からめ

『筋肉と恋人』(悪女×男前)

 出資者の指示で育て屋ベケットに会った。
 ベケットにはすでに弟子が一人。
 この弟子を倒せば、新しい弟子になれる。

 ベケットは大国フィオーレに目を掛けられている育て屋だった。ベケットに送り出してもらえれば、フィオーレの最高兵士『ゴドー』の地位を得るのも夢じゃない。『ゴドー』になれなくても、ジェキンス兵と呼ばれる高給兵士には、確実になれるという。
「初めまして」
 極めて男性的な低い声で握手を求めた。カラツボの中心地にある会員制ホテル、その最上階。
「リャマ・ビクーニャです」
ベケットだ」
 黒く四角いテーブルの横で向かい合って挨拶をすると、ベケットの厳しい視線が全身に刺さってきた。紹介者である私の出資者、ライさんの横で、ベケットは鼻の頭を掻いていた。
「握手は苦手なんだ」
 ベケットの手は、ズボンのポケットに隠されたまま。態度が悪い。手を引っ込めて、笑みを作る。
「私は現在、クレア・フィオーレ様、ザモ・マグラン様を筆頭に、ヴェレノ兵士新興会、ヴェレノ闘技部会、フィオーレ闘技部会、ヴィンチ健全兵育会、シグマ・ヴェレノ様、ジェド・ヴェレノ様、ニガー・ヴィンチ様、メディア・ルーキン様、アントニオ・トルテ様、ガザ・ヴィンセント様、こちらのライ・イフ・コープス様方からご支援いただき、兵役についております。先月フィオーレ一般闘技、青年の部で一等を取りました」
「最近の一般闘技は実力主義じゃないからな」
「……では何主義なのでしょう」
「享楽主義、おまえみたいな少し顔の良い優男に沢山応援票が入るだろう? そうすると実力者数名に大会から声が掛かる。負けてくれとな」
「っ……」
「無礼なことを」
 ライさんが声を上げてくれなければ、殴るか罵るかやっていただろう、気を静めるためにまた笑みを作った。
「元女としましては、容姿にご評価頂けてありがたい」
「女じゃ中の下だが男じゃなかなかのもんだ、男顔なんだな。おまえの性の選択は正しかった。武の才能も男の筋肉あってこそ生かせるものだ」
「……」
「だが信用ならん、女は女に戻りたがる」
「好きで男になったわけじゃないですから」
「リャマ君」
 ライさんに窘められ、はっとして口を閉じた。都合の悪いことを言ってしまった。しかし貧しさを理由に転換したことを、理解して欲しかった。
「好きで男になったわけじゃない? おまえは男になろうとしてなったんだ。もとから男で生まれて来たわけじゃないだろう? 何をとぼけたことを! 何が理由でも自分の選択に責任を持て。見かけが男で根性が女じゃ最悪だぞ、甘ったれが、潔く生きろ!」
 糞ジジイ。という言葉を飲み込んで、口端を上げた。頬がひくついている。こんな奴の下につくのは嫌かもしれないなぁ。
「リャマ君は今やカラツボで一番の強者ですよ。ヴェレノの紳士もフィオーレの淑女も、彼の噂を聞けば必ず出資すると言い出します。この私も……」
「うちの馬鹿が成人したら二番の強者になるぜ」
 ベケットは猫背でくたびれた中年男だが、目の光の鋭さは猛禽のようで油断ならない。自分の育てている戦士に自信を持っているらしく、緩い笑みを浮かべている。少しだけ好感が持てた。己の商品を信じ、誇っている育て屋は気持ちが良い。
「常に強者の弟子を取るのでは?」
 ライさんが詰め寄った。
「そいつがうちのに勝てるっていうのか」
「まぁお座り下さい」
 その後は延々と私の過去の戦闘シーン上映。テーブルの上に置かれたプレイヤーが、ヴーンと低く唸るのを聞きながら、滅多に口にできない高級なコース料理を平らげるのに集中する。上映が終わった後、ベケットは溜息をついた。
「リャマと言ったか」
「はい」
「男になりきれるか」
「どういう意味でしょう」
「女に戻る気は、ゼロなのかと聞いている」
「ゼロですね、今更、ここまで逞しく成長しておいて戻れませんよ」
「戻れたら戻るのか」
「……」
「戻らないと誓うなら、うちのと一戦やって、勝ったら弟子にしてやる」
 突然、潮の流れが変わったので驚いてライさんを見ると、満足気に頷いている。
「戻りません、誓います」
「随分簡単に誓うんだな」
 誓わないと一戦許さないんだろ。
 誓わないと良い職が遠のくじゃないか。
「私は、その、……裕福になりたくて、そのためには女とか男とか、こだわってられませんので」
「裕福?」
 ベケットが顔を顰めた。
「いや、あの、もちろん、誰よりも強くなることが一番の夢ですが、ついでに、その……、成り上がりたいな、と、思っていて」
「どうも、俺はおまえの人格は好きになれんな」
「私だってあんたみたいな面倒くさいオッサン、好きじゃない」
「……ふっ、だろうな、俺達は気が合わん、しかしおまえの戦闘力は本物だ」
「……」
「少し悩ませろ。おまえの誓いは無効だ。金持ちになるのが夢なら、金持ちになったら女に戻るだろうおまえ。それじゃぁ駄目なんだ。俺が育てたいのはフィオーレの『ゴドー』だ。フィオーレの守り神」
「守り神……」
「……二ヶ月俺の元に来い。弟子同然に鍛えてやる。その二ヶ月の間に腹を決める。おまえはうちの馬鹿より強い。だが、うちの馬鹿はおまえより意志が固い。悩みどころだ。二人を並べて考えたい」
 思わず、私とライさんは目を合わせて笑った。


「じゃぁ、決まりそうなんだ、弟子入り」
「うん、だから中央に引越しだ、ごめんね」
「なんで謝るの」
「もうここには来られなくなるから、寂しい思いさせちゃうなって」
 行き着けの娼館、馴染みの娼婦ユタの横に腰をおろし、髪を拭きながら冗談を飛ばした。
「寂しい思いなんか、させないでよ」
 つれない冗談が飛んでくると思ったのに、驚いて横を向くと、娼婦は真面目な顔で、私を見上げていた。小さな顔に乗った、つぶらな目と小さな鼻、たらこがちの唇が愛らしい。
「会えなくなるなんて嫌、あたしここ抜け出してあんたのとこ行くわ、そうしたら、お願い、買いとってなんて言わないから、盗んでとかも言わない、自力で抜け出すから、抜け出せたら匿って」
「そんな危険なことしないで、引越してもまた来るよ。どんなに遠くに行っても俺はユタの客だ、他の娼婦のところにはいかないよ、ユタだけだ、ね、だから物騒なこと言わないで」
「あたしもあんただけの娼婦になりたいの」
「……」
 若い娼婦は時折客に恋をすると聞いたことがあるが、もしかしたらこの娼婦は、私を好いてくれているのかもしれない。男の姿をしていれば、男の友人ができ、男の付き合いで娼館を知った。娼婦を可愛く思って、通うようになった。女体に欲望がわく自分に驚きつつ、そんな自分が嫌じゃなかった。挿し込むものがないから、痴態を拝むだけ。それでも楽しかった。
「あんたみたいな玉無し男、夫にしたいと思うの、あたしぐらいなんだから、あんたみたいな、優しい男、守れるのもあたしぐらいだしっ、子どもなんかできなくてもいいし、身体繋げられなくてもいいの、傍にいたいの」
 愛を感じて、思わず抱き寄せるとユタは泣き出した。
「ありがとうユタ、良い思い出にするよ」
「思い出になんかなりたくないわ!」
「俺はまだ家がない、君が来てくれても、迎えられる家がないんだよ」
 言いながら鼻がつんとして、涙ぐんでいた。
「また来るよ」


 ベケットの家は中央地の外れ、沼地の奥にヒッソリと、隠れ家のように建っていた。周囲を林が鬱蒼と囲っていて、近くまで行かないとわからないぐらい、その小屋は自然に溶け込んでいた。庭には少しの野菜や、薬草の類が植わっている。家の前には大きな男の子が待っていた。
 十四歳と聞いていたが、身長は百七十を越えているだろう。貧国カラツボでは珍しい、発育の良い子ども。彼は無邪気な笑みを浮かべ、私の少し前を歩いていたライさんに走り寄った。
「お久しぶりです、ライさん!」
「今日はおまえの後輩を連れて来たよ、歳はおまえより上だけどね」
 彼はライさんに向けた笑顔のまま、私を見て、笑顔を消した。少し怯えたように顔を顰め、家を見て、また私を見た。
「始めまして、……俺はリャマ・ビクーニャ
 沈黙。挨拶のできない子どもか? 
「……ゴドーです」
 ゴドーはやっと名前だけ漏らして、ライさんを見た。意地悪をされた弱虫のような顔つきだった。
「元からゴドーという名前なんだっけ、ゴドーになるために生まれて来たようなもんだね」
「……う、……はい」
 ゴドーは背の高い子どもだったが、私よりは少し背が低く、丁度口元に顔があった。見上げるゴドーの顔は男らしいがあどけない。緩い笑みを浮かべて、眉を上げるとゴドーは視線を逸らした。
「俺が怖いの?」
 聞くと、はっとして目を合わせて来た。
「怖くない」
「ホントに?」
 からかうよう覗き込むと、ゴドーは睨みを利かせて来た。
「ゴドー、この人は女の人だよ」
「えっ?!」
 ライさんの紳士な紹介に、思わず顔を顰めた。
「このタイミングで言わなくても」
「このタイミング以外にどのタイミングがあるんだ、言わなければ絶対に気づけないだろう」
 ゴドーの目が訝しげに、私の顔、首、肩、腕を巡り、がっしりとした腰をとらえた。
「どう見ても男だと思います、けど」
 下を向いて、素直な感想を述べる子どもの頭を撫でた。
「それでいい、俺は転換者だ」
「……」
 カラツボの子どもなら、転換者の噂を耳にすることがあるだろう。ゴドーは顔を上げ、合点のいった様子で神妙に眉を寄せた。
「出身は?」
 ゴドーからの質問。
「西」
「……俺も西だ」
「そう」
「逆もあるんだな」
「将来を見越すとね」
 娼婦の稼ぎが一番良い国で、男が女に転換することは少なくない。女が男になることは、あまり例がなかったが、兵士の人身売買業が賑わい始めているから、これからは増えるだろう。
「どう扱えばいいんだ」
「男にしか見えないだろ」
「まぁ」
「女扱いしてみろよ」
「無理」
「だろ」
 一度撫でた頭を、パンと叩いて笑う。私は恐らくこの時期、一番男だった。早くベケットの弟子になり、職を得てユタを向かえに行きたかった。ゴドーから居場所を奪うことになるという意識はあまりなかった。ライさんがゴドーを引き取りたがっており、ライさんのもとに行けば、ゴドーは幸せな子どもになれると考えていたためだ。
 二ヶ月の共同生活の中で、私はゴドーのやることなすことの全てで一つ上を行っていた。しかし、ついに明日、ベケットが判定を下すというところで、私は腹に激痛を覚えて医者の手に掛かった。女の臓器を持ちながら、男の成長をした身体にはやはり負荷が掛かっていた。女の臓器が、腐ろうとしていた。切除してしまえば、この先痛むことはなくなるというので、手術の予約を入れた。完全な性転換。迷いはなかった。ユタは女で、男の私を愛している。ベケットに事情を話すと、手を打って喜んだ。私に出資する偉い人達も皆、ベケットと同じ反応だろう。散り散りだが、辛うじている家族にも、ここ数年、男として接してきた。男として頼られて来た。私という人間は、男であるほうが都合が良い。
 女としての友達、女としての家族、女としての恋人、女の私は何も持っていなかった。誰も私という女を惜しまない。哀しい女の最期だった。
 男になるつもりの、男の私が少しだけ、同情で惜しんでやる。さようなら、野心家の大女よ、骨太の少女よ。

 性転換専門の、病院の待合室で番を待っていると、よく知った悲鳴が入り口から聞こえた。
「いやっ、私手術なんか受けないわ、離して、離してよっ」
 聞き違えるはずのない、ユタの声。数人の男達に取り押さえられて、引き摺られるように入って来た可憐な想い人の姿に、胸が一杯になった。ひと目見れただけで幸せになれる。私は単純な男だった。こんなところで再開しようとは。
「ユタ!」
 声を掛けると、ユタは私を見てはっとした。そして涙ぐんだ。
「どうしてこんなところに?」
「それはこっちの台詞だけど」
「……あぁ、リャマ」
「会いたかったよユタ……!」
 娼婦にはよく訪れる悲劇。避妊させられるのだろう。私は軽々とユタを取り押さえていた男達を蹴散した。訓練をつみ、屈強な男の腕力を持つ私に、軽く鍛えているだけの男数人を倒すのは訳のないことだった。
「リャマ」
 男達を倒し終えた私に、ユタは抱きついて歓声を上げた。
「好きだわ、大好きだわ、愛してるわリャマ」
「俺もだよユタ、家が買えたら迎えに行くからね、それまで元気にしているんだよ」
「駄目よ、今すぐ連れ去ってくれないと、また避妊手術を受けさせられるわ」
「……」
「私もう貴方以外と寝たくないの、家なんかなくていい、お願い、傍において」
 ユタの滑らかな頬に、骨ばった男の手を添えた。ユタの細く小さな手が、その手を握って来て、庇護欲を誘われる。
「本当に連れ去るよ?」
 ユタは艶やかに笑って目を閉じた。唇を重ねると、ユタは私の首に腕を回し、豊かな胸を押し付けて来た。
「騙されるなよ色男、そいつは男だぜ」
 息絶え絶えの声が、足元から聞こえた。倒した男の一人が、ユタを指差して笑っていた。
「え……?!」
 信じられない思いでユタを見つめると、ユタはみるみる青くなり、目に涙を浮かべ、口元に手を当てた。
「ごめんなさい」
「ユタ?」
「女になりたかったわけじゃないの、俺、いつでも戻りたかったから、貴方のために女になろうとしたけど、俺は男だから、貴方が好きで、けど俺は男なんだよ」
「っ」
 売られたユタの身はユタの意志に反し、女に作られていった。ユタはそれを不服に思いながら、軽い仕事を取るだけの立場でどうにか生きて来た。娼婦に下半身を求めない客の相手をしながら、自己の性への執着を捨てきれず、苦しんできたのだ。
「ユタ……」
 ユタは青い顔をしたまま、私に背を向けた。走って病院を飛び出したユタの後を追ったが、どんな道を使ったのか、何度か曲がられているうちに見失った。ユタが男であるなら、私も、女を捨てるのはまだ早い気がした。
 医者に相談をすると、今の男性ホルモンの注射に、女性ホルモンを加えることで、どうにか臓器の腐敗をしのげるという。
 しかし、私の選択はベケットの不興を買い、さらに想定外、ゴドーとの勝負に、私は敗れてしまった。
 私は、ベケットとゴドーの元を去らなければならない。ゴドーは私に対し常に捻くれて居たが、別れの朝だけ、素直に寂しいと言った。ライさんがゴドーを引き取りたがる気持ちが、わかったような気がした。良い子息になるだろう。


 私がベケットの眼鏡に適わなかったことで、私の出資者は三分の一になった。ユタはあの日、消えたきり例の娼館にも戻らず行方不明。私は一般闘技で地道に金を稼ぎ、アウレリウスの試験を受け、ヴェレノ邸勤務の身になった。仕事を覚えて、人脈の出来始めた頃、カラツボの娼館に行こうという話が持ち上がった。
 余所者の目で見たカラツボは砂っぽくて貧しくて、煌びやかで快楽ばかり主張する堕落した国だった。病気の検診を定期的にやっているという、会員制の、安全を売りにした店に入った。娼婦と娼夫を扱う店で、本館は男娼専門だという。店の天井には最新の大型テレビがつけてあり、娼婦や娼夫の宣伝映像が流れている。数人、娼婦とも娼夫とも取れない人物が混ざっており、その中に見知った顔。
「……、ユタ?」
「おや、お客さん、お決まりですか?」
「彼女を呼んでください」
 画面の中のユタは女の上半身と、女の仕草をしながら、下半身の男性器を扱いていた。ユタを指名した私を、仲間達が信じられないものを見る目で眺めた。しかし、私は気にせずにユタのため、財布を取り出した。
「……あっ」
 しかし、ユタはどうやら売れっ子らしく、馬鹿高い金額がついていた。
「遠慮、します……」
 上擦った声を上げた私に同情し、仲間達が財布を次々に取り出す。
「おい、俺8fまで貸せるけど」
「俺は5」
「……俺、2」
 持ってきた金は12f、仲間達に借りても27fで、ユタを買うには300f必要だった。桁が違う。
「誰が買うんですか、あんな金額で」
 思わずカウンターの男に質問した。
「ああ、あれは買わせないための額ですよ、すみません」
「……は?!」
「彼女、寿退社するんです」
 音が聞こえなくなるほどのショックを、生まれて初めて味わった。店内の騒がしさがまったく耳に入らない。
「どういう意味でしょう?」
「妻として引き取られるんですよ」
「本人は納得しているんですか?」
「しているみたいですね、相手方はあの状態を認めて下さるみたいで、それが決め手になったとか。あ、あの状態っていうのは、身体のあの状態のことですが」
「……はぁ」
 暗い声で応じた後、出入り口に向かった。もう女遊びをするような気分ではなくなっていた。
「リャマ、どした?」
「帰る」
「えっ、なんで」
「あの娼婦知り合いだったのか?」
「昔の恋人」
 店内がシーンとなり、皆が私に同情の目を向けた。

 仲間達と別れて、一人ヴェレノへ。拾った車の中から、街の端で、現地人と乱闘する婦人の姿を見た。恐ろしく強い彼女の、美しい顔に見惚れながら、見覚えがあるなと記憶を辿る。……上司だ。
「ルーキン様」
「あらやだ」
 車を出て婦人の手を引き、車に招いた。
「誘拐でもする気かしら、怖いわ」
「お助けしたつもりです」
「ふふ、そうなの、じゃぁありがと」
「何故こんなところに?」
「女の子を買いに……、うっかり街の端に迷い込んじゃって」
「女を? ……婦人が?」
 怪訝な目で見てしまった。婦人は少しだけ不機嫌な顔になり、私の股間を掴んだ。
「ふぎゃっ?!」
「貴方だって女のくせに女を買いに来てたんでしょ、おあいこじゃない」
「俺は男です」
「ナイくせに」
「怒りますよ」
「女になりなさいよ」
「はぁ?!」
「付け加えると、私の女になりなさい、貴方の顔好みだわ」
「……両刀なんですね」
「いーえ、レズビアンよ、貴方をおんなのことして、可愛がりたいの。ね、このままじゃ性欲がおさまらないわ。リャマ、できるでしょ、……貴方は、女の子を」
 婦人の手がなかなか股間を離れないので、気恥ずかしくなって来て顔に熱が集まる。
「なぁに照れてるの、可愛いわね」
「ちょっと手、やめて下さい」
 婦人の手はいよいよ、いやらしく動いて悪戯をはじめていた。
「あの、……っは、だから、やめろって!!」
 思わず大きな男声で、婦人の腕を掴む。
「勘弁しろ、俺は今失恋で胸が一杯なんだよ! 何がおんなのこだ、見ろこの身体を、どこを切っても太い骨と筋肉だ! 柔らかさなんて欠片もない、顔だって男らしく厳ついだろうが」
「でも女の影があるわ」
「っ」
「おんなのことして愛されたことある? くすぐったくて気持ち良い思いをしたことがある? 私は貴方をおんなのこにできるし、おんなのこの貴方を愛せるわよ?」
「……」
 大きな手で顔を覆う。太い眉を親指でなぞりながら、砂っぽい外の景色を眺めた。誰からも求められなかった女の自分を、求める人。顔を覆う手の指に、婦人はキスをして来た。世の中には自分が男だとか女だとか、ハッキリと認識して、主張できる者がいるらしいが、リャマの場合は違う。どちらなのかわからない。いつまでわからないままなのか、それもわからない。不安に駆られて婦人を抱きしめようとして、逆に抱きしめられ頭を撫でられた。


2011/10/02



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