からめ

◆小ネタ 『湯たんぽ』(強面俺様×強気な相方)

 永吉という男は、とにかく身近で都合のいい男だった。性欲をぶつけるのに丁度いい。お互い慰めあうために交わっていた。

「ウ……、ぁ、あか、き……、はぁ、ウ……んぅ、んんッ……ん、んく」

 ずっぷずっぷと永吉の尻穴に、猛りを勢いよく挿し込んで、永吉の内側でふつうより少し太い己を容赦なくしごきまくる。茶屋では時々、その大きさ故に拒絶されることもある逸物だったが、永吉はぶつくさ文句を言いながらも、いつも受け入れてくれていた。

「……っや、ンぅ、動き、はや、……はゃ、いッ……、あか……ァ、ァッ……あ」

 放出が近付くと、赤鬼の動きは小刻みに速くなり、永吉の身体が強張って身構える。その反応は少し可愛かったが、何も永吉ばかりが示す反応ではない。抱かれている者特有の緊張。それを、この気安い友人もするのかという小さな感動。

「はぁ、はぁ……ァ、あ……ぁ」

 ぴしゃぴしゃと内側に注がれるものを感じ、永吉の乳首と逸物が勃起した。射精されて感じてしまうなんて、淫乱が過ぎる。怒られるから口には出さないが、永吉は抱かれるのに向いたからだをしていると思う。だから赤鬼も、思い切り欲をぶつけることができた。

「なんでまだ萎えねぇんだよ」

「おまえだって元気だろうが」

 毎夜、仕掛ければ必ず応じてくれるから、赤鬼は永吉の機嫌をとることなど欠片も考えないで済み、それがまた永吉を軽んじる己に拍車を掛けていた。あまり、やりたい放題しては可哀想かと思う一方で、こいつなら大丈夫だろうとも思えた。

「もう、……コレッ、何回目、……だっ、ア、も、……明日、ダメになっ、からぁ、やだ、……も、あぁッ」

 風通しの良い縁側で、雪崩れ込んではじめた。永吉との性交は、いつも気が付くと我を忘れ腰を振っていて、はじめるともう止まらなかった。

「三回目くらいか、……あと二回すれば終わる」

「……も、もっとやってる、ぜった……もっ、ァッ……ひ、ぃっか、一回止まッ……、冷えてっ、きぁッ、赤鬼ッ、……寒ぃからっ……移動、……ッ……」

 涙声の永吉に、肩をバシバシと叩かれてはじめて、汗だくで夜風に長時間晒され、冷えた永吉の身体に気が付いた。赤鬼と繋がった陰部だけ、どろどろに熱いのがいやらしい。

「急には止まれん」

「ん、……う、かぜひ、ひぅ、……ッ……から」

 永吉の尻穴は、何度も精を注がれて、ぬらぬらと蠢き悦んでいたが、永吉自身は疲弊していた。赤鬼にしがみつく腕に力がない。永吉の大きく開かれた股の間、腰はしかし止まらない。いつもよりまだ回数が少ないのに、待ったを掛けられてむかむかに襲われる。赤鬼の性欲がいかほどか知っている癖、なんて思い遣りがないのか。どうしてあと少し耐えようとしてくれないのか。

「……きつ、……キツい、赤鬼……、っ寒い、ァッ……、あっ、なんで、止まれっつってんのに……、逆に激し……なっン……、も……やめっ、ン……」

 永吉の、いつもは低く透き通った声が、高く裏返って熱を帯び、涙で濁っている。赤鬼は永吉の膝を掴むと、股割きをするように開いて引っ張った。奥がビクビクと痙攣し、太腿がバクンととれそうなほど開いた。

「ヒあ゛?!ァッ……ンはッ……アアア?!ぁ゛ッ……?!」

 ひんやりした尻たぶを掴んで、ずんと腰をすすめると、永吉との繋がりが深まり、永吉の逸物が勢いよく白濁を噴いた。

「ひっ、ゥ……、ッ……ふ、ンン……ッ……」

 永吉が言葉にならない言葉をこぼし、感じ入っているのが愉快で、その深さを狙って体重を掛け、何度も腰をうちつけると、パァンパァンと肌のぶつかり合う音が響いた。

 

「……赤鬼、見ろ」

「ぐしゅぐしゅだな」

 翌朝、風邪を引いて不機嫌な永吉と床の中で顔を合わせ、ほんの少し心が痛む。

「てめぇのせいで、熱まで出てる」

 ごわごわ布団の中、腰と腰が触れているせい、何となくいつもより永吉の体温が熱いのには気が付いていた。

「うつすなよ」

「そこはまず俺の心配しろよ、この野郎、絶交だ」

「……俺と絶交したら寂しいぞ」

「そんなんわかってら、言いたいだけだ」

 好き勝手に抱いた体に手を回すと、ピタリと引っ付いてきた。腿と腿が重なりあって汗を掻く。永吉の体から、甘えるような熱がじわじわと漏れ出してきて、愛しく思う。今は柔らかい永吉の性器の感触が腰に、ぽつんとした乳首の感触が脇に。気紛れにいじくることを許されている、他人の敏感な部位の存在に、妙に安心してしまう。酷くしても、こうして慕ってくれる永吉に甘えながら、どんなに尽くしても白けており、追い掛ければ追い掛けるほど遠退いていく青鬼を思う。こんな勝手な男だとばれたら、嫌われてしまうだろう。

「赤鬼は俺のこと、何とも思ってねぇだろうけど……、俺は赤鬼、おまえのこと結構好きなんだぞ」

「あ?!」

 永吉を捨て、大陸に渡ってしまった李帝のことを、永吉はもう諦めてしまっているのかもしれない。ときたま、こうして全力の心を、赤鬼にぶつけて来る。

「だから、あんまり雑に扱われると、ちょっと傷つく」

「……悪かった」

「俺は、好きで、抱かれてる……、あんただから股開いてるんだ、わかってんのか?」

「わかってる」

「わかってるんなら、いいけどな」

 永吉は言ってから、ひとつくしゃみをして、溜め息をついて起き上がった。

「うつすから、離れる」

「……」

 いじらしい永吉は、抱き寄せようとした赤鬼の腕を避け、布団を出ていった。追い掛けて後ろから抱き止めると、黙って布団に引き摺り込む。

「風邪、うつるぞ」

「寒さにはかなわん」

「俺は湯たんぽじゃない」

「湯たんぽだ」

 

 

 

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◆小ネタ 『なしなし』(世話焼き攻め×マイペース営業マン)

 のっぺら坊種の野平には顔がない。妖力を消費し、誰かの顔をつくる。誰の顔がいいかを自由に選べる変わり、社会人として働く際には、常に誰かの顔を借り……妖力を消費しなければならない。

 童の姿で時の止まった一本もまた、社会では大人の姿を保つよう要求され、妖力を消費して体をつくらねばならない。

 野平は一本が営業部で働いていた時、部下として入ってきた。そしていつの間にか一本の顔で出勤してくるようになった。理由は一本を尊敬しているから、だという。一本が体をつくる負担に耐えきれず、営業部を去ると、野平は一本の代わり、頼りになる中堅として活躍するようになった。無理して大人になった一本の顔は、本来のこどもである一本の顔とはまったく別もの。一本がこどもの姿で社内業務をこなしている間、野平は例の大人になった一本の顔を使い、実績をあげた。大人になった一本の顔は、野平の顔として広く認知されるようになった。

「ところで一本さん」

 過去、毎朝鏡の中に見た己の、ぱっちりした二重が目の前で空を見上げている。野平と二人で休憩に出たカフェのテラス席、テーブルに運悪くべったりと鳩の糞がついていた。野平と一本は瓜二つの顔をした大人とこども。はたからは親子と思われているかもしれない。

「社会人としてやっていくために顔をつくるっていうのは、ちょっと語弊がありませんか」

 外回りの営業として、毎日、社会から顔を要求され生きている野平を、よくやっていると褒めたらそんな返事が来て。

「語弊?」

「顔なんかなくても、俺は、社会人やれますし、……貴方だってこどものまま社会人やれてるじゃないですか」

 ありのままの姿を認めてくれない社会に、不満を持つもの同士、愚痴ろうとしたのに。野平は一本と違う視点で、己の顔なしをとらえていた。

「顔がないと何か言われる社会で、……大人じゃないと何か言われる社会で、俺達は苦労してると……、思うんだけどな」

「俺は、割と楽しんでますよ」

「……」

「俺、貴方の顔、好きなんで」

 堂々とこの顔使える今の環境に、満足してます。と続いた野平の言葉が一本の耳穴に届くことはなかった。一本は照れて、耳を塞いでいた。野平は一本と同じ顔をしているが、同じ声ではなかった。野平の声を聞くと、どうしても野平を意識してしまう。野平が笑いながら、顔を近づけてくる。野平は己の顔を、より一本の顔に近付けようと、やたら一本を観察してくる。しかし、どんなに野平の顔が一本に近付こうと、一本を愛しそうに見つめて微笑む、その顔は、一本の顔ではない。

 もはや、野平には顔がある。一本の体は、まだない。

 

 

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◆小ネタ『冗談』(堅物サド×神経質なナンパ師、面倒見の良いオラオラ系)

 キケロとエリックは冗談がうまい。その場に四人いれば四人笑う、七人いれば七人笑える冗談を言える。俺は人を笑わせるのが好きだが、滑りがちだ。

「えっ、何て言った?」

 上手い冗談を言えるようになりたい。繰り返すとエリックは唇に拳を当てて頬を膨らませた。

「既に神級だろ」

 含み笑いをしながら、キケロが茶化す。キケロ宅のキッチンに降った俺の爆弾発言は、キッチンに立っていたエリックだけじゃなく、キッチンから四歩くらいのベッドで寛いでいたキケロにも届いていた。

「何、ゴドー、面白い男になりたいの?」

「面白い男になりたい」

 ぶっふぉ、と今度は盛大に噴き出して、エリックは俺をまじまじと見た。

「いや、もう、充分面白いけど!!」

「こういう面白さじゃなくて、その、……なんだ、……故意に人を笑わせたい」

「「……故意に人を笑わせたい?」」

 ついに二人は声を揃えて、俺の言葉を繰り返すと、ぷるぷると震えはじめた。俺は、ひとつ咳払い。二人が落ち着くのを待った。

 これくらい待てば充分だろうというところで、二人の様子を伺う。恐ろしいほど静かだった。はぁー、と溜め息をはいている。そろそろ。

「俺は、……真面目に、面白いことを言いたいんだよな」

 意思表明、二人は盛大に噴き出した。

「どうしたら言えるようになるんだろうな」

 首を捻ると、いよいよ二人は呼吸困難になってきて、既に言ってるから!!とエリックが叫び、キケロはベッドの柵に捕まってビクビクしはじめた。

「おまえ、コレ新手のテロだからな!!」

 笑い過ぎて涙ぐんだキケロに指摘され、俺はますます首を捻る。

「なんか違うんだよな」

「何が」

「こういう笑いじゃなくて……こう、なんだ、さりげない優しさをスマートにくるむ笑い……というか、うん、……格好いい冗談っていうのか、俺は、格好いい冗談を言って、エリックをときめかせたい」

 冗談が得意な二人から、本気で助言が欲しかったので恥をしのんで妄想を晒すと、いよいよ二人の笑いは止まらなくなって、そこから先は何を言っても笑いだす始末だった。

 

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◆小ネタ 『夜の虫けら』(執着攻め×強気受け)

 

 鬼李が深夜にふと目を覚ます時、隣に寝ている永吉はたいてい、猫のように丸くなって呻いている。呻き声で目が覚めたわけではなく、直感的に意識が隣に持ってゆかれて目が覚める。昔より頻度は減ったが、永吉は時折こうして一人で苦しんでいることがある。はじめはどうにか癒してやろうと額の汗をぬぐったり、そっと抱きしめたりしていたが、永吉を苦しめているものの正体を知ってからは、それをやめた。永吉は、鬼李の優しさに苦しめられていた。

 気がついたのは、いつ頃だったか。永吉の悋気が、昔とは比べ物にならないぐらい、強くなっていて驚いたことを、永吉に伝えた時だろうか。永吉は気まずそうな顔をした。永吉は鬼李の好意を、気まぐれとしか受け取れない男になっていたのだ。鬼李がいくら優しくしても、喜ぶ代わりに機嫌がいいなと皮肉を口にする。

 だから鬼李は、こうして目の前で、丸くなって呻く永吉を、眺めることしかできなくなった。深夜の静けさに、肩を冷やされながら、丸まった永吉の骨格を、耳の穴を、髪の生え際にたまった汗を見つめ、永吉が悪夢から解放されるのを待つ。寝室の一つ隣にある永吉の部屋から、鈴虫の鳴き声が、遠慮がちにあがった。

「鬼李……」

「ん?」

「寒ぃ」

「うん」

 眠気のまざった、か細い声。やっと目を覚ました永吉の、野生めいてギラついた瞳が鬼李を見上げた。ようやく許しが出たと身を乗り出せば、永吉がこちらに腕を伸ばした。鬼李が抱きつく前、永吉が抱きついて来て、どきりとする。

「また俺は、呻いてたか?」

「呻いてた」

「うるさかったろ、ごめんな」

「起きちゃった」

 鬼李にできることは、求められた時に応じること。

 永吉は鬼李に触れられても喜ばない。触れようとしたら、そこに鬼李がいることではじめて喜ぶ。永吉は変わってしまった。

 

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『恩師の声』(ミュライユ×亀、モブ視点)

 川越警察署地下にある、川越妖怪警察署の取り調べ室は暗い。蛍光灯がチカチカする狭い部屋に閉じ込めた恩師は、つまらなさそうな顔をして、現れた私を上から下まで見た。

「まだそんな太ってたのか、ちゃんと痩せろよ、可愛いんだから」

警察官になって妻子を持ち、幸せを噛みしめる毎日を送っていた私は、江戸時代の末期、食うに困った両親に売られ、陰間をやっていた頃より体重が五十も増えていた。恩師と私の関係は、元陰間の仕込み屋と陰間であり、つまりこの恩師は、私の初体験の相手なのである。

「可愛いは、もう、よしてください」

照れて反発すると、恩師はふわっとした、涙袋の目立つ笑い方をして、私をときめかせた。白地に薄灰色の、蜜が掛かったような濃淡と、ゆったりと粗い紺の矢絣模様の着流し姿が華やか。5月も中旬の暑さを和らげようとする粋な色合いに惚れ惚れする。

「どうして貴方が、ゴラン・ミュライユを保護していたんですか?」

恩師とテーブルを挟んだ向かい、パイプ椅子にギッコンと音を立てて腰を降ろす。尻の肉が余る感触。椅子が肌にめり込んで痛い。

「別に保護なんかしてねーよ、逆ナンされたから応じてやっただけだ」

恩師はふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。相も変わらず遊び人である恩師にほっとしながら、思い出す。

『っ……ぁ』

 生々しく甦った、悪魔の下に組み敷かれた恩師の喘ぎ声。陰間茶屋の奥座敷、畳の上で繰り広げられた戦いの臭いがまだ残る。開かれた敵味方の腹から出る、腸の匂い。恩師の全身から流れ出ている血の、鉄の匂い。部屋の闇が恩師と悪魔の結合部を隠してくれていた事が救いだった。悪魔の腰が恩師の開かれた足の間で揺れる景色。

『んァ、……っう、……ふ、……、っ……』

 部屋の隅に固まって怯えていた陰間達は、凍りついて、一言も発する事が出来なかった。ただ、泣いていた。

『く、っ……っ、あ、……ぁ、……あっ』

 悪魔のものを挿入され、揺すられてガクンガクンと動く恩師の身体、高く掠れた声、絶対に倒れてはいけないものが倒れた。折られてはいけないものが折られた。巣の中で一番強い者、親鳥を目の前で狩られ、食われた雛達の心情。

『っ……っぁ、ぁ、……く、ん、……ぐ』

 恩師は声を堪えて喘ぎながら、陰間達に禁止していた行為中の涙を幾筋も流した。陰間の中には恩師の抱かれ方が下手だったと、後で悪口を言ったものも居た。そんな奴を、私は殴って回った。恩師は私達を守るために戦ってくれたのだし、恩師が時間を稼いでくれなかったら、全員略奪されていた。あの時、助けに来てくれた、鬼の自警団の到着が、少しでも遅かったら、恩師はどうなっていたのだろう、と考えると今もぞっとする。犯されながら、血を吸われていた恩師の真っ青な顔。命を吸う技を持つ恩師に対し、血から命を吸う悪魔たちは、組み合わせとしては最悪だった。最終的に体術の勝負になり、多勢に無勢、恩師は敗北した。せめて陰間の中に、少しでも戦える者が居れば良かったのだが、腕の立つ陰間は皆、出払っていた。

 

「ミュライユは、パリの一級市民ですよ、こちらでも然るべき対応を取らねばなりません、貴方が個人で客として迎えられる相手ではない」

 回想から戻ると、目の前でふてぶてしく椅子に座る恩師の、整った柔和な顔が、やたら性的に見えた。今なら、恩師を犯した悪魔達の気持ちがわかる。この飄々とした態度や仕草を乱してみたい。決して小柄ではない、可愛くもない、どちらかというと大柄でスマートな雰囲気の恩師に、どうしてこんな感情を抱くのか。恩師は組んだ腕を解き、腰を上げた。それから狭い部屋の隅に行き、壁に背を預けると天井を眺めた。

「あァ、だから勝手に住居侵入出来たのか」

「侵入?!」

 不穏な言葉を聞き、私は眉間に皺を寄せた。逆ナン、という軽やかな言葉に安心していたが、相手は高位の悪魔だ。何か無茶をされたりしたのではないか、と、年頃の娘を持つ父親のような気持ちで心配した。頭の中には、過去、悪魔に組み敷かれた恩師の痴態が、目まぐるしく浮かんでは消え、浮かんでは消え。

「どうしてミュライユは貴方のホテルに侵入して来たんですか?! あっ、一応相手は高位悪魔ですので、侵入ではなく降臨と呼びますが」

「降臨!」

 ぶはっ、と恩師が噴出したので私は顔をしかめた。神権を与えられている高位悪魔を、神のように扱うのは普通の事だ。日本でも守護市民と呼ばれる高位の精霊や妖怪は神のように扱う。

「ちょっと?! 笑い事じゃないですよ?!」

「降臨って、おまえ」

「ミュライユは一級市民です、貴方のお知り合いで言えば李帝などでしょうかね、あの辺りと同一の扱いです」

「李帝と? ……あー、そっか、そうなぁ」

 やっと納得したらしい恩師を、私はじとっと睨んだ。ミュライユのような高位悪魔に対し、パリ市が授けている一級市民という身分。この一級市民には、一般市民が守るべき法律が適用されない。この特別扱いは、フランスの属するEUの加盟国、また一級市民認証国までは通用するが、日本を始めとする独自の身分制度を設けている国では、新たな資格を取って貰わないと通用しない。それが今回の、重大問題なのである。一級市民の扱いをどうするか、日本国内の誰かの手引きなら『旅客』として扱うが、自発的に来たのなら日本における一級市民、守護市民の資格を取って貰わなければならない。どちらにせよ、日本政府として一級市民が国内に一人加わった事を把握しなければならないので、こうして恩師を捕らえる事になった。

「それと、もしミュライユに何かされたのなら、それは私達にきちんと報告してください、一級市民の犯罪は、一般市民の犯罪より刑が重い、死刑にだって、してやれますよ!!」

「ふふ、過激だな、……宗次郎、そんなんじゃねーよ、あとその鼻息、やめろ、うるさいし見苦しい」

 恩師に指摘され、ぶぅぶぅと鳴っていた鼻息を止める。カラン、コロンと下駄を響かせて、恩師が近づいて来た。心の臓が早鐘のように鳴り、背中がきゅぅと緊張で硬くなった。

「しっかし、なんつぅか、すっかり豚さんだなぁ、昔はあんなに可愛かったのに」

 傍に寄って来てくれた恩師の、冷たいすべすべとした手に、頬を撫でられて下半身が騒ぐ。過去、あんなに男らしく映ったのに、今の恩師には若衆のような艶がある。それは、見た目が華やかなせいだろうか。それとも、あの日、悪魔に犯される恩師を、私が少しの興奮を持って眺めてしまったせいだろうか。

「貴方に、処女も童貞も捧げた可愛い生徒に何て事言うんですか」

「童貞はいらなかった」

 戦後、学のない陰間達のために開かれた学校。そこで、恩師は仕込み屋から一変、教師として活躍した。檻から出て、男の悦びに目覚めた陰間達に、恩師は何故か人気があった。私もまた恩師を求めた一人だったが、今思えばあれは、自分達を守るために戦ってくれた恩師が、目の前で悪魔に陵辱されたショックを、なかった事にするために、恩師の人格を改ざんしようとしていたのかもしれない。恩師が実は、悪魔との行為を楽しんでくれていたら、という可能性を、私達は捨てきれなかった。だから、受身に回った恩師を随分執拗に淫乱と認定して噂した。

「貴方はするのもされるのも好きでしょう」

 決め付けた言い方をすると、恩師はピシャリと私の顎を叩いた。

「へぇ、そうなの」

 その時、恩師より一音高い、無邪気な子どもが発するような、楽しげな響きのある声が部屋に響いた。

「亀、されんの好きじゃねーって言ってなかった? 俺の聞き違い?」

 恩師でも、戸の傍に立たせた部下でもない、この部屋に居ないはずの存在が、すぅっと私の前に現れた。

「ひっ?!」

 声を上げて、腰を上げると椅子がガッシャと倒れた。パサついた獅子舞のような長い髪で顔の半分を覆った悪魔が、姿を現していた。

「何ビビッてんの、さっきまで俺の噂してたじゃん? 亀に聞くより俺に直接聞く方が早くね? なんで俺じゃなくて亀捕まえてんの、意味わかんねーから」

 髪の隙間から見える目は鋭く凶悪だったが、キラキラと輝いている。何とも、得体の知れない威圧感。ああ、こいつが・・・例の高位悪魔か、恩師の宿泊したホテルに降臨した記録があり、恩師との間に、何かがあると囁かれている悪魔。

「貴方が、ゴラン・ミュライユですか?」

「わかってる癖に、確認するんだね、真面目だねぇ~」

 悪魔はヘラヘラと笑った。何だその態度は。おまえは恩師に多大な迷惑を掛けている自覚が、ちゃんとあるのか。

「勿論、貴方からも直接話を伺いますよ」

「話って、あれでしょ、日本の資格取れって話」

「それもありますが……」

 得体の知れない悪魔に、私は心だけは強気で、身体は弱気だった。どうやらガクガクと膝が震えていたらしい。恩師に背中をぽんぽんと叩かれて、やっと震えを自覚する。私達妖怪より身体が大きく、高圧的で化物じみた顔をしている、悪魔が怖い。

「いつから居た?」

 恩師は自然な動作で、私の前に立った。

「最初から?」

 悪魔は首を傾げて、また笑ってみせた。恩師が目を細め睨むと、悪魔は少し口をへの字にした。

「センセイ……」

 恩師の着物を掴むと、恐怖が和らぐ。職務を思い出して、守られる喜びを振り払うと、今度は私が、恩師の前に出た。

「センセイ、貴方は、一般人なんですから、さ、下がっていて、ください!」

「震えてんのに無理すんな、おまえが下がってろ」

 恩師がまた前に出ようとするのを、腕で防ぐ。悪魔がじりっと私に一歩近づいた。

「な、何が高位悪魔だ!!妖怪を舐めるなよ、この大入道様の、変幻自在の技を見せつけてやろう!!」

 ぐもっと身体の体積を増やす。高位悪魔がたじろぐ様子はなく、私は絶望的な気持ちになった。ああ、駄目だ、殺される。妻子の顔が頭に浮かび、申し訳ない気持ちになったが、恩師を守って殉職なら悪くない。

「いや悪ぃけど、オッサン、チョー邪魔」

 耳に入った独特のイントネーション、先程から気になっていた、これは、若者言葉? 目の前の悪魔と目が合うと、顔をしかめられる。堀の深いその顔から、若者言葉の飛び出す違和感。そういえば、日本語、堪能だな。と思わず感心した直後、頬の肉がぐぅっと床に擦りつけられて熱くなった。蹴っ飛ばされて転がったらしい、頬が冷たさを感じた頃、身体のあちこちが打撲の痛みを訴えて来た。そんな私を完全に無視して、悪魔はまっすぐ、恩師に向き合った。

「さっきそこでお亡くなりになってた若者ちゃん、吸収したんだよねー? 交通事故とかマジ悲惨じゃん? お悔やみ申し上げたよね。んで、せっかくだから記憶ごと頂いて、イマドキの日本ルールもついでに理解しといたよん! 亀との関係は日本じゃまだヤリ友っつぅんだね!」

 悪魔なのに、この喋り方、仕草。しかし、何故かマッチしている。

「なんつぅか、ドン引きだわ」

「え? 何に?」

「おまえのキャラに」

 恩師は頬をヒクつかせ、作り笑いをしているが、恐らく、同族嫌悪だろう。恩師が元禄の遊び人なら、悪魔が吸収した若者は平成の遊び人。気がつくと悪魔は自然な流れで、恩師の顔を両手で包み、己の顔を近づけていた。

「おい、……何だよ」

「亀ったら俺の事チャライとか言ってー、チャラいってつまりー、こういう事かなーっ?!」

「っ」

 恩師の頬や顎、唇などにどんどんキスを落として行く悪魔の、性技に慣れた仕草に、ほぅっと見蕩れていた私を無視し、悪魔は恩師の身体に腕を回した。

「……んっ……ふ、ゥ……んぅ」

 それから深い口付けをし、恩師がドンと悪魔の胸を押すも、揺るがずにそれを続ける。部屋の外に居た部下達が、入った方が良いか、という顔をし、戸の前に立たせていた部下もまた悪魔に対し、じりっと距離をつめた。捕らえるなら今だ。

「っ、ぁっ?!」

 その時、恩師から唇を離した悪魔が、恩師の耳を噛んだ。恩師の湿り声が漏れ、私は部下達に指示をし遅れた。悪魔と恩師は消えていた。

 

 後に、悪魔が日本の一級市民資格、守護市民の資格を取るために学校に入ったと知らされた。一級市民が野放しではまずいと要請を受けた私達としては、学生という身分を手に入れたミュライユは、もう悩みの種ではなくなった。しかし、私だけはモヤモヤして、未だ悩みの種として、彼を認識している。

 

 

2014/05/07