をすることもあるだろう。
『おまえんとこの管理部に居る弥助って奴、知ってるか』
『知ってるぞー、良く喫煙室で一緒になるからな、あ、丁度今目の前通ったとこ、代わるか?』
 時刻は午後三時。簡単な事だが、会社員なのだから休憩程度に外出する事があっても、普通はすぐ会社に戻るのだ。

 怪PR社の玄関口にあるカフェで、呼び出した弥助は不機嫌だった。
「営業妨害だぜぇ亀の御仁、俺にゃぁあんたに用なんかねぇんだ」
 顧問弁護士秘書の呼び出しを反故に出来ない弥助の立場を利用した。
「俺はある、なぁ、天野の携帯で撮影した例の奴、鬼李の坊には見せんでくれよ、面倒事はキライなんだ」
「ちっ」
 弥助は舌打ちをして卵のようなその携帯を俺に放った。それから煙草を口に運び、煙を吐き出すと今度は愉快そうに口端を上げた。
「『2階』から俺の姿を見つけた時のあんたの顔、傑作だったぜ、……これに懲りたら親分にもう近づくなよ」
 弥助が言うから憎まれ口になるが、迫力のない小童が口にすれば強がりになってしまうだろう台詞。
 俺は嫌味な程、満面の笑みを浮かべた。
「俺が近づかなくても、鶴が近づいて来る、俺達は仲良しだからな」
 言ってやると、弥助はまだ随分残っている煙草を、ぎゅぅと灰皿に押し付けて潰した。それから、懐から臭い消しの粒が入った缶を出して、口に数粒放る。襟首と袖に消臭スプレーを掛けてから、ゆったりと立ち上がって、じゃぁなと呟き消えた。俺の反撃文句など、完全無視である。嫌いだ。
「あれ、弥助さん、もう面会終わり?」
「マルセルか、サボりもほどほどにな」
「サボりじゃねぇよ、俺も呼ばれてるんだ」
 弥助とマルセルの会話が終わると同時、大柄な悪魔が、俺の前にぬっと現れた。
 金の髪を黒染めし、日本に帰化した今は妖怪の元悪魔。しかし風貌はどう見ても悪魔のマルセルは、相変わらずのバタ顔で俺の前に座った。
「よぉ」
 声を掛けると、マルセルはへらっと人好きのする笑みを浮かべた。過去、陰間の若衆に技を仕込んでいた、念者の極みに居るはずの俺をクラクラさせるぐらいの良い顔だ。これが過去、男という男、女という女を食いあさった野郎の実力である。
「貴方はやっぱり趣味が良い」
 マルセルのしみじみした呟きに、俺は気分をよくした。得意になって腕を広げ、くるりと回ってみせる。
「だろう? これはおまえに自慢しないとと思っていた」
 鼻高々になった俺に、マルセルは今度は優しく笑いかけ、うんうんと頷く。
「どこで作ったんだ?」
 マルセルの問い。良い問いだ。これは妖怪専門の老舗呉服屋で作ったのだ。
「東銀座の『しき屋』だ」
「はぁー、良いとこで作ったなぁ」
「ボーナスが飛んだ」
 散財を嘆いてみせているが、実はちっともこたえていない。ふぅん、いいなぁ、と感心してくれるマルセルに、今度は着物の柄を良く見て貰おうと羽織を脱ごうとしたところで思い出す。
「それよりこいつだ、パスワードが知りたい」
 危なく天野の携帯の件を相談しそびれるところだった。
「えっ、ナニ、他人の携帯パスなんて俺、知らないよ」
「おまえに聞くんじゃない、持ち主に聞くんだ」
 そこでカツカツと軽い足音、喫茶店の喫煙ブースに天野がやってきて、俺とマルクスの組み合わせを見てぎょっとした。
「おまえは他人を言いなりにさせる力があるだろ?」
「一回血を吸わないと駄目だ」
「じゃ、吸えば良い」
「そうやって、簡単に言うけどなぁ……」
 文句を言いつつ、マルセルが腰を浮かせ、天野が事態を悟り逃げようとする。ぶ、と声がして、天野は後ろから来た鶴にぶつかったようだった。でかした、鶴。
「長蔵、これテイクアウトの豆乳チーズケーキ」
 いや、ケーキの事は今はいい。まず天野だ。
「鶴さん!! ちょ、離してっ!!」
 しかし、そこはさすがの鶴である。逃げようとする天野の腕をがっちり掴んでの暢気さだった。
「天野、もう観念してあの写真を削除しろ、簡単だろ?」
 天野はしかし、ふるふると首を振り、きっと俺を睨んだ。
「つ、鶴さんには鬼李さんって心に決めた人がいるんだ、諦めろ死神!」
 出た、死神。
 また言うのそれ。良い加減泣いちゃうでしょ。
 マルセルが少し顔を顰め、天野と俺を見比べる。俺は天野の携帯を開いた。旧式の、折りたたみの携帯。白くて卵のように丸い。
 それをぱくんと開いてびっくり、待ち受けがマルセルだった。
「え゛っ、……え゛ぇえ?!」
 俺の、潰された猫のような呻き声に不審を覚えたマルセルが、俺の手元を覗き込み、ハ?! と声を上げて携帯から身を離した。
 うんうん、そりゃ、そうなるよな。気持ち悪いよな。どう考えてもこれは天野退治の流れだな。
「ばっ?! 閉じろ糞野郎!!」
 言葉使いの悪すぎる天邪鬼を無視して、俺はマルセルに見えやすいように、携帯画面をマルセルに向けて示した。
「な~んか、こういうの久しぶりだな? 昔は良く隠し撮りとかされてたもんなおまえ、やっぱ気持ち悪いなぁ」
 からからと笑いながら、悪意の言葉に同意を促す。
「黙……っ、黙れ、返せ!!」
 天野の声は細く弱く、裏返っていた。
「あ、もしかして君、昔マルセルのこと追いかけてた人?」
 冗談で言うと、天野がさぁっと青ざめた。マルセルを見ると、マルセルは天野の携帯、待ち受けを睨んでいる。難しい顔。これは相当辛辣な言葉をぶつける気だ。天野は額に汗を浮かべ、目を泳がせている。
 あー。ちょっとやり過ぎたかもなぁ。ごめん、今度慰めてやろうな。
「こういうの、心臓に悪いよ、七ちゃん」
 七ちゃん? 誰? 今度狼狽するのは俺の番だった。マルセルの頬が、ぶわっと赤くなる。ナニその反応。
「お、おまえが大嫌い過ぎるから、毎日顔見て呪おうと思ったんだよ!!」
 苦しすぎるだろその言い訳。天野の弁明にマルセルは口元を押さえ、照れをやり過ごそうと目を瞑っていた。
「何もう、可愛い、何なの、可愛いっ」
 ぶつぶつと漏れる言葉からして、マルセルは天野を好きだ。おいマジか。
 天野もマルセルを好きだし。おい。何だこの展開、面白くねぇ。
「惚気は他所でやってくれねぇか?」
 呆れたような鶴の声に、俺はやっとショックから立ち直った。そして、ピーンと閃く。
「そうだぞ、マルセル、俺というもんがありながら、・・・あんなガキに気ぃ取られんなよぉ」
 するりとマルセルの腿を左手で摩り、ぐぃっと身を寄せる。つぅっと手を足の付け根に持っていくと、もどかしい刺激になる事を知っている俺の手は慣れた動きで、そのまま中指で、留めの動き。トン、と腿の弱いところを叩いた。
「っぁ?!」
 マルセルがビクリと身を揺する。色男、堕ちたり。
「んな?! 何すんだ亀ぇ?!」
 天野によって頬を、俺によって耳を赤く染められたマルセルは真っ赤だ。
 余裕綽綽で念者の頂点に居た何様俺様悪魔様のマルセルはもう居ない。
「気持ちよかったろ?」
「こういうのやめろ!!」
 マルセルにがしっと頭を持たれると、さすがにぞわっと背が毛羽立つ。悪魔の大きな手は怖い。
「怒るなよ、頭持つな、髪が乱れるだろ」
「おまえが怒るような事するからだろ!!七ちゃんの前で!!誤解されたらどうすんだよ?!」
 その七ちゃんっていうのやめろ。なんか腹立つ。
「えー? 誤解ってなぁに? 傷つくぅ! あの沢山の夜達の事を忘れたの?」
 飲み明かしたり飲み明かしたり乱交したり。
「忘れたよもう! 忘れさせて!! 今は七ちゃんが一番大事なの」
「何だよ~、真面目か~? つまんねぇこと言うなよ~」
 おまえが居たから楽しかったあの頃。おまえを中心に回っていたダメ男達の集い。それなりに好きだったあの空気。
「忘れさせてくれないと、絶交するよ」
 ちっ、話の通じない。
「マルセルっ」
 天野が少し感動したような声で、マルセルを呼んだのも気に食わない。
「ごめん、俺、昔、奔放だったから、こういう友達結構いるけど、今は違うから」
 少しの間を開けて、天野が頷くと、マルセルは安心したように笑った。良い雰囲気だ。何でだよ。何でこうなった。解せぬ。
「なぁマルセル、おまえが七ちゃん一番でも、俺はおまえが一番だぞ? おまえが誰を好きでも関係ないね、七ちゃんからおまえを奪ってやろうな?」
 もう意地だ。天野にマルセルは渡さん。
 言ってやると、しぃんと場が静まり返った。俺に好かれるという事は、殺される事と同意義。
「その冗談、笑えねぇぞ長蔵」
 凍りついた空気に、実は俺が一番傷つくという事をわかっている鶴が溜息をついた。
 天野が、その大きな目からぽろぽろと涙を流し始めた。おいおい、泣くなよ。
「七郎」
 マルセルが今度は真面目に、天野の名を呼ぶと隣に呼んだ。
 天野は気配からして、数百年は生きてるだろう大妖怪のようだが、精神不安定な奴だなぁ。と呆れている俺を無視して、マルセルは天野の肩を撫でた。それから俺をちらりと見る。そっと右手を出し、親指を立てた。グッジョブ、ってか。
「嫌だ、マルセル……、嫌だ、俺……」
 天野は単純らしく、すっかり俺がマルセルを吸い殺すものと思っている。
「七郎」
 天野の悲しみに照れつつ、喜びつつ、マルセルは俺の嘘をどうバラそうかと言葉を選んだ。そして最終的に、涙の伝う天野の頬に唇を寄せていちゃつく道を選んだ。
 てめぇら仕事中だろ。
「なんて、嘘だ嘘」
 良い加減、面倒臭くなり白状すると、天野はきっと俺を睨んだ。
「天邪鬼種舐めんな、他人の言が嘘か真か、見抜くことだけは得意なんだよ!!」
 ん?
「おまえさっき、本気で言ってた、・・・おまえ、多分自覚ねぇんだろうけど、マルセルの事好きだよ」
「はぁ?!」
 今度は俺が青ざめる番。そんなわけあるか。ないと言ってください誰か。
「え、マジで?」
 マルセルの頓狂な声が響き、俺の全身からぶわっと汗が出た。あれ、これ、マジの奴か。
「え?!」
「だから笑えねぇって言ったんだ」
 鶴が忌々しげに吐き捨て、俺とマルセルを見比べた。
「まだ好きだったんだな?」
 同情したような顔で、俺を見るな。やめろ。
 うぅぅ、ぐすっと呻き声と鳴き声。天野がマルセルの命を惜しみ、本格的に泣き始めた。
「七郎、七郎泣くな、大丈夫だから、俺は」
 マルセルが慌てて、天野を抱きしめて頭を撫でてやるのを、むっとした顔で見つめてしまって、気づく。
 ホントだ、好きかもしれない。
「あれ? マジか、俺、マルセルの事、好きだ」
 ぽろりと告白すると、身体に心地良く生命の入って来る気配がした。
 対して、マルセルが胸を押さえ、顔を顰めたのを俺は見逃さなかった。
「亀、悪いけど俺には七郎が……」
 そこで言葉を切らして、マルセルは身体を丸めた。意識した途端に、タガが外れたのか、久しぶりだったからか。他者の生命を吸い取る力が抑えられない。どくどくと全身に血が回る、その血に全てアルコールが含まれているような、すぅっと酒の酔いが広がる感覚に似ている。早く気持ちを抑えないと吸い殺してしまうと、頭ではわかっているのに、本能に逆らえず、乾いた咽喉に水を流し込むように、ぐんぐんと吸ってしまう。まずい。
「こ、これが例のアレか!! 命吸われるって感覚? 胸痛ってぇ、身体んナカ、酸で溶かされてるみてぇ、胸に何か、興奮するみたいな奴がぐっとクるし、阿片キめたみてぇ、……やべぇ、これっ」
 マルセルが喫茶店の低いテーブルの上に、倒れ込んでぜぇぜぇと息を乱し始め、天野がマルセルの名を呼び、その身を揺するのが最後に見えた景色。
 俺はどうやら、鶴に蹴り倒されて意識を失ったらしかった。

「なぁ亀、見ろよこれ、可愛いの」
 『怪PR社』の医務室で、目を覚ました俺の横にはまさかのマルセルが付き添っていた。屋根裏部屋のように狭い、斜めの天井と一つしかないベッドの上、寝かされた俺の腹横に腰をかけたマルセルは、ぴんぴんしている。
「七ちゃんってさぁ、俺からのメール基本無視するんだけど、実は全部返信作ってたっぽくて」
 見せられたのは、天野の携帯の未送信メールボックスに、ずらりと並んだマルセルへの返信メール達の顔ぶれ。
 どれも長文の返信になっていて、きっと長文で送るのが恥ずかしくて、送るのを辞めたのだろうとわかり、和む。
「こういうところが好きなんだよ」
「ああ」
 ぽつりと言われて、納得して頷く。今は少し落ち着いて、マルセルが好きだという気持ちはない。
 どうやら好きだと言ってもごく軽く好きな段階だったようだった。時々、好きだなと思うぐらいの相手。俗にいう気になっている相手という段階だったのだ。良かった。
「なんか、ごめんなぁ。気持ち、応えられないだけじゃなくて、気づいてさえもいなくて」
 改まって、マルセルにその事を気に掛けられると照れる。そして、謝られると確かに、寂しさを感じる。マルセルとだったら、共に生きられたのに、という気持ちがぐっと胸に迫った。
「おまえがヴァンパイアだからって、油断してた」
 他者から命を吸うという点で、亀種とヴァンパイアは同系統。マルセルは俺が好きになっても死なない、数少ない他者だ。だから……。
「油断して好きになった」
「ああ」
 マルセルは俺に吸われた分の命を、俺から血を吸うという形で、取り返す事が出来る。
 マルセルなら、好きになっても殺さないで済む。
 その事実が大きかった。振り返ってみると、その事実があったからこそ、積極的に心のガードを解き、自由な感情を向けられた。好きになった人を殺し続ける、寂しい生き方に、俺は多分疲れていた。
「あー、気持ち悪い、目眩がするっ」
 やめよう、こんな反省会。先程からぐるぐると巡ってくる不快感を、大声で報告して身体を伸ばす。
「大分血を吸った」
 だろうね。俺も、大分おまえの命を吸った。それにしても……。
「吸うなら俺が目を覚ましてからにしろよ、せっかく血ぃ吸われんのって気持ちいいのに」
「知るか」
「俺の命吸い、楽しんだ癖に」
「まぁまぁ確かに気持ちよかったけど、殺されるかと思ったわまじで!! あの時は!!」
 俺も、殺すかと思った。
「大体、血吸いはほら、触れないと出来ないし、大量に吸うとなると噛み付く必要あるだろ? その絵面を七ちゃんに見られたら俺死ねるじゃん」
「あー」
 はいはい。七ちゃんね。七ちゃんが大好きなのね。わかったわかった。
「長蔵」
 そこで、医務室の戸の向こうから、鶴の声がして、マルセルが開けに行くと、鶴が居た。
「大丈夫か? さっきは悪かったな……、おまえがマルセルを吸い殺す勢いだったから技掛けた」
「おぉ、気にすんな、止めて貰えて良かったよ、むしろ」
 そこまで言ってから、鶴の後ろ、不吉な影を見て俺は息を止めた。
「李帝っ」
 青ざめて呟くと、鬼李は鶴を脇にどけて俺に近づいて来た。
「俺の居ぬ間に鶴とデートしたらしいね」
 地を這うような、恐ろしい声。
「友達だからな」
「ふぅん、友達が、こういうことするんだ」
 やっぱり送っていたか弥助よ。鬼李はアイフォンに映る、俺と鶴のラブラブ写真(天野が撮った、カフェであーんしている写真)を俺につきつけた。
「まぁ、それを言うならおまえもな」
 そこで鶴が、自身のスマフォを取り出し、美女を左、美少年を右に、接待されているのにも関わらず、頗る不機嫌顔の鬼李の写真を取り出した。
「あぁこれね、見てわかるように嫌々接待されている様子だけど?」
 鬼李は不機嫌がぶり返したらしく、刺々しい声で写真の状況を説明した。
「え?まさかこれを浮気とか言うつもり?」
 この言い方はずるい。鶴は少し言葉に詰まってから、悔しそうに顎を掻いた。
「言わねーけど、ほら、お互い様? っつーのか」
「納得出来ない!! 俺が国政の重くて難しい問題に頭痛めて頑張ってた頃、鶴は長蔵といちゃいちゃしてたなんてっ!!」
「あ゛?! そんなん、俺だって納得できねーわ、おまえは日頃、さんざん牛鬼といちゃいちゃしてんだろ」
「俺は牛鬼のこと本気で好きにならないけど、鶴は他の奴のこと本気で好きになるじゃん、赤鬼の事とか……」
 その、鬼李の言葉が、ぴりっと場の空気を刺激したのがわかった。
 鶴の周りの気温が、二度ぐらい下がったように感じ、俺は身震いした。
「……良い加減しつけぇ、赤鬼のことは、そりゃ好きだったわ、当然だろ。赤鬼は俺を信頼してくれてたからな!! てめーみたいに、俺を足手纏いっつって置いてったりしない」
「俺は鶴を危険に巻き込みたくなくて」
「もういい」
 鶴が疲れた声をあげ、医務室を出て行くと、鬼李は一気に殺気立ったが、ふとしてその気配を鎮めた。
 そして、ぐるりと俺を振り返り、言い辛そうに顔を歪める。
「長蔵、これは冗談じゃないから真面目に聞いて欲しいけど、本当にこれ以上、鶴に関わらないで」
 何回言われたか知れない台詞に、はーいと間延びした声で応える。
「君は死神の自覚をもっと持つべきだよ、誰かと関わるという事は、誰かを殺す恐れがあるって事なんだから」
 そんな事は百も承知だ。
「少しは周りの事を考えて、生き方を選んで欲しいな」
 暗に、他者と関わらずに生きろと言っている鬼李に、俺は笑いかけた。
「まぁ安心しろよ、鶴の事は殺さないし、鶴は俺になら殺されても良いと言ってくれている」
「……なるほど、わかった。君のことはもう封印してやれば良いのかな?」
「封印って、また過激だな」
 それは鶴が許さないと思うが、久しぶりに聞いた忌まわしい言葉に身が竦んだ。
「顔が青くなったね」
 鬼李の指摘に、俺はぎこちなく笑った。
 俺は過去に何度か、山の奥や海の底に封印された事がある。あれは無限の寂しさを味わう生き地獄だ。
 ただただ、誰かと関わりたくて、封印をした者を呪い邪悪になった。
 邪悪になったら最後、暴れて災害の原因になったりもした。
「鶴に近づくな」
 二度目の鬼李の忠告を、俺は聞き流し、笑った。
 生きる限り、他者に害を及ぼす。そういう宿命は、もう受け入れたのだ。それを一緒に受け入れてくれる友と関わって何が悪い。
 開き直らないと、生きて行けない。

 だから鬼李には悪いが、鶴と俺の甘味デートは、この先もずっと開催されるだろう。