からめ

からめ

小説担当むーと漫画担当みーによる創作BLを公開しています。

『うしのきもち』(生真面目×俺様)

 小学校の時に参加した友人宅のクリスマス会。社会人一年目の時に経験した恋人と過ごす落ち着きあるイブの食事。思い出は美しくぼやけているが、未来は恐ろしく鮮明だ。

 

「家族と俺と、どっちが大事なんだよ」

 不貞腐れた牛鬼を前に、あら太は項垂れていた。あら太とその恋人、牛鬼の勤めている『怪PR社』が入ったビルは、地下の妖怪タウンに向けて氷柱のように天から垂れている。

 その最下層には、妖怪タウンの夜景が見える、広く大きな窓と透明な床があった。景色を楽しめるカフェとバーの機能を持った店がついており、あら太と牛鬼はそこを利用していたのだが、生憎、あら太はこの景色を楽しめず、席に座っていた。

 クリスマスの連休についての話で、牛鬼と揉めていたのだ。

 牛鬼はあら太と旅行をしたくて、あら太は両親と過ごしたかった。そのため、冒頭の台詞を吐かれたのである。

「父さんが……、帰って来るので」

 今年のクリスマスは家で、親子三人睦まじく食事をしたいのだという母親の願いを、父親があら太に打診して来たのはつい先日の事。あら太は内心、牛鬼に悪い気持ちや牛鬼と過ごしたいという自分の気持ちがあったが、承知した。

 人として育てて貰ったのに妖怪の会社に入り、ただでさえ両親に負い目があるあら太としては、両親の小さな我侭に、出来るだけ応じたかった。

「関係ねーだろ」

「あるんです……うちの父は、転勤族なので。本当に、久しぶりなんです、家族が揃うの。だから母が、家族でクリスマスをやりたいと」

 あら太の父親は私立の有名小学校で教師をしており、勤務先は全国だ。単身赴任で遠くに行ってしまうと最後、なかなか帰って来れない。母親も教師だが、こちらは公立だ。父親と違って遠くへの転勤はないが、逆に場所を変えて働く事が出来ない職であり、父親とはいつも離れ離れなのである。

 その二人が、今度クリスマスに揃う。

 せっかくなので、二人で過ごしたらと言ってみたが、この二人は残念な事に、あら太を挟まないと会話が続かないのだ。

「なんでまた、クリスマスなんて時期に揃うんだ、おまえの両親は!通信簿とか付けなきゃいけなくて大変な時期なんじゃないのか?」

「それが……」

 両親は仕事が早く、通信簿作業などに追われないのである。

 申し訳なさそうに縮こまるあら太に、牛鬼は溜息をついた。

 

 『怪PR社』の入ったビルは、武蔵国川越の時の鐘の地下にある。時の鐘のある町は、小江戸と呼ばれ、江戸の町の景色をそのまま残した通りとして、現在は観光地となり賑わっていた。観光地らしく、江戸の町並に似た佇まいの渋い店達の陰に、そっと現代風の店も混じっており、ひとつ路地に入れば、手頃なカフェやチェーン店がひしめいている。

 第一営業部の部長である鶴に呼び止められて、連れて来られたカフェはあら太がいつも入る所よりも単価が高く、客層が落ち着いている。そわそわする心を押さえ、珈琲を口に含ませながら、あら太は鶴が喋り出すのを待っていた。

「次の休み、空いてるか」

 鶴はむすっとした顔で、そう切り出して来た。

 珍しく牛鬼が誘いを入れて来なかった日で丁度空いていたので、頷くと、鶴はちっと舌打ちしてそっぽを向いた。

「奴ら、やっぱ二人きりで出掛ける気ぃみてぇだな」

「やつ…ら?」

「鬼李と牛鬼だよ」

 苦々しい声で、鶴が唸るので、あら太はやっと状況を把握した。いつも鶴の尻を追い掛けている、第一営業部の小野森鬼李は気が多く、美麗な見た目の男にはまず簡単なモーションを掛ける。この鬼李が、牛鬼をとても気に入っている事は有名な話だ。

 数日前、クリスマスを家族と過ごすと言い切り、牛鬼に思い切り、不満顔をされたあら太である。胸一杯に、灰色の嫌な予感が広がったのは言うまでもない。

「お二人とも、仲良しですからねぇ」

「デキてんだよ」

 優しく表現したあら太に対し、鶴は断定口調で、辛い言葉を吐いた。鶴は元々は鬼李と恋仲であったが、鬼李の気の多さに嫌気が差し、幕末の頃、当時近しい関係であった赤鬼に乗り換えた口である。その赤鬼も、本命は別に居て、今はその本命と良い仲であるというから、近頃の鶴は常に不機嫌顔だ。

 綺麗な顔が、台無しだ、とこっそり思う。

 目の前に座る鶴の顔立ちは、溜息が出る程美しい。描いたように形の良い眉に、すらりと持ち上がった細目を縁取る睫毛は長く、色合いが淡くて美しい。細い鼻筋と眉目のバランスが絶妙で、人形を眺めているような気持ちにさせられる。

「鶴さんなら、もっと、他に良い人がいくらでも見つかるような気がしますが」

 思わず、何も考えずに口にして、はっとした。

「何だそりゃ」

 鶴の目がくっと開かれて、黒目がちの瞳が揺れた。

「俺が鬼李にやきもち妬いてるみてぇな言い方だな」

「・・・違うんですか?」

 鶴は珈琲から口を離すと、戸惑ったように唇を震わせた。

「鬼李はただの借金取りで、俺は借人だ」

 詳細はよく知らないのだが、鶴は身動きの取れない程の借金を抱えていた時期があり、鬼李に肩代わりして貰った事がある。その縁で今、鶴は鬼李に頭が上がらず、一緒に居るらしい。恋仲のように見えるが、そうじゃないと鶴は断言する。

「でも鶴さん・・・」

 ただの借金取りが、毎日借人の傍に張り付いて、好きだ好きだと言い続けるでしょうか。そもそも鬼李さんは鶴さんが好きで、鶴さんを助けたいから借金の肩代わりをしたんじゃないでしょうか。

 という事を、あら太が言い出せずにもじもじしていると、鶴はケーキメニューをじっと眺め始めた。そして、俺はショートケーキを頼むけど、おまえは?と言い出したので、俺は要りませんと首を振ると、じゃぁチョコレートケーキな、と勝手に決められた。

 すいっと手を挙げて店員を呼ぶ鶴を、あら太はじっと見つめた。

 涼しげな横顔に、寂しさの陰が降りて魔のような色気がある。あら太の視線に気がつくと、鶴は照れた顔で何だよと口パクした。俳優のような鶴の顔が魅せた、悪戯っぽい表情が胸にぐっと来る。どきどきした余りそっぽを向いていると、こつんと足先を蹴られた。

「それより、おまえだ、あら太、牛鬼とはちゃんとやる事やってんだろ?どうして浮気なんかされてやがんだよ」

 鶴の美しい顔によって、夢のような気持ちになっていた心が戻る。浮気、という言葉が胸にずんと伸し掛って来て、あら太はさぁっと青ざめると、鶴を見た。今度はときめく処ではない。綺麗な顔は綺麗なまま、恐ろしい現実を迫って来ていた。

「浮気っ、されてるんでしょうか?」

「さぁな」

 放り出された答えが、あら太の頭の中にとある妄想を生んだ。鬼李を家に上げた牛鬼が振り返ると、鬼李が色男顔で迫って来ており、駄目だよ鬼李さん俺にはあら太が!という牛鬼の言葉を無視して、牛鬼を押し倒す鬼李。牛鬼は少し暴れるが、鬼李の金縛りに叶わず、無念そうな顔で服の前を開かれる。

「駄目!牛鬼さん!逃げて!!」

 思わず大声を上げたあら太に、鶴は少し驚いた顔をした。

「おいどうした、嘘だよ、ワリかったな、牛鬼は恋人が居るときゃ鬼李を退ける、大丈夫だ、そこんとこは牛鬼を信じろ」

 信じろと言われても、鬼李なら牛鬼を力づくでどうこうする事が出来る。

 あら太はぶんぶんと頭を振った。

「後を、つけましょう、・・・鶴さん」

「あ゛?」

「次の休み、二人は出かけるんですよね?現行犯逮捕です、鬼李さんが牛鬼さんを襲ったら、鶴さんが出て行って止めてください、俺は牛鬼さんを保護します」

 鶴はぽかんと口を開けて、あら太を見ていたが、少し笑いを含んだ顔でいいぜと言った。美男を次次と手に掛ける不届き者を退治してやろう、と凄む。あら太は鶴の手を取り、教えてくれてありがとうございました。と言うと、きりりと顔を引き締めた。

 鬼李と牛鬼は、新宿のサザンテラス口で待ち合わせ、楽しそうに冗談を飛ばし合いながら高島屋に繋がる橋に向かった。途中にあるJR東日本のビル前に、suicaペンギンのクリスマス仕様ディスプレイが飾られており、二人は肩を寄せ合って撮ってみた写真を見せ合った。どこからどう見ても男同士の恋人という風で、あら太は胸が痛んだ。

 鶴から借りた虚装のセットであら太は子どもに、鶴はその母親に扮しているため、二人にはまず気づかれないと思うが、逆にそれが不安だった。

 見たくないものを、見てしまわないだろうか。二人が内緒で行っている、見てはいけないものを、見てしまわないだろうか。

 走り交う電車の上に掛かった橋を渡る二人は、手でも繋ぎそうな程、距離が近い。

「やっぱデキてるな」

 呆れ顔で呟く鶴の横で、あら太は途方に暮れた。仮に鬼李と牛鬼がデキていたとして、牛鬼との縁を切れる程の強い心を、あら太は持ち合わせていなかった。鬼李との関係に、気がつかない振りをして、牛鬼の傍に居続けたい。そんなあら太の気持ちを、鶴は軽蔑するだろうし、牛鬼は困るだろう。

 まず、今日の目的は、その気がない牛鬼に、鬼李が無体を働こうとするのを防ぐ事。それが、牛鬼の方にその気がある場合、どうなるのだろう。仲睦まじい二人を、あら太と鶴はただ見ている事しか出来ない。

「鶴さん、帰りましょう」

「おいおい、まだ1時間も張ってねーぞ」

「もう十分です」

「あら太……」

 つんと鼻に痛みが走り、舌が震える。

「牛鬼さんは、嫌がってませんでした、俺、鬼李さんが牛鬼さんにちょっかい掛けるとこ、良く見てましたけど、牛鬼さんは嫌がってて、だから今日は助けなきゃって思って、でも、牛鬼さんは嫌がってなかった」

 何とか涙は堪えて、あら太は鬼李と牛鬼の二人にくるりと背を向けた。戸惑った顔の鶴に笑いかけて、鶴の手を握ると、ぐんぐんと二人とは反対の方向に鶴を連れて歩き去った。

 結局、鬼李と牛鬼の監視のために繰り出した新宿で、鶴と二人、映画を観て帰って来た休み明け、牛鬼は何事もなくあら太に接した。

 あら太が鶴と映画館に行った話をすると、鶴さんに変な事をされなかったか、と逆に心配をされて笑えた。牛鬼さんが鬼李さんにされたような事は、されませんでしたよという厭味が喉元まで出掛かった。

 あら太と牛鬼の間が、ぎくしゃくし始めたのはそれからである。主にあら太が、牛鬼を避けて過ごした。補佐として必要最低限の時間は一緒に居るが、それ以外の時を別の人間の元に逃げる。

 そうやって、牛鬼を避けて過ごし初めてから一週経ったある日、帰り際のあら太を訪ねて来た者が居た。

 訪問者は数ヶ月前、牛鬼とあら太が携わったあるイベント案件で、ディスプレイを制作してくれた会社の担当者だった。

 この担当者は、過去にまったく同じような時間帯・タイミングで訪ねて来た事がある。

 『怪PR社』はイベント・広告を扱う会社だが、牛鬼とあら太の所属している第二営業部は、主にイベントを扱う事が多い。色々な会社に関わり、意見をまとめてエンドクライアントから発注されたイベントを実行に移す。

 その時は、キャラクターもののイベントという事もあり、ディスプレイ制作にかなり重点を置いていた。

 牛鬼は三度、制作に注文をつけており、制作会社の担当者は弱りきっていた。牛鬼の言わんとしている事を、担当者は飲み込んでいるものの、なかなか現実的にそれが叶わない状況が続いており、ついに別の制作会社に、追加発注という形で任せようかという話も出て来ていた。

「お忙しい中、お時間頂いて申し訳ございません」

 思い出の中の担当者は、よれよれのTシャツを着ていた。まだ暑さの残る季節だった。

 『怪PR社』の入ったビルの最下層、妖怪タウンの夜景が見えるラウンジで向かい合うと、担当者のぼろぼろの身なりは景色に浮いた。牛鬼のように、ブランドやオシャレを知っているわけじゃないが、あら太はそれなりにきっちりしたスーツを着ている。対して、担当者はボロボロのジーパンによれよれのTシャツで、酷くみすぼらしかった。

「いえ、こちらこそ何度も無理を申し上げてしまい、すみません、わざわざお越し頂きありがとうございます」

 牛鬼ではなく、あら太を呼びつけたあたり、何か泣き言だろうかと勘ぐった。牛鬼はこの会社の前歴と、プレゼンを見て、この会社なら出来るという判断を下し、発注を掛けているため、妥協は絶対に許さない。しかし現実的に辛い作業を強いている事をあら太はわかっていた。

「やっぱり、間に合いませんか?」

 単刀直入、問い掛けると、担当者はきょとんとした顔になった。細面で顎が長く、決して美男ではないが、優しい目をした職人気質の男である。表情はすぐに顔に出る、駆け引き下手である。

「どうしてわかったんです?」

「お顔に出ています」

 笑いながら指摘すると、頬を染めて下を向く。名刺には、小名絹次(kona kinuji)と書いてあった、石種の妖怪だった。石種は赤子の鳴き声を挙げて人におぶさり、石のように重くなって人を脅かし肝を取る。

 小名はしかし、そういう騙し討ちなど、一切出来ないであろう純朴そうな男だった。

「弊社では、今、もし御社の作品が納品期日に間に合わないようでしたら、御社と同業他社様の力も借りなければいけないかも、という話が出ています」

 正直に、当時の社内状況を話すと、小名の顔は面白いぐらい、さぁっと青ざめた。

「ちょっと待ってください、すみません、……あの、お言葉ですが!

 御社はうちを選んでくれたんです、うちに任せてくれた、納期に間に合うよう一作目は仕上げましたし、二作目だって!」

「ですから、きちんとお礼は払います、しかしこちらにも都合があるんです、クライアントに満足頂けるレベルのものを、使用したい」

 その台詞を吐いた時、小名の目にちらりと怒りの炎が上がった。うちの作品は、そのレベルじゃないと言いたいのだな、と詰め寄りたい心を、ぐっと抑えていた。

「判断をするのは、私ではなく牛鬼です」

 あら太は静かな声で、言葉を選んだ。

「ですが、私は牛鬼の好みや、発想をある程度、想像出来ます」

「……」

「失礼ですが、御社は全ての装飾に力を入れ過ぎている、細部まで完成されていて、とても良い事ですが、時間がいくらあっても足りなくなるでしょう。

 牛鬼が申した完成度の高さ、それは全ての装飾に対してじゃなく、一部の装飾に対してです、要は、人気キャラクターと思われる像のみとか、目立つキャラクターのみとか、ずるい言い方をすると、どこに力を入れて、どこで力を抜くか、そうした逃げも一つ、必要になってきます。こうしたイベント事では、案外、一つの作品の完成度が恐ろしく高ければ、他の作品の完成度が多少低くとも、目立たないものなのです」

「……そんな事」

 考えもしませんでした、と項垂れる小名に、あら太は笑いかけた。真っ直ぐな発想、真っ直ぐな心、ほっとする人だと思った。

「私も牛鬼も、御社で仕事が完成する事を望んでいるんです」

 元気づけるように、声に力を込める。まだ期日は残っているんですから、頑張ってください、と声を掛けると、小名は顔をあげて、縋るような目をした。

「ですが、どこに力を入れて、どこで力を抜くかなんて、下手をしたら力の抜いたところに注目されて……」

 気の弱い人だな、と思いつつ、何か守ってあげたいような衝動に駆られた。

「では、良ければですけれど、見に行きましょうか、私は今日、早く終わりましたから、この後、時間があります、いつも連絡をくれる時間が遅いですし、夜通しの作業になっているんですよね、きっと?」

「あ、ですが」

「この後、会社に戻るのでしょう?」

 ぐっと見つめると、小名は額に汗を浮かべ、その後頬を染めた。

「汚い現場ですが……」

「行きましょう」

 この日、あら太が指示を出した通りに、小名は作品を仕上げて来て、すんなりと牛鬼の審査を通した。そしてイベント当日にはエンドクライアントから激励されるに至り、今ではエンドクライアントから、直で仕事を貰う事もあるらしい。

 あの日と同じ、妖怪タウンの夜景が美しいラウンジで、小名は芸術家風の、風変わりだが趣味の良いスーツを着ていた。対するあら太もスーツで、二人はぴったりと景色に溶けていた。

「あら太さんが居なかったら、僕ら、日の目を見る事なく消えていました、あの時、あら太さんにアドバイスを貰えて、作品をチェックして貰えなかったら本当に、どうなっていた事やら、今考えても恐ろしいですよ」

 小名の会社は小さく、あの時請け負った仕事が、数年ぶりに掴んだ大型案件だったらしい。ただの図案担当者だった小名が、今は代表取締役になった背景、それはあの案件から会社に道が開けたため。

「今じゃ、二年先ぐらいまで仕事があるんです、凄いですよ、本当に」

 小名は遠い目をして、半年前まできつかった生活に思いを馳せた。

「社員の半分はもう三年以上肝を口にしていなくて、消えかかっていたんですからね」

 あら太の頭にふと、腹鼓株式会社という、倒産して社員が次次と姿を消した会社が浮かんだ。妖怪世界は本当に、一寸先は闇だな、と思う。ぞっとしていたところに、小名の手が割入って来てあら太の手を掴んだ。

「良ければ、何か美味しいものでも、奢らせてください、そのために今日は来たんです」

 小名の目はキラキラしている。

 せっかくなので、ご馳走になろう、と思えたのは近頃牛鬼を避けているせいで人恋しかったため。日付はもう12月の20日である。クリスマス前に、二人でクリスマスをしよう、などという話も出ていたのに、一向にその声も掛からないし、牛鬼はもうあら太に愛想を尽かしたかもしれない。

 

 川越から潜る飛び穴で一番飛び値の安い都心の入口、大宮区役所前に来ると、石焼麻婆豆腐の看板を掲げた隠れ名店に案内された。

 そこは以前、あら太も牛鬼と来た事のある、安くて味も申し分ない良い店だった。変わった料理も多く、面白い。

 少し先に行けば、百種類以上の酒を揃えた重厚なバーや、本場の味を修行して持ち帰ったというフランス料理店、店内の装飾に凝ったイタリアンや中華のお店などがあるが、あら太はこの石焼麻婆豆腐の店の、飾らない雰囲気が好きだった。もう少し単価の高い店でも良いんですけど、と控えめに言う小名に、あら太は苦笑した。

「俺、貧乏性で、敷居の高い感じのお店、苦手なんです」

 心からの言葉だったために、遠慮と取られずにすんなりその言葉は小名に響いたようで、小名もまた笑み崩れた。実は僕もです。という返事に、親近感を覚える。

 牛鬼は高い店も、安くて美味い店も知っている。あら太が望めば、気安い店に入ってくれるが、牛鬼自身はどちらかというと高くて雰囲気のある店が好きだ。

 そもそも牛鬼とは、根本的に合わないのかもしれない。好みも合わないし倫理も合わない。

 

 小さな店の、小さな入口を潜る。すると、意外に大きな室内が目の前に現れる。二階席に案内され、昔の家らしいぎしぎしという階段を上り二階に上がる。

「あっ」

 声を上げたのは、牛鬼が店に居たためだ。それも待ち受けたように、空いた席で胡座を掻いていた。小名が、申し訳なさそうにしている。小名に導かれ、牛鬼の座るテーブルに二人で腰を下ろすと、牛鬼は深い溜息をついた。

「俺に飽きた?」

 ぶっきらぼうに問われ、まさか、と素早く否定した。

「こうやって、第三者の手を借りないと、話も出来ない状態が、既に結構きつい」

「すみません」

「俺のこと避けてたよな」

 小名の心配顔を他所に、牛鬼は詰め寄る。外部の人間である小名を巻き込み、色恋の修羅場を展開する事に、抵抗があっておろおろしていると、小名は席を立った。

「僕は、下に居ます」

 気を利かせてくれたらしい、あら太がすみません、と頭を下げるのにいえいえと優しい声を上げて去って行った。その後ろ姿を見つめる。小名のような優しく、純朴な男が恋人なら良かった。

 ちらりと思ったのが、顔に出たのか、ふと顔を上げた瞬間恐ろしい景色を見た。牛鬼の頬に涙が、幾筋か出来ていた。

「牛鬼さ……」

 思わず声が切れて、頭が真っ白になった。泣かせた?! 俺が?! という驚きと共に、あの強く頼りになる牛鬼が、泣いたという事実に恐怖した。そこまで追い詰めてしまっていたとは。

「佳祐さんに依頼して調べて貰った、おまえ、見合いするんだろ? クリスマス」

「エッ?!」

「なんで俺に一言も言わないでっ……」

 ぶわ、とまた目の表面を涙で濡らし、牛鬼は息を吐いた。

「びっくり、したし……、信じらんなかったけどっ、最近、避けられてたし、俺より見合い、優先したわけだから、覚悟はできてるけど、……おまえはやっぱり、まだ百にも満たない若い妖怪だし、同種の女妖怪と添わせたいっていう、おまえの両親の気持ちはわかるし」

 ぼろぼろとまた涙が出る。

「わかってんのに、諦めきれねーから、どうしようかと思っ……」

 ふと見ると、伝票には日本酒の注文が大量にあり、牛鬼が実は酷く酔っているのがわかった。あら太達が到着するまでに、結構な量を流し込んだようだ。

「牛鬼さん……」

 牛鬼の手に手を重ねる。

「信じて貰えないかもしれませんが、……見合いの話は、初耳でした、けど、牛鬼さんがいるのに見合いなんて絶対にしませんから、そこは安心してください」

 鼻に手の甲をあてて、牛鬼はあら太を睨んでいる。

「クリスマスに家族を選んだのは、純粋に両親の我侭を聞いてやりたかったからです。父も母も、俺に人の会社で働いて貰いたくて頑張って来たのに、俺は妖怪の会社に入った、そういう負い目があったから」

 言い聞かせるように、ゆっくりと訳を話す。牛鬼は少し髪を乱していて、ほんのり汗ばんだ額に、少しだけ前髪を貼り付かせており色っぽい。

 泣く程、小豆が人のものになる事が怖かった牛鬼。避けられていた事に、堪えていた恋人の、何て可愛い事だろう。

「大体ね、貴方が鬼李さんと仲良くしているから、俺はもやもやして、貴方を避けていたんですよ」

 ストレートに詰ると、牛鬼は少し目を見開き、まずったという顔をして口に手を当てた。そういう事か、という呟きが、耳に聞こえて来そうなその素直な顔に、小豆は怖い顔を向けた。

「貴方に、別れたいと言われたらどうしようと思って、……鬼李さんの方が好きになったと言われるのが怖くて」

 瞬間に、ずどんと体の中に何かが入って来た。

 どこかの小物売り場で、これ絶対あら太に似合う、とはしゃぐ牛鬼を誰かの目が見ている。この目線の高さは恐らく鬼李だろう。頭の中に、まるで見て来た記憶のように浮かぶ景色に、あら太は翻弄された。こういうとこ、あら太はあんまり好きじゃないんだよなぁと雰囲気あるレストランの中で、困った顔をする牛鬼に、じゃぁあっちのお店にも入ってみる?と進める鬼李の声。あ、これだこれだ、この気安い感じ!あら太はこっちの店だな、と納得して、楽しげに笑う牛鬼。

「あっ」

 体の中から、何かが抜ける。思わず声を上げて、閃きを口にした。

「もしかして牛鬼さん、鬼李さんと出掛けたのって、俺とのデートの下見?」

「えっ」

 目の前の牛鬼が、怪訝そうな顔をした。

「何で?」

「あ、その、今、多分鬼李さんの『時間渡し』があって、鬼李さんの記憶が入ってきて……」

 牛鬼の顔に、かぁ、と赤みが差した。

「……正解」

「あ、……そうなんですね、はは」

「これでも努力家なんだよ、俺は」

 そういうとこ、あんまり見せたくなかったんだけど、この場合は必要か。と呟いて、鬼李さん、いつから怨霊スタンバらせてたんだろう、と続ける。

 牛鬼の誤解を解くために、鬼李が使役している怨霊を飛ばして来たのだ。牛鬼のためを思い、牛鬼を支援する鬼李に、少し妬けたが、あら太は気分を良くした。

 あら太のために、牛鬼は動いていた。鬼李と遊びに行ったのも、あら太のため。

「牛鬼さんのこういうとこ、嫌いじゃないです」

 素直に好きですとは言えず、しかし照れてそう告白すると、牛鬼は安心したように笑った。

「良かった、あら太が見合い、思い留まってくれて」

「あ」

 思い留まりたいのは山々だが、両親はその計画を進めているわけで。

「どうしよう、牛鬼さん、どうやって見合いから逃げればいいかな、俺」

「すっぽかせばいいんじゃないか?」

 悪びれもなく、牛鬼は言った。

「見合いの時間は、佳祐さんが多分把握してるから、その時間だけ、用事を作れば良い」

 ああ、また両親に顔が上がらなくなる、と思いつつ、牛鬼の言う通りにしてしまうのがあら太である。しかも、見合いを潰されて腹を立てている両親のもとに、挨拶に来てしまうのが牛鬼である。

 あら太を妖怪会社に引っ張り込んだ嫌な男である牛鬼が、今度はあら太を同性愛に誘ったというので、両親の中で、牛鬼の株が大暴落したのは言うまでもなかった。

 

 

 

22:27 2013/12/1