からめ

『幸せな馬』(下半身馬の男×総攻め色男)

丸二日、何も口に入れていない。

 亀を保護した馬はまだ目を覚まさず、馬の目が無ければ、この屋敷のものは誰一人亀の身を案じなかった。
『俺にも食事を出してくれ、働いてるだろ、馬の世話をしてる』
西洋の細長く高さのある食卓に着席はさせられるが、食べ物が亀の前にだけ置かれない。もくもくと食事する七人の西洋悪魔達は、せっかく亀が懸命に覚えたスペイン語で訴え掛けたのに、容赦なく亀を無視した。

昨日、倭語で主張したら何を言っているのか分からない、という顔と仕草で転がされたため、亀は健気にも必要なスペイン語を独学で覚えた。しかし予想できた事だがその労は報われなかった。
『なぁ、頼むよ、あんたいつも残すだろ、少しだけわけてくれよ』
上流階級者達の、プライドに訴える圧力など屁でもない。隣に座った見目麗しい婦人に、微笑みと目線で魅了の攻撃をかけてみた。
異国の珍しい顔立ちをした黒髪黒目で背の高い男に婦人が少しの興味を持っていた事を、亀は己が性的な手法で相手を言うなりにできる事を知っていた。
婦人は何か言いたそうな口の形を作って、物欲しげな目をしたが、大勢の目があるその場では行動出来ないようだった。

後でくれるかもしれないが、今欲しい。出来るだけ早く、一刻も早く何か口に入れたい。亀は攻撃の矛先を婦人から向かいの年若い男に変えた。
「俺が死んだら、兄貴、悲しむぞ」
目の前の男は、確か馬の弟だ。
馬の話では、兄弟仲は良好。馬が執着している亀に死なれたら困る筈だ。
「頼む、……あまりにひもじくて、うっかりお前の兄貴の耳、かじりそう」
弱々しく呻くと、声が掠れた。婦人と目が合う。

『両手を前に出せ』

弟馬が、唐突に命じて来た。やっと亀に何か与える気になったようだ。亀は食べ物を乗せやすいよう、ちゃっかり手のひらを上にして、手を出した。
『指は何本ある?』
五本だ、と相手にわかるように指の股を広げた。そこで気付いた。亀種の原型、水掻きがぬらりと己の指の間で光った。千年以上、完全な人型を保ち優雅に暮らして来た己の身が醜く型崩れしていた。それは、亀の心を冷水に浸した。
人を模して生まれるため、妖怪は人と同じ生命活動をする。つまり、ものを食べて排泄する。それをしないでいると人の姿が弱り、妖怪の原型が剥き出しになる。亀は長らく、己の原型を見ずにここまで生きて来られたので、妖怪としてとても恵まれていた。
しかし長く続いた悪魔達との戦争で弱っていた身に、強制絶食が追い討ちを掛けた。
完全な人型を保っている西洋悪魔達の中で、水掻きのある手を晒している亀は、明らかに劣った存在として薄ら笑いを向けられている。
亀の崩れた手を前に、東洋妖怪全体を見下すような空気が出来たためか、今度は配膳のために働いていた使用人、飛頭種の女怪が呼び止められた。弟馬は脈絡もなく、その女怪に服を脱ぐようにとスペイン語で命じた。
女怪は驚いた顔をして、その場で固まると、亀に視線で助けを求めた。
「あんたに服を脱げと言ってる」
「それくらい聞き取れてるわよ」
「どうする?」
「脱ぐわけないでしょ!」
「……俺はコイツらを力ずくで黙らせる事は出来るが、この家の中であんたの立場が悪くなるのは避けられない、……助けて大丈夫か?」
「……」
女怪は反射的に亀に助けを求めた一方で、職を失う覚悟は出来ていなかった。一時、耐えれば……という迷いが顔に出ていたので、亀は面倒臭くなり畳み掛けた。
「こんなとこであんたが裸になんかなったら、俺達東洋の妖怪は、ますますコイツらにとって動物だ、あんなみっともない手の股を晒した俺が言えた事じゃねぇけど」
「あの、……」
「なんだよ」
「……助けて」
消え入るような声だったが、確かに聞こえた。亀は屋敷の用心棒であるヴァンパイア達が来る前にけりをつけようと急いだ。
まず婦人から、続いて向かいの年若い男から、亀種は生き物から等しく命を吸うが、完全に吸いきるか少しだけ吸うかはコントロール出来る。婦人からは数分気絶する程度、男からは三日三晩苦しむ程度吸い込み、他は逃げ出す姿を眺めるに留めた。怯えを孕んだ悪態を亀に投げつつ、無力になったと思い込んでいた猛獣の牙に、慌てた様子が小気味良い。
しかし、亀から一番遠い席に座っていた少女の悲鳴は気になった。あんな金切り声で屋敷を走り抜けたら、せっかく寝たきりになっている馬を起こしてしまうかもしれない。
「ありがとう!」
誰も居なくなった食堂で、女怪は礼を口にしてから窓に急いだ。窓から飛んで逃げるのだ。
「ちょぃ待ち」
亀は窓枠に足を掛けた女怪に駆け寄ると、下から覗いて眉を下げた。
「なぁ、あんた、頼みがある」
「ごめんなさい」
一瞬、脈のある顔をしたが、女怪はすぐにそっぽを向いた。
「……まだ何も言ってねぇ」
「言わなくてもわかるわ、厄介な頼みね」
「俺もここから逃れたい」
「ごめんなさい」
「あんたに何とかして貰おうなんざ思ってねぇ、俺の身内に俺の居場所と苦しみを伝えてくれ」
「ごめんなさい」
女怪は亀の色仕掛けに負けぬよう、亀と目を合わせないようにしていた。
ダメ元だったが、取りつく島が無さ過ぎる。しかし、亀はめげない。
「……あんた、家族は?」
「兄が一人」
「俺にも妹がいる」
嘘だった。
しかし女怪は心を動かされたようで、溜め息をつくと、黙って下を向いた。それを、亀は了解と取った。
「この屋敷のすぐ傍、あんた、赤穂浪士は好きかい?……」
泉岳寺なら、行ったことあるわ」
枕詞から推測で、女妖は応じた。泉岳寺には、赤穂浪士の墓がある。
「その裏に竹藪があってな、……鶴、って男に口を利いてくれ」
「高輪の親分ね」
「よく知ってるな」
「地元だもの、……ついでに、あんたが悪魔どもと戦争して負けたことも知ってるわ」
「相性が悪かったんだ、あのヴァンパイアどもさえ出て来なけりゃ……」
「負けた奴等は皆そう言うわね」
「……」
好き放題言ってから、亀に活路を開いてくれた女怪は飛頭種らしく首を宙に持ち上げた。いよいよ飛び立つらしい。
「身体は口で運ぶのか?」
「まさか!顎が外れちゃうわ、こうして、腕を頭にしがみつかせるのよ」
「ふぅん……」
「あ、言っておくけど、私が飛べるからって、後で迎えに来て欲しいって追加注文は受け付けないわ」
用心深く、女怪は釘を刺してきたが、これには亀の方にその気がなかった。
「安心しろ、俺は位置が判れば移動出来る、鶴にこの結界さえ何とかして貰えれば、こんなとこ一瞬でオサラバだ」
亀にとっては何でもない事実だったが、女怪は敏感に二人の間にある妖力差を察知するとふんと鼻を鳴らした。
「何それ、凄いとでも言って欲しいの?足を使わずに移動出来る大妖怪様には、あたしみたいな魑魅魍魎の助けなんかいらないって?」
「何怒ってるんだ、お前が鶴に俺の窮状を知らせてくれないと、俺はいずれこの屋敷で悪魔どもに嬲り殺されちまうよ」
「……」
「あんた、名は?」
「ハナ」
「俺の命を頼んだぞ、ハナ」
「ずるい言い方」
「よぅく気負ってくれ!」
久しぶりに歯を見せて笑った気がする。ハナは恐らく処女だろう。求めるのに馴れていない野太い視線を寄越した。腕に抱えられた頭が、すっと亀の目の前に来た。亀はハナの頭を、ハナの身体から受けとると、ふんわりと軽い、駄賃のような口付けを施した。
ハナは数秒、亀を眺めると、名残惜しそうに飛び去った。
曇った空の向こうに小さくなっていくハナの姿が、すっと消えた頃、バタバタと足音を立ててヴァンパイアどもが駆け付けた。例によって、亀の命吸いは多勢のヴァンパイアを前にあまり効果を発揮せず、亀はものの数分で捕らえられ折檻部屋に連行された。
屋敷の隅にある使用人のための狭い部屋、そこに押し込められた後、タオルとバケツを持ってやって来たヴァンパイアは、男色の気がある三人だけだった。
二十数名要るヴァンパイア兵士は、半数以上が貧しく荒れた地で育った元人間である。若さ故のマウント的な性交を好むので性質が悪かった。
「ゥあ、……はっ、アッ……」
空腹の身体は、快楽で無理に力み、ギシギシと鳴った。体臭が濃く、恰幅の良いヴァンパイアの一物を尻に挟みながら、亀は声をどうやって堪えようか、その事に気をとられていた。
油断すると腰を捕まれ、中を掻き回すように抜き挿しされる。
「ぅンッ……く、ふっ、んっ……んン、く」
鼻から漏れる声は、快楽によって甘えた響きを持ち、亀を落ち込ませた。
倭国には亀のような背の高い男を力任せに犯せるような生き物は居ない。入道種や牛鬼種は巨大な身体を持っていたが、亀種を思うままに扱えるような力は持っていなかった。
「ふァ?!っ……アッ?!……ぁぁ、っやめ、そこ、……っあ」
すっかり感じやすい場所を把握されてしまった身体がビクビクと跳ねた。やめろと言い掛けておきながら、軽く腰を持ち上げて、その場所を責めやすいようにしている己の浅ましさに涙が出た。
興奮の滲んだ早口の異国語が、荒っぽく身体の上を飛び交っている。
「あがっ……ぅ、く、……んん!」
飢えで貪欲になっている直腸が、精液の熱と栄養を喜んだ。頭が破裂したのかと勘違いするような刺激を受けて、脚がビンとなり、息が止まった。
気を失っている間に悪魔は交代しており、貫かれる事で発生する揺さぶりで目を覚ます。
口内に生ぬるい舌が侵入していて不快だった。危うく噛むところだったが、踏み留まる。
加えて、亀の目が確かなら、今、亀を犯しているヴァンパイアを残して、部屋の中、気を失う前は生きていた二体は殺されて倒れている。それも、数秒前に。嫌な予感がして目を閉じたら、亀に被さっていた最後の一体も亀の上に命を失って倒れた。
「んぅ……っく」
死んだ男が体内から抜かれ、目を開けると馬が居た。久し振りに拝んだ馬の瞳は相変わらず青く澄んで美しい。
砂色の短い髪と筋肉質で大柄な体躯は、太っていたら相撲取りにもなれただろう立派さである。少しの丸鼻と、窪んだ目玉。西洋悪魔の顔立ち。
性交による臭気の漂う狭い部屋の中、馬は亀の友人だった頃と変わりない人型で立っており、少し笑っていた。
「酷い目に遭うのが趣味なのかい? 前もそんな姿だったね」
「どうやって殺した?……」
「彼等とは主従の関係がある、死ぬように命じたんだ」
「……契約ってやつか」
悪魔同士、主従の関係で結ばれている者達が、契約と呼ばれる呪いを掛け合っている事を、亀は先の悪魔との戦争で知った。
亀は個人で悪魔と闘っていたが、人脈があったので、何度か攘夷志士と力を合わせている。その際、敵の情報をきちんと集めていた集団から、そうした悪魔の文化を学習した。
「君がこの屋敷から外に出られないのも、契約のせい」
「っ?!」
「結界か何かだと思っていた?」
血の気が引くのと一緒に、全身から力が抜けた。
いつ、呪いを掛けられたのか。その呪いはどうやったら解けるのか。悪魔の技術は進んでいて、いつも亀の理解を超える。
契約とは何か。どのような仕組みなのか。どうしたら亀はこの屋敷から逃れられるのか。
そうして亀が幽閉される事となった馬の屋敷は、高輪の地下一層にあった。地上には、陽向に人の大名屋敷、日陰に鬼種や神々の街があった。所謂、高級地である。
よって、鶴は助けにくるなり文句を垂れた。
「何、高位悪魔なんかに捕まってんだよ!このオタンチン!ここまで入ってくんのに、いくら使ったと思ってんだ!」
馬に囚われてから十日、友情に熱い鶴種の岡引は屋敷のお抱え庭師の手伝いに姿を変えてやって来た。馬の留守を見計らって、亀の昼寝する部屋の戸を叩いて来た。
「面目ねぇなぁ親分」
部屋は二階にあったため、鶴は木の上である。小柄だがやせ形で骨のしっかりした岡引は、野性味のある美形だった。枝を持つ腕には筋が浮き出ていて、折角の円やかな頬には古傷が幾つか残っていた。色気のある造作をしているのに、艶の出し方を知らず、結果、せっかくの美形を腐らせていた。
陰間として仕立てたら上等になりそうだが、生憎、鶴は岡引業と子育て、無職の攘夷志士を援助するので忙しかった。
「何が親分だバカ野郎、心配させやがって!」
綺麗な岡引はつり目をさらに吊り上げて苛立ちを露にしたが、瞳には友の無事を喜ぶ優しい光が灯っていた。
そんな鶴に癒されつつ、亀は鶴をするりと部屋に招き入れた。鶴も素早く部屋に入り込む。
二十畳はあろうかという大部屋には、亀のためにと畳が敷き詰められていたが、そこは亀の部屋ではなく、馬の部屋だった。
亀は常に馬の脅威に晒されながら暮らしている。馬がその気になると、問答無用で性交の相手をさせられるのだ。
昨日、俺を便器と勘違いしてねぇかと軽口を叩いたら殴られた。
「赤ノ旦那は元気かい?」
「相も変わらず……!懲りずにまだ攘夷の志士さんをやってるよ!俺の稼いだ金でな」
「しょーもねぇ、……息子は?」
「クソ悪魔にバカ高い授業料を払って、勉学してる」
「大変だな……」
「大変だよ、……陰間でもするか?稼げるんだろ?」
亀が突っぱねる事を、わかった上での発言だ。
望み通り諭す。
「お前みたいに色気ねぇ奴にゃぁ無理だ」
「なんだよつれねーな、これでもほら、造作は良い方だ」
「そのご自慢の造作に古傷がある上、お前は骨ばり過ぎなんだ、まずそう」
「まず?!……少し傷ついた」
「そりゃすまん、せっかく助けに来てくれたのに」
「ホントだよ、バカ野郎」
雑談をしばらくやり、状況を報告。鶴もまた、悪魔の契約について、知ってはいるが仕組みがわからんと首を捻る。鶴はそれについて調べておくと言い残し去って行った。
馬はその日、帰ってくるなり亀を抱いた。
鶴の事がバレたわけでは無く、外で何か嫌なことがあったようで、不機嫌が亀の身に触れる指先から伝わって来た。
馬は亀を上に乗せ、快楽に弱い亀が、自分から腰を振りだしてしまうのを眺めては悦に浸る所があった。
「気持ちいいの? 亀?」
日中、鶴を招き世間話をした畳の、昼と夜の温度差を足で感じる。
はぁ、はぁ、と己の荒い息遣いを耳で感じ、体温の上昇を察知した。しかし、冷たい部屋は大きすぎて、亀の身体がいくら熱くなっても、しんしんと足先や、肩を冷やしに来る。
「っぁ、っ……ァっ、……っ、んく、……っぁ、あぅっ、ふ、……んぅ……っ……ぁ、く」
腰を振り、喘ぎながら、馬の反り勃ったいちもつに身体の内側の肉で何度も吸いつく。時々、絞るように締め付けながら腰を持ち上げて落とす。
自分がされたら、気持ちが良いだろうという事をやってやった。馬が満足すれば、行為は終わる。
早く眠るために、亀は努力した。
「奉仕してくれてるの?それとも淫乱なの?」
「……っぁ、黙っ……てろ……んっ、ぅん、ん……、ふ、んゥ」
亀を貫く馬の一物は、一度精を放ったが、まだ元気だった。まずい、と亀は頭の隅で最悪の事態を想定した。
「今日は少し、無理をさせるよ」
嫌な予感は大概当たる。馬は亀の腰を持つと、亀の小さな菊座から、ぬろん、と汁にまみれた己を抜いた。そして、亀を四つん這いにさせるとサシュッと蹄で畳を擦った。
馬は時々、人型をやめて亀を犯す。この方が、気持ちが良いのだろう、ごめんねと謝りながらいつもより精を放つ数が増える。
人の上半身と馬の下半身を持つ馬種との性交を、西洋ではどのようにこなすのだろう。後ろからのし掛かられ、尻穴をぐぬりと拡げられる感触の恐ろしさといったら無い。
ぬっ、と中を埋め尽くす体積。少し動くだけで悪寒がするのに、ぐむんっ、ぐむんっ、と長く素早く動き、内壁を容赦なく擦る。
「はっ、……ぁぐっ、……ぁ、……ぁっ、……かはっ」
腹に、時折ぽこんと盛り上がりが出来るたび、身体に力を込めて、怯えを示す亀の肩に、馬は前肢を掛け労った。
「君は……っ、愛しく思うと、制御できずに相手の命を吸うそうだねっ……?」
ん、と頭を縦に振って頷く。今、口を空けたら吐くか絶叫してしまう。ざぁっ、と熱いものが内部に注がれると、じんと腹が内側から温められる。
馬の動きが止まって、やっと息が出来るようになると、亀は恐怖による胸の痛みと喉奥の震えが堪えられなくなり泣き出した。
「はぁ、……、はぁ、はぐっ……、ゥ、ぐ」
「亀、契約は君の意思を縛る。僕から逃れようとか、僕を殺そうと考えたら、それが実現不可能になるんだ」
「っん、……く、……っぐ、……んっ……、っう」
「でも、君がもし、僕を愛したら、君は僕から逃れられる」
「ひっ、……ん、っ……、ぐ」
情けない事だが、涙と嗚咽が止まらず、憎まれ口も叩けなかった。
「君が僕を意図せず殺せた日、僕は最高に幸せな気持ちで死ねるだろう、……その日が待ち遠しいよ、亀」
「……は、……そんな日、……来るもんかよ、この馬野郎」
「愛してるよ」
馬は呟いて、また亀の身体の中で動き始めた。
「ぅア?!……やめ、……もうダ……、ぁっ、……、……や……っ、ぐ、……ァがっ……や、……ぁ……あ゛ぁっ……っ、ん、……は」
腕に力が入らず、頭を布団に擦りつけるようにして、足をがくがくさせ、尻穴に持ち上げられる形で、馬に揺さぶられている亀を、馬は容赦なく突き続けた。
「ふ、ぃウっ?!……ぐ、ーっゥァ、ん、……ぁ……っ、はぁ、うぐ、んゥ」
びくびくと腰を震わせ、ぐったり中を緩ませた亀の身に、鞭を打つようにまた性器を挿す。亀はまたぐすぐすと泣き出したが、馬は亀を犯すのを止めなかった。


好きで仕方がないのに、どうしてこんな酷いことをしてしまうのか。
愚かな馬の名はフェルナンドといった。
彼が倭に上陸してまず驚いたのは、男女の境が曖昧で、男の身体の線が細い事。その中で、亀は比較的大柄で堂々としており、男らしかった。
しかし、亀と密に話をする仲になり、亀と話をするために覚えた倭語が達者になった頃、フェルナンドはすっかり亀に恋していた。
それは小さな興奮の積み重ねにより形成された、色欲にまみれた想いだった。亀の身を隅々まで舐め回してみたい。気絶するまで精液を注ぎたい。
始まりが友情であった分、背徳も手伝って欲望は加速した。
例えば顎の細い事や、髪質が柔らかな事、腰の骨の脆そうな所や、悪魔に比べて、身長の割に軽い体重など。
亀の身体の節々から、ふとした瞬間、妖怪特有の色香が漂う。その度に気が狂いそうな程、興奮した。
土地の運用を商売にしている男に、土地を買う資金を出すためだけに呼ばれたフェルナンドは、運用者の男に全てを任せ、亀とばかり会い、邪な想いを募らせ、結果、亀の身を滅ぼした。
フェルナンドが亀を無理矢理抱いた日、亀がフェルナンドではない、可憐な妖怪に恋していた事を知った。
その妖怪と亀との仲を裂こうしたら、亀に攻撃され重体となった。フェルナンドは資産家で、格の高い貴族だった。
亀はフェルナンドの敵討ちの対象として、フェルナンドに恩を売りたい悪魔達に攻撃された。
亀が運営していた陰間茶屋は潰れ、亀が愛し、傍に置いていた陰間達は、亀と離れ離れになった。

今になってわかったことだが、フェルナンドは亀に恨まれていることを恐れていたが、望んでいた。亀が、フェルナンドを殺したくて日々フェルナンドを殺害する計画ばかり練って過ごしている。それは素敵なイメージだった。そうなった亀の頭の中は、フェルナンドで埋め尽くされている。
しかし実際の亀は、あまりフェルナンドに興味を示していなかったばかりか、名前さえおぼろ気で、愛しても憎んでもいないという態度だった。
フェルナンドはどうにかして、亀を夢中にさせたかった。
しかし、亀はどんな酷いことをしても、その時に怒りを示しはするが、フェルナンドに対し、強い感情の高まりを覚える事はなかった。翌日にはけろっとして、何か諦めたような態度で接してくるのである。
意のままにならぬ亀への感情は、フェルナンドの中でばかり肥大化して行き、亀の一挙手一投足に振り回される日々が続いた。
元来、優しい気質故に、恨まれるための無体をする事がフェルナンドには段々、辛いことになった。すると、優しく接する場面が増えた。
次第に亀も笑顔や親しみを見せてくれるようになった。性交も、亀の気が乗らない時は諦め、亀の気持ちを高める努力をして、行うようになった。
そうしてある日、留守にしていたフェルナンドは、帰ってすぐ目にした花瓶に歓声を上げた。綺麗に飾られていたのは、フェルナンドが密かに咲くのを心待ちにしていた花だった。
亀が、フェルナンドの心を汲んで花を摘ませたという事が、後になってわかった時の興奮たるやいかに。
いつもは部屋に閉じ籠っている亀が、花瓶の置かれたテーブルについて本を読んでいた事。喜ぶフェルナンドの顔を見て、悪戯の成功した子どものように愛らしく、にやりと笑った。
またある日、ただの癖なのだろうが、フェルナンドの突き出た額の、性交で滲んだ汗を亀が拭ってくれた時の事、そのついでに頭を撫でられて、それだけで喉奥が爆発するような、心臓を素手で握られたような心地がした。

フェルナンドは、じわじわと亀と自分の心の距離が縮んでいることを実感した。そして、亀を溶けるほど愛した。愛されたいと願った。
亀に愛されるということは、殺されるという事。
亀に殺されるということは、過去、亀に働いた自分の様々な無体が帳消しになるという事。早く亀に、自分を愛し、殺して欲しい。
願いはある夜、叶い掛けた。
いつもの寝室、性交の後、亀を腕に抱いて寝ていた時、窓の外には桜が満開で、月明かりに照らされて綺麗だった。行為の後は、疲れて寝てしまう亀が珍しく起きていて、心細そうな声で、過去に養っていた陰間達への想いを口にした。
無事でいるだろうか。
フェルナンドは何の気無しに、様子を見に行こうかと気遣いの言葉を掛けた。自分は彼等に対し、償いをしなければいけないし、亀の身を滅ぼしたのは自分で、とても後悔していると、初めて漏らした。
心からの言葉だった。
「っ?!」
骨を縮めるような、内臓が酸で分解されるような、胸につまる痛みを覚えた。それは、亀に愛された印だった。
喜びと興奮で起き上がると、フェルナンドは亀に、その事を訴えた。
「亀、……ぁぁ、亀、胸が痛い、ありがとう! 僕を愛してくれた! 亀が僕を……っ!」
「っ……」
驚いたような、慌てたような、微妙な表情で、亀はフェルナンドから目を背けた。
「嬉しい、……亀、……ありがとう、……叶わないと思っていた、……こうなることは、無理だと思っていた」
唇を奪って、口内を舐め回す。その間も痛みがあり、吐き気を伴う鈍痛が、骨の隅々を襲った。
「……やめろ、っフェルナンド、……」
「痛い、亀、全身……っ、砕けそうだ」
亀の足の間に、するりと指を入れ、くぬっと中を拡げた。
「……っンぁ?!」
ずるる、と亀の中に腰を沈めると、首の骨に割れるような痛みを覚えた。
「んぐ、……んん?! っ……っめろ、殺しちまうから、……離れろ、……俺から離れろ、……っ、バカ馬っ」
背骨に泡立つような、熱さを感じながら腰を振る。
「ぅ、っん、ぁ?! ……あっ?! ……ぁ、あっ」
「愛してるよ、亀、ありがとう、やっと通いあった」
ぎゅっと鼻に皺を寄せて、遠くを見る目をした亀の頭を撫でる。抱き締めると、にゅうっと中が蠢いて喜びを示してくれた。
「亀……っ!」
名を呼ぶと、ついに息ができなくなり、目の前が真っ白になった。

「亀……?」
終わりは突然で、しかし、フェルナンドの預り知らぬところで、計画的に進められていたようだった。
目の覚めたフェルナンドの傍、昨夜、熱く交わっていた相手、亀は消えていた。屋敷中、何処を探しても亀の姿がなく、屋敷の者全てに捜索をさせても見つけられなかった。
亀は友の力を借り、フェルナンドの元から逃れた。それはとても簡単な事だったのだが、思い付きもしなかった。
契約はつまり、亀の意思を縛るもの。
亀は友人に、亀を拐わせたのである。その事がわかるのは、事件のずっと後の事で。結果として、フェルナンドは亀に命を吸われず生き延びた。
当然、フェルナンドは亀を捜索した。倭国にも協力を仰いだ。
そこで紹介されたのが土地の岡引、鶴だった。
この鶴は、亀の雲隠れに荷担していた男だったのだが、この時は初対面で、亀との関わりなど想像すら出来なかった。
人形のように整った顔に、無数の猛々しい傷をつけた柄の悪い井手達と、乱暴な態度、無法者の香り。
しかし、土着の有力者らしい頼りになる受け答えと、的確な質問をされていくうち、フェルナンドは鶴をすっかり信用した。
いよいよ倭国内の、悪魔と妖怪の対立は激しさを増しており、妖怪で頼れる相手が、酷く限られていたのもある。鶴が全て任せて欲しい、フェルナンド自身には余計な行動をしないで欲しいと言うので、大人しく屋敷で鶴の働きを待った。
そして、優秀な鶴は二日後、亀からの手紙を持ってフェルナンドの元を訪れた。そこには、亀の切実な願いがしたためられていた。
愛したものの命を吸う、己の身の不幸を嘆き、これまで多くの哀しみを体験して来た事を訴えていた。
愛で殺してしまう恐れがあるから、フェルナンドと距離を置きたい事。亀がいかにフェルナンドを失いたくないか。フェルナンドの死によって辛い想いをするか。切々と綴られており、フェルナンドは赤面した。
亀の時折見せる寂しそうな、崩れるものを眺めるような痛々しそうな視線を思い出した。あれは、愛した故に滅ぼして来た者達の事を想っていたのだろう。
その手紙を読んで、フェルナンドは亀に再び会う事を諦めた。しかし、亀への想いは数日離れただけで転げたく成る程、強烈に募った。せめて、亀の姿を拝みたい。
鶴に頼んで、知り合いの画家を亀の元に送った。画家は西洋で名を馳せた緻密な筆致の天才だった。
画家はフェルナンドの元に、一月に一枚のペースで亀の絵を送った。細かな画家の筆遣いで、そこに生きているように描かれた愛しい亀は、始めこそフェルナンドを癒した。しかし次第に、フェルナンドの亀に触れたいという欲を増長させ苦しめる元になった。
それは、画家が性的な欲求に究極を感じる男であったことも災いしていた。画家の描く亀はいつもやたらと艶かしく、実際、亀という男は色を商売にしていたので、そうした空気を常に纏わせていた事もあるのだが。絵が、やたらと扇情的なのである。フェルナンドは亀への欲望が、再び暴力的な激しさを持って昂っていくのを感じた。亀が恋しいあまりに、大男の身で、泣き止めぬ夜もあった。
そんなある日、画家はフェルナンドに囁いた。自分は亀の居所を知っている。
画家の手では買えない貴重な美容液と交換で、亀の元にフェルナンドを連れて行く。
画家は、あの粗野だが美しい岡引の鶴に夢中になっており、鶴の顔の傷を何としても治したいと語った。フェルナンドは、画家の願いを聞き届け亀に会いに行った。
画家に美容液を施してやるという善行が、フェルナンドの判断を狂わせた。フェルナンドを失いたく無いという亀の心を気遣う気持ちが、亀に触れたい欲に負けた。負けたという意識もない、勢いのままの行動だった。

亀は泉岳寺の裏、竹藪の中にある鶴の家の庭先で、蟻の巣を眺めていた。
亀がフェルナンドの元を去って、丁度一周、季節が回り、庭は生命の匂いで溢れた、むっとする緑と鮮やかな花々で埋まっていた。
騒ぎを起こしそうな黒い雲の隙間から、青い空が急にぽっかりと出ている不思議な空。
真っ白の陽が、雲の切れ間から、沢山の植物のうち亀の周りにある少しだけを特別に照らしていた。
庭には敷石があり、フェルナンドはその硬い道を、革靴の音をさせて亀に近付いた。
「鶴は出てるぜ、油臭ぇから寄るなよキチガイ
フェルナンドを画家と勘違いしたらしい、亀は下を向いた姿勢を崩さず、こちらに、微妙に背を向けたまま声を掛けて来た。
「亀……」
名を呼んだ瞬間、シュワシュワシュワシュワと草むらで虫が鳴き出した。
亀は停止している。近付いて抱き締めると、盛大に胸を押された。亀はフェルナンドを突き飛ばそうとしたようだったが、覚悟して抱き付いたので、身体が離れ離れになる事はなかった。
「亀、……亀、亀、……っ」
名を連呼すると、亀は耳を塞いだ。しかし、腕の骨、頭蓋骨、背骨を、泡のようなものがジワジワと蝕む感触は、紛れもない亀の愛情だった。
「どうやって、ここに来た?!」
「会いたかった、亀、僕を恨む?」
「糞!! 離れろ!!!」
「会いたかったんだ!!」
いっそ、遠くへ逃れれば良かったのだ。フェルナンドを殺さないよう、やれることをやりきるとしたら、亀はフェルナンドが、簡単に場所を特定出来ないような場所にいくらでも行けた。しかし、そこまで徹底出来なかったのは、心の何処かで、このように出会ってしまう事を期待していたのだ。
「嫌だ、もう嫌だ、……失いたく無い、頼む、フェルナンド、……離してくれ、離れてくれ!」
「時間が無い、素直になって、この瞬間を最高にして、亀、幸せな死を、僕に送って、……勝手でごめんね」
恐る恐る、亀がフェルナンドの腰に腕を回す。フェルナンドのキスを受け入れフェルナンドに抱き付いた。
フェルナンドは亀とキスを交わしながら、中指を亀に挿入して、細かく震わせた。
「ふ、……ぁ?! っ……ぁ」
感じ入った声を上げ、亀がぎゅっと強く抱きついて来たその時、亀の姿が見えなくなった。命を吸われることは、即ち妖質の消滅である。頭から消えるとは、残念な事だ。
 愛しい肉の感触に包まれた指からも力が抜け、最後は革靴の中に収まっていた足の、微妙な冷えの感触だけが残った。それと、亀が愛しくて堪らなかったという、確かな感情が、その場に漂う。
 フェルナンドの消えた庭先で、亀がよろけて倒れ、フェルナンドの指を追って、己に指を挿入し、浅ましく一人で悶えたことを、フェルナンドが知ることは永遠になかった。

 フェルナンドの幸せな死は、色鮮やかな花々にしんしんと溶けていった。



2015.2.22