からめ

◆小ネタ 『なしなし』(世話焼き攻め×マイペース営業マン)

 のっぺら坊種の野平には顔がない。妖力を消費し、誰かの顔をつくる。誰の顔がいいかを自由に選べる変わり、社会人として働く際には、常に誰かの顔を借り……妖力を消費しなければならない。

 童の姿で時の止まった一本もまた、社会では大人の姿を保つよう要求され、妖力を消費して体をつくらねばならない。

 野平は一本が営業部で働いていた時、部下として入ってきた。そしていつの間にか一本の顔で出勤してくるようになった。理由は一本を尊敬しているから、だという。一本が体をつくる負担に耐えきれず、営業部を去ると、野平は一本の代わり、頼りになる中堅として活躍するようになった。無理して大人になった一本の顔は、本来のこどもである一本の顔とはまったく別もの。一本がこどもの姿で社内業務をこなしている間、野平は例の大人になった一本の顔を使い、実績をあげた。大人になった一本の顔は、野平の顔として広く認知されるようになった。

「ところで一本さん」

 過去、毎朝鏡の中に見た己の、ぱっちりした二重が目の前で空を見上げている。野平と二人で休憩に出たカフェのテラス席、テーブルに運悪くべったりと鳩の糞がついていた。野平と一本は瓜二つの顔をした大人とこども。はたからは親子と思われているかもしれない。

「社会人としてやっていくために顔をつくるっていうのは、ちょっと語弊がありませんか」

 外回りの営業として、毎日、社会から顔を要求され生きている野平を、よくやっていると褒めたらそんな返事が来て。

「語弊?」

「顔なんかなくても、俺は、社会人やれますし、……貴方だってこどものまま社会人やれてるじゃないですか」

 ありのままの姿を認めてくれない社会に、不満を持つもの同士、愚痴ろうとしたのに。野平は一本と違う視点で、己の顔なしをとらえていた。

「顔がないと何か言われる社会で、……大人じゃないと何か言われる社会で、俺達は苦労してると……、思うんだけどな」

「俺は、割と楽しんでますよ」

「……」

「俺、貴方の顔、好きなんで」

 堂々とこの顔使える今の環境に、満足してます。と続いた野平の言葉が一本の耳穴に届くことはなかった。一本は照れて、耳を塞いでいた。野平は一本と同じ顔をしているが、同じ声ではなかった。野平の声を聞くと、どうしても野平を意識してしまう。野平が笑いながら、顔を近づけてくる。野平は己の顔を、より一本の顔に近付けようと、やたら一本を観察してくる。しかし、どんなに野平の顔が一本に近付こうと、一本を愛しそうに見つめて微笑む、その顔は、一本の顔ではない。

 もはや、野平には顔がある。一本の体は、まだない。

 

 

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