からめ

『お任せします、要さん』(マイペースエリート×庶民派苦労人)

 妖怪タウン、地下四層にある要家の大家族十七人が住まう長屋に、朝一番の怒号。

「安栗ーっ、こんの親不孝もんがーッ!」

 また安栗である。親父がキレているから、早く止めねーと、と飛び起きた要を、目眩を伴う頭痛が襲った。酒なんてもう二度と飲まねー。飲んだ翌日の定番の誓いを心中で立てる。顔を上げると六畳程の要の私室には、昨日の飲み相手である親友石壁とその部下がでんと座していた。昨日の夕方、悩みがある、と相談を受けて呼び出されてから三時間飲み続け、終電を逃した二人を要家に泊めたのだ。二人は揃って既に身支度を整え、要家の揉め事にそわそわしていた。

「あ、浩二! やっと起きたか!」

 石壁が眉を下げて、ぐいっと身を近づけて来たので、むさい、と腕で制止の合図をした。

 ぬり壁種である石壁の体格たるや、身長がゆうに二百cmを超え、肩や腕、腰は鎧を付けたように分厚い。その石壁の部下もまた同じぐらいあって、二人のお陰で要の部屋は今、相当狭くなっている。

「また安栗ちゃん、怒られてるみたいだ」

 石壁が心配そうな顔で、騒ぎの様子を報告して来たが、要家では日常茶飯事である。

「ぁぁ、悪い、喧しくて……、ちょっと、一旦、あの騒ぎ止めて来るな」

 お互いに、昨夜は相当飲んだはずだが、石壁とその部下はぴくりとも二日酔いの気配がない。二層に多く群れているぬり壁種は妖力が強く、生き残りやすい中堅の妖怪だ。臓器も丈夫なら骨も太く体も全体的に固くて大きい。

「手伝うか?」

「いや、おまえが出て来たら親父ビビらしちまうから」

 要は少し、苦い顔になって石壁の申し出を断った。要の父親は、二百年以上生きているため、この四層に住まう妖怪達には大妖怪として名が知れている。それが、幼い頃要にはとても誇らしかった。しかし、二層出身のぬり壁種である巨大な石壁と対峙したら、貧相で妖力もそんなに強くない要の父親は、きっと気後れして情けなく困った顔で要を見るだろう。

 それは最近の、父親の様子から想像した反応で、実際にそういう反応になるかどうかは不明だ。しかし、そんな父親の姿を見てしまうのが怖くて、先回りした。それというのも、要の恋人である滝神に対して父親は兎に角、弱腰で情けない。初めは気にならなかったが、段々腹が立って来た。親父は一応要家の主で、大妖怪なんだからもっとしゃんとしろよ、と言ってやりたい衝動に駆られ、そこで初めて、自分が父親に対して強い期待を持って居た事に気がついた。何があっても一番強い存在で居てくれる事を望んでいたのだ。この父親に対する失望は、要のこれからに暗い影を落とした。

「だって、俺だって、もし仮に千年とか生きても、おまえと会ったらビビるぜ」

 千年先の事は、正直わからないが、そんなような気がする。長く生きたところで、小物は小物。

「何言ってるんだ、百にも満たない癖に」

「……」

 この先苦労して百、二百と歳を重ねる事さえ出来るかどうかわからない、頼りない自分に嫌気が差す。せめて苦労して長生きをしたら、他者に尊敬されるような大妖怪になりたいが、生まれ種というのはどんなに生きても覆す事が出来ない。この憂鬱。

「おまえ、垢嘗の星なんだろ」

「は?!」

 四層から一層に働きに出ていける垢嘗は多くない。会社のほとんどが三層出身者の中、四層から十年ぶりぐらいに採用された要は、四層の住人からは、垢嘗の星と呼ばれている。

「親父さんも、浩二には頭上がらねぇみてぇだし、もっと元気出せよ、……相談に乗って貰っておいて何だが、おまえも、最近なんか悩んでるだろ」

「っ、え、……、……」

 そうかな、と口の中でぼやくと同時に、また父親の怒号、ばっかもん、というベタベタな叱り文句が耳に入った。

「まぁ、行って来いよ」

 石壁に促されて、急いで居間に走る。

 襖と障子と岩の三種の壁に囲まれた、ごつごつした居間に到着すると、その中心で、正座させられたすぐ下の妹、安栗が項垂れていた。安栗の前に居る父親は、顔を真っ赤にして怒っている。この床の間には、有名な画家や彫刻家の作品の代わりに、昔、要が描いて賞を取った日本画の掛け軸と、安栗が作って同じく賞を取った彫刻、それぞれ地上の美術展に出品される迄に至った一家自慢の作品達が飾られていた。その、彫刻の方、安栗が作った『雪女』という題の作品が割れている。

 ははぁ、と要は当たりを付けた。

「父さん、ちょっと落ち着けよ、俺のとこ、お客来てんだぞ?」

 部屋の中央で、胡座する父と正座する安栗の間に入る。

「彫刻が壊れちゃってるけど、もしかしてあれが原因で怒ってるのか?」

 父親はぎろりと要を睨むと、ふん、と鼻を鳴らした。やはり、あれか。

「安栗ならきっと元通りに出来るよ」

「元通りになんかしないけど!」

 せっかくのフォローに、噛み付いて来た妹に、片眉を上げる。

「あ゛?! 何言ってんだよ?せっかく地上の美術展で飾って貰えたような凄いもん」

「あんなものあるから……! うちの皆も地上を有り難がっちゃうんだよ!! 地上が何だって言うの?!」

「はぁ?!」

 今度は安栗に、ぎろりと睨まれる。要は頭が痛くなって来た。二日酔いの状態で、面倒な事に巻き込まれるもんじゃない。

「あたし、地上なんてだいっきらい!地上なんか行きたくない!だからもう勉強もやんない、大学も行かない!!」

 もしかして、勉強が嫌になったのだろうか。安栗は頭が良く、要よりも良い大学、地上の大学に入れそうな程なのだが。

「安栗・・・、おまえ、・・・何か、あったか?」

 恐る恐る聞くと、安栗はぶわ、と目に涙を溜めた。妹とはいえ、女に泣かれる事が苦手である要としては、おおいに焦ってしまう景色であり、瞬間、うっと息を呑んで絶句してしまったが、反射的に妹の肩をきゅぅと抱いた。過去、女に涙された時に編み出したなぐさめ技である。

「おいおい、どしたどした? 泣くな、なぁ? 兄ちゃんが聞いてやるから、ちょっとあっち行こう?」

 安栗がこくと頷いたのを確認し、父親に目配せをすると、父親は納得した顔を向けた。

 父親の許しを得て、安栗の部屋に向かう。

「あたし、地上なんか行きたくないもん!!」

 部屋に行く途中にも、また呟く。

「おまえ、地上の良いとこ知んねーから」

「行きたくないもん!!」

 さぁ、困った。完全にこれは、勉強やりたくないのこじつけだ。

 要も昔行っていた塾であるからわかるのだが、今、安栗の通うその塾「青空アカデミー」通称青アカは相当なスパルタ塾なのである。「地上に行けるのは、ほんのひと握りの妖怪だけだぞ」を連呼して、地上は最高だ、地上にいる妖怪は選ばれし妖怪だ、地上に行くことで、選ばれし妖怪の仲間入りができるぞと選民意識を煽り、きつい勉強指導をする。

 来る日も来る日も勉強の日々に嫌気が差し、地上なんて別に行きたくないし! という思考に陥ってしまう気持ちは、良くわかる。

「安栗、じゃぁおまえ、地上のこと、どんなとこが嫌だとか、言えるのか? 嫌って言える程、知ってるのか?」

 だからと言って、勉強をやめると、安栗は二層か三層、下手をすると四層で短い一生を終える妖怪に終わる。妖怪として生まれて来たからには、長生きする事を考えて、一層か地上で働くべきだ。積極的に肝を摂取して、大妖怪になろうとするべきだ。

「知らないし、知りたくないもん」

 またぽろぽろと涙を流し、首を横に振る安栗の頭を撫でる。

「よく知らない所を、嫌いって言ったって説得力ねぇよ、……なぁ、今日、暇か? 塾なかったよな? 兄ちゃんと地上行ってみねぇ? 地上の事、兄ちゃんが教えてやるからさ、知ってから嫌いって言えよ、そしたら親父もおふくろも納得するから」

「え……?」

 まだ朝の九時だ。どこにだって連れて行ける。

「でも、あたし、勉強が……、宿題……、一杯……」

「いいよ、夜帰ってからやろ、兄ちゃんが教えてやればすぐ片付くだろ」

「うん、でも」

「俺の気が変わらないうちに返事。行くのか行かねーのか」

「行く!! ……あっ、化粧!!」

「オシャレも」

「うん!」

「急げ」

 うん、と勢い良く返事し、ぴんと背を伸ばして、嬉しそうに掛けて行く妹の背は、まだまだ少女らしく細い。

 地上嫌いじゃなかったのか? と思わず突っ込んでしまいそうになる。

『もしもーし』

 妹が長い廊下の向こうに去ったのを確認してから、慌てて連絡を入れた先は、一層の友達、野平だった。性格柄、気安く話をしてくれるが、野平は二百以上の歳を経た大妖怪である。実はいつも少し緊張して話しかけている。

『あっれー? 要さんどしたの?』

 しかし野平は暢気な間延び声で、要の急な連絡に応じてくれた。

『野平さん、朝早くすみません、起こしちゃいました?』

『ううん、大丈夫だよー?』

『あ、あの、今日暇っすか?』

 大妖怪に、朝一で急なお誘いを入れる。すまなさに少し声が小さくなる。

『え? 何、暇暇ー、超暇だよー、遊ぶ?』

『えっと、まぁー、その、夢の国行きませんか?』

『ぶは!!』

『ちょっと妹に、地上の良いとこ教えたくて』

『いいよいいよ、他に誰か誘う?』

『女の人誰か、お願いします、妹のロールモデルになるような人が良いです』

『オッケー』

『助かりました、宜しくお願いします』

 実はそんなに地上に詳しくない要としては、夢の国も一度しか行った事がないので、遊び慣れしていそうな野平の助けは必須だった。昔彼女に強請られて連れて行かされたものの、楽しみ方については、まったく熟知していない。

 

「これから地上?」

 部屋に残っていた石壁も、試しに誘ってみたが、渋い顔をされた。

「もっと早く言って貰えれば付き合えたが、今日は午後から仕事があってなぁ」

 そういえば昨日、言っていた気がする。

「あー、だよなぁー、わりーわりー、じゃぁ、また飲もうな」

 石壁はおぅと返事をし、片手を上げると、部下と一緒にふっと消えた。

 ぬり壁種の中でも長生きで妖力の強い石壁は、こうして簡単に妖力を使う。妖力を使う事はつまり、寿命を削るのに等しい行為なのだが、この先を生きていく事に何の不安もない者は、こうして気軽に妖力を使う。簡単にそれを使える者を、要は格好良く思う。

 石壁達を早々と追い出すような形になり、申し訳なく思いつつ、要は急いで地上行きの服に着替え、髪の寝癖をワックスで治した。タンスから柔らかいタオルを取り出すと、男用の化粧水を掛けて顔を拭う。昔は水道水で洗顔していたのだが、付き合っていた彼女にそれでは肌が荒れると躾けられた。習慣とは怖いもので、女受けする香水まで流れでつける。今は男と付き合っているのだから、必要ないと思うのに、体臭が人の鼻についたら嫌だという一丁前の羞恥心が働くのだ。

 玄関に出ると、安栗はピカピカにオシャレをした様子で立っていて、満面の笑みを浮かべてしまった。

「やべぇ、糞可愛い」

「うるさいし」

「妹が居て良かったぁ~」

 軽口を叩きながら、靴を履きだすと、父親と母親が、奥から出てきた。

「どこ行くの?」

「地上」

 母親の問いに応えると、父親が咳をして疑問を主張する。

「安栗なぁ、勉強疲れしてるから、ちょっと気晴らしさせて来るわ」

 適当な事を言ったが、こういう時、両親の信頼がある事は強い。二人の目は暗に、おまえに任すと言っていた。

「えー、安栗姉、浩二兄ちゃんとデート?」

 両親と一緒に様子を見に来た兄弟たちの一人が声を上げた。

「ずるいんだけど」

「あたしも行くー!」

 口々に不満の声が上がり、安栗が煩いと一喝する。

 この流れは面倒な流れだな、と判断して靴を履くと直ぐに、それじゃ、と声を上げて家を走り出た。残された兄弟たちが一斉にギャァギャァ喚き出すのを背に、ぐんぐんとエレベーターホールまで足を急かす。

 安栗は運動神経が良いので、難なく付いて来た。

 朝方や夕方のまま、時の止まったように、オレンジ色の景色が続く四層の空気がふわふわして身に纏わりつく。 要の数歩後を必死に走ってついて来る安栗が、急に訳もなく笑い出し、つられて要もにやにやする。

 商店街に入ると、馴染みの店員達が、安栗のオシャレをからかった。「お、安栗ちゃん可愛いね!」「安栗ちゃんデート?」「オシャレしてる安栗ちゃんにはきゅうり一本おまけするよー? 食べてけば?」。気の強い安栗が、うるさい、だの。違う、だの。要らないよもう、だのと返事をするのを、要は愉快に見守った。「浩二、妹と結婚は出来ないぞーっ」と叫んだ魚屋の言葉には、顔を真っ赤にして俯いた安栗を、心底可愛いと思う。

 

「わー、妹ちゃん可愛いねーっ」

 舞浜の駅についてすぐ、イクスピアリの飲食店内で合流した野平は上機嫌だった。野平の他には、一本と飛頭、滝神が居た。何故一本!! 何故滝神!! 飛頭さんだけ誘ってくれたら良かったのに。と要は心中で叫んだが、恐らく気遣いの出来る野平が、滝神に気を回して声を掛けたのだろう。その際一本を介したため、一本も来た、という流れだろうか。

「滝神、さん……」

 思わず苦い顔になってしまったのは、滝神が要の恋人であるため。妹の安栗も、それを知っており、少しぶすっとして、要を睨んだ。安栗は滝神を、あまり快く思っていない。

「お兄ちゃん、安栗と二人じゃつまんなかった?」

 電車の中で、夢の国に詳しい野平を呼んだ旨を伝えた際、吐かれた台詞を思い出す。

 そこに、さらに滝神が居たのでは、今日の日を安栗と共に過ごして、地上の良さを教えるという目的が果たせるかどうかわからない。

「安栗さん」

 滝神がさっと席を立って、どうぞ奥に座ってください、と促したが安栗は動かない。そして、大丈夫ですときっぱり断って要の後ろにそっと隠れた。

「そろそろお昼だし、行く?」

 野平が空気を読み、次の行動を取ったので、集団は店を出て夢の国に向かった。夢の国を意識したイクスピアリの内装を、しげしげと眺めながら歩く妹が、やっと機嫌を取り戻したのがわかり、要は密かにほっとした。

「妹ちゃん髪の毛、それ、自分でやってるの?」

 毛先が少し巻いてある妹の髪型に、飛頭が反応した。可愛いねぇと一言添えて、飛頭は妖艶に笑った。生まれて初めて出会う、まさに良い女過ぎる良い女である飛頭に妹はあんぐりと口を開けて頷いた。飛頭は休日のハリウット女優のような、カジュアルなのに品のある格好で、さらりとした長い髪を耳に掛けつつ、安栗の横に並んだ。

「なんか、こう、いけない気分になるな、あの組み合わせ」

 要の横で、一本が子どもらしくない台詞を吐きぎょっとしたが、一本が数百歳の大妖怪であった事を思い出して気持ちを落ち着かせる。

「美女と少女、良いですよね」

 野平が続き、要はううんと声を上げた。

「俺は美女一択ですけどね」

 少女の方、妹だし、と続け、わはは、と笑うと滝神とぴたりと視線が合う。

「僕は要さん一択ですが」

 滝神は恥じもせず、真っ直ぐな目で言い切り、要を赤面させた。

 

 心の弾む音楽に包まれながら、夢の国、ゲートを潜ると、よく整えられた植木がメルヘンな空間を作り上げていた。それから建物の一つ一つの細かな装飾が、若い女心をぎゅぅっと掴んだようだ。安栗はきゃぁーと声を上げて写真撮って良い? お兄ちゃんこの景色写真撮って良い? と連呼した。好きにしろーと優しい気持ちになりながら許可を出すと、安栗は上機嫌でパシャパシャとやり出した。

 飛頭が、一緒に撮って貰おうよ、と誘い、野平にカメラを渡すと安栗と一緒に夢の国前で写真に収まってくれ、それを見ていた一本が、俺もそこ入る! と割り込んで行った。

 お兄ちゃんも、と言われ、やだよと一蹴しても、安栗は機嫌を損ねなかった。

 

 入ってすぐに現れたショッピングゾーンの一つで、お兄ちゃんこれ付けて! と割り振られたのはアヒルのキャラクターが描かれた帽子である。一方で、一本が一つ目のモンスターキャラクターの目玉付き帽子を被ったのを見て、野平と要はツボに入って笑った。

 

 アトラクションに目移りし、園内の仕掛けにきゃぁきゃぁし、実年齢は数百だが、見た目は十二、三歳の少年である一本をお姉さんらしく気遣い、園内でキャラクターを見かけるたびに声を掛けてやり、一緒にはしゃぎ、と安栗は非常に夢の国を楽しんでいるように見えた。

 要は単純に、これで安栗も気晴らしが出来たかな、と安心して、無意識に滝神の背中に触った。滝神が優しく振り返って、肩を撫でてくれたのが嬉しくて思わず体をぶつけてふざけた。

「どうしたんですか?要さん?」

「いや、その、楽しいっすね」

 にっかと笑いかけると、滝神は目を細め、口を開けた。何か言おうとして辞めると、とん、と体をぶつけ返して来た。

 そこで、元気出ましたか、と低く囁かれ、は? と呆けた声を出すと、滝神は薄く笑って話題を流した。

 

 宇宙空間を疾走するようなジェットコースターや、滝の上から落ちるアトラクション、蜂蜜のツボに入って回るアトラクションを終えた所で、ふと石壁の事を思い出した。丁度おやつ休憩で、滝神と並んでベンチに座り、想定外の沈黙が続いたため、昨日聞かされた石壁の悩みが蘇ったのだ。目の端で、飛頭とはしゃぐ安栗が見えて微笑ましい気持ちになりながら、今度は友人の悩みに意識を向けた。

 

 石壁は現在、警護員の職にあり、難しい現場を任されている。

 要人警護……簡単に言うとお偉いさんを守る役だ。これまで、優秀な成績を残し、表彰される事もあった石壁だが、昨日は「もう限界だ、この先やって行ける気がしない」と弱気な声を上げていた。五年の契約を結んだ大切な太客と馬が合わず、しょっちゅう揉めてしまう事に悩んでいるという。その太客に付く者を、他に代わって貰ったらどうかと提案したが、渋い顔をして、それじゃぁ逃げだと口にする。要が何とか出来るような事ではないのだが、無二の親友であるため、心配である。

「滝神さん」

「はい」

「土星大地って知ってますか?」

 その太客の名を、滝神にぶつけてみた。本当は守秘義務があり、外部に漏らしてはいけない情報を要が相手だからと教えてくれた石壁の事を考え、詳細は伏せた。大地について要の知る事は、大金の動く裁判を請け負う弁護士で、非常に頭が切れ優秀だという情報のみ。

「うちの顧問弁護士ですね」

「は?!」

 頓狂な声を上げてしまった要に、滝神は心配そうな顔をした。

「何かありましたか?」

「いや、あの、何かっていうか」

 言葉を濁すと、滝神は頷いて、困った顔で前を向いた。

「彼は江戸時代、やくざの親分として有名な男で、精霊の癖にそれはそれは残忍な商売をしていました」

 何とまぁ、悪い噂だろう。

「そ、そんな奴が弁護士に?」

「まぁ、強いですよ、彼は。元々よく口の回る男でしたから、天職だったんでしょう、ああ、貴方と仲良しの鶴さんとは、犬猿の中ですので、良ければ彼に詳細を聞くと良いですよ、鶴さんのシマに、彼の根城があったのも、彼らが不仲になる要因だったのでしょうね」

 今日、電話を掛ける相手として、野平と迷った鶴の事を思い出す。鶴は非常に面倒見が良く、きっと今朝、誘いを掛けたら応じてくれただろう。避けたのは、鶴に、要が思い悩んでいる事を察知されていたせいだった。

「最近、あまり一緒に居る所を見かけませんが」

「うっ……」

 ぽつりと指摘されて汗を掻いた。どうして知っているのだろう。

「僕は大変嫉妬深いので、貴方がどんな人と仲良くしているか、割と把握しています」

「……そうですか」

 石壁の事で、悩んでいた頭に、急に自分の問題が浮上し、混乱して滝神から顔を背ける。

「鶴さんには、貴方がもやもやと思い悩んでいる事が、バレているから避けているんでしょう? 貴方は自分の問題については、細心の注意を払い、悟られないようにする、ずるい人です」

「っ……」

 ずるいという負の言葉を厳しい響きで吐かれ、それが心を預けきっている滝神の口から出てきた事に、泣きそうになった。が、そこは成人男性である。こらえた。

「……お父さんが僕にへりくだるのが嫌で、悩んでいるそうですね」

「あ、……はい」

 ずばり、と気持ちを言い当てられて、思わず肯定してしまった。

「お父さんを尊敬していて、自分がお父さんのように育って行くのを長生きの糧にしていたのに、僕にへりくだるお父さんを見て、将来に不安が出来てしまった……。自分も、お父さんみたいに、長生きしたって大妖怪には、へりくだる運命にあると」

「……はい」

 まさに。まさにその通りだと、咽喉が痛くなるのを堪えながら頷くと、滝神にふわりと頭を撫でられた。

「それは、貴方の思い込みです。僕は今日、鶴さんから伝言を預かっていましてね。貴方は、自分より遥かに妖力の強い妖怪……恐らく小野森鬼李の事ですね。彼が鶴さんに襲い掛かるのを見て、助けに飛んで行った。『咄嗟の行動は、その者の本質をあらわす……、長く生きていようが、まだ若かろうが、俺は今現在、おまえを尊敬出来る立派な妖怪だと思ってる、脅威に屈せず立ち向かえるイイ男だ』と、鶴さんはおっしゃってました。『だから安心して長寿になれ』と」

 こないだ、鶴の身辺を探るために鶴と飲んだ。そこで、鶴は要の悩みを察知したのだろう。恐ろしい洞察力だ。

「僕は、鶴さんにこの伝言を託されてはじめて貴方の悩みに気が付いた、もっと早く気が付きたかった、悔しくて、しばらく鶴さんを憎たらしく思っていました。しかし、貴方にこうして伝えられる役目を得られたのでよしとしましょう」

 それから、滝神は急に、要を強く抱きしめた。暖かさに心が溶かされ、すべてどうでもよくなる。悩みという悩みをふきとばす、体温の力。数秒、ぼんやりしてから、やっとここがどこなのか思い出した。

「ってうぉおい、ここ、外だよ、滝神さん!!」

 慌てて周囲を見回すと、楽しそうな飛頭と安栗のにやにや顔、野平と一本の冷ややかな視線が雁首を揃えていた。

「何だよ、おまえら!! 言いたい事あるなら言えよ!!! カッ……っ、カップルがいちゃついて何が悪いんだよぉ!!」

「やだ、お兄ちゃん、逆切れカッコ悪い」

「赤くなっちゃって可愛いんだからぁ」

 安栗の笑い声と飛頭のからかい声。

「ところでお兄ちゃん、あたし、ホーンテッドマンション行きたい!!」

「お、おう、そうだな、……行こう、……うん」

 むにゃむにゃと返事をしながら、頬の熱を必死に冷ます。

「……ねぇ安栗ちゃん、良かったら、あたし達二人で回らない? お兄ちゃん、忙しそうだから」

 含みのある飛頭の提案に、安栗が、あ、そうですね! そうしましょう?! と期待に弾んだ声を上げた。要の頬はますます熱を持ち、耳にまで及んだ。

「安栗、おまえ、俺と滝神さんに反対だったんじゃ……」

 問いかけに、安栗はむぅと口を結ぶと、諦めたように笑った。その事はもういいの、と言って大人っぽく笑う、妹の顔にどきりとする。こんな大人の女のような表情が出来るようになったのか、と感じ入っていると、飛頭が腕を組んだ。

「あたしが貴方達の馴れ初めや純愛や悲喜交々、言い聞かせてあげたら納得してくれたの」

 腕組で強調された乳につい目を奪われそうになるのを、必死に耐えて、なんかすみませんねと返事をした。

 いいのよ、朝飯前よこんな事、むしろ楽しかったわ恋バナ、と応じた飛頭に、ふと疑問を覚える。

「いや、ちょっと待って、飛頭さんって、……えっ?! 何で知ってるんですか?!」

「女怪の噂好き根性を舐めちゃいけないわ、何故か男同士のは広がり易いのよねぇ、牛鬼さんと小豆君とか、ほんとがっかりした」

「え?! 牛鬼さんって、あの牛鬼さん?!」

「そうよ、あたし狙ってたのに酷いわ、しかも小豆君とか似合わないし、……未だ知らないふりしてモーション掛けてるけどね!」

 ばっちん、とウインクした飛頭に恐ろしさを覚えながら、滝神は安栗を見た。

 飛頭を憧れの眼差しで眺めている。

「安栗、おまえ、飛頭さんに迷惑掛けないか?」

「掛けない!」

 きっぱりと言い切る安栗に、要はううんと悩んだ。別行動になれば、滝神ともっとしっかり接触しても、からかわれない。というか、いっそトイレに入ってがっつりイチャつく事も出来る。しかし今日は安栗のために設定した日であり、安栗の様子を見ていたい。安栗がきちんと気晴らし出来るよう、気を遣いたい。

「だけど安栗……」

 兄ちゃんはおまえと一緒に居たいな、という殺し文句を言おうとして「お兄ちゃん、あたしね」と遮られる。

「ん?」

「実はね、同じ塾で彼氏が居て……」

「ハッ?!」

 水鉄砲を顔にぶちかまされ、起こされたような声が出た。は? 彼氏? 安栗に? はぁ?!

「年上なんだけど、三層の大学進む事が決まってて、その彼と結婚する予定だったから、あたしだけ一層とか、地上にある良い大学入って、地上に就職してもなって、思ってたの」

「え、、、え?! ちょっと待て!」

「彼氏より頭良いっていうの、何か、彼に嫌われる要因になりそうで、気が進まなかったんだけどさ、今日、飛頭さんに会って目が覚めた」

「……ぉう」

「男は彼だけじゃないって事!!!」

 鼻息荒く、何を言い出すのかこの妹は。

「お兄ちゃんマジ羨ましいんだけど、飛頭さんの会社の男凄いイケメンばっかじゃない?! なんでこんなとこ出入りしてるの?! お兄ちゃんマジ羨ましいんだけど!!! あたし一刻も早くここ入社して天野さんか狐さんか牛鬼さんか鶴さんと結婚するっ!! 青鬼さんも捨てがたい!」

「いやぁ、この子良い趣味してるよ浩二君! あたしと趣味結構かぶるの!」

 飛頭が写真を見せたのだろう、面食いが丸分かりの人選に、要は恥ずかしくなって思わず妹の頭をペシンと叩いた。

「ば、ばっかもん!!!」

 親父の口調、そのままに罵ると、妹がべぇと舌を出した。

「七ちゃんは性格悪くて、狐っちはチャラいから、うーん、永ちゃんか青鬼さんが狙い目かなぁ、牛鬼さんはあたしのだし」

 七ちゃんとは天野七郎の名から呼んでいるのだろう、永ちゃんとは鶴の事で、要も酔うと永ちゃんと呼ぶが、飛頭の呼び方にはどこか艶がある。しかし、鶴も青鬼も相当に長寿で妖力の強い大妖怪である。安栗が相手にされるわけがない。

「やめて飛頭さん、妹に変な夢持たせないで、……鶴さんや青鬼さんが安栗なんかになびくかよ」

「何言ってんの、安栗ちゃん超可愛いよ? ねぇ?」

 飛頭に褒められて、安栗はもじもじした。

「安栗、のぼせんなよ、おまえなんか中の上だ、相手になんねぇ」

「永ちゃんは良いよぉ、セックスが巧いよぉ、陰間だったからさぁ、こっちのいいとこわかってんの……!青鬼さんは、あたし相手して貰った事ないから分かんないけど、なんか大切にしてくれそうだよねー?」

 たった今、熱い言葉で要を励ましてくれた鶴の女事情が露見して慌てる。セックスが巧いとか想像付くけど知りたくねぇよ。とまた心中で叫んであたふたする要の代わりに、滝神がしっ、と口に指を当てて飛頭を窘めた。

「飛頭さん、こんな真昼間から、お下品な言葉を口にしてはいけません」

「やだ滝神さん、お下品って! セックスぐらい今時中学生だって話題にしてますよ、でもホントはもっと早くから教えた方がいんじゃないかって、あたし感じてますけど。興味持って知ろうとしてからじゃ遅いの。興味ない頃から知らせといて、しかるべき時期を待ってやるものだって覚えこまさないと! わかる? 暴走する時期じゃ、何言っても変な方向に取るし……」

「飛頭さん、論点をすり替えないで」

「とにかく、あたし達女二人で仲良く回りたいの、ねぇ、安栗ちゃん?」

「はい!!」

 さっきから、安栗の返事は妙に勢いが良い。完全に、尊敬の対象が要から飛頭に移っている。兄として少し寂しい気もするが、今回、結果的に、彼氏に嫌われたくない、という気持ちから発生していた安栗の地上嫌いを、飛頭は治してくれたのである。安心して、要は安栗を飛頭に託した。

 

「滝神さん、……背中、もっと摩って、気持ち良い」

 そして、滝神と二人、トイレでイチャつくに至った要である。キスをしてぎゅぅと抱き合って、密着して体温を感じた後は、互いの腿や背中を摩り、それっぽい空気を感じ合う。

「要さんのしたい事って、いつも新鮮です」

 放っておくと老夫婦の交わりしか要求して来ない滝神に対し、要は若者らしい衝動的な接触を求めた。

「ぁっ……」

 しかし、一度行動に移ると滝神の方が諸々、上手である。ずぼっ、とトイレットペーパーの塊をパンツの中に押し込まれたかと思えば、耳を思い切り舌で嬲られた。表面を舐められ、耳たぶの下を吸われ、耳の穴に舌を入れられたところで達した要は汗だくになっていた。パンツに押し込まれたトイレットペーパーが、粗相を受け止めてくれていたので下着は汚れなかったが、何だこれ、と思わず呟いていた。

 耳だけで、達するなど想像していなかった。

「良かったですか?」

 爽やかに聞かれて、はい、という返事しか出てこず、要は放心した。

 一体、何をやっているのだろう。妹を元気づけようとして、ここまで来たのに。いや、結果、妹は元気になったのだが。

 

 ばっかもん、と今度は自分に父親の雷が降って来た。その隣には滝神と飛頭。後ろに野平と一本も居た。あの後、夢の国で遊んだ面子でご飯を食べようという流れになり、東京駅で惣菜を買って赤坂見附の地下にある野平の家に集合したのだ。

 そこで、飛頭が買っていた天使のワインと呼ばれる天使パッケージの甘い白ワインを安栗がジュースと間違えて飲み続け、潰れてしまったのである。安栗が眠ってしまったために、野平の家に兄弟で泊まる旨を口にしたら、父親が嫁入り前の娘を泊めさせられないとごね、仕方がないので正直に経緯を離すと、烈火のごとく怒り狂って乗り込んで来たのである。

 よって、大妖怪達と要が、揃って父親の前に正座である。

「妹の飲み物をちゃんと見てなかったうちの浩二が一番大馬鹿もんだが、百超えの大妖怪が四体も居て何てざまですか、あんたがたには遠い昔かもしれないが、若い妖怪は弱いんです、軽い気持ちで接しないでください」

 父親の言う事に、すみません、と大妖怪達がしょんぼりと応じる。休日を要と安栗のために費やしてくれた大妖怪達に、非常に申し訳ない気持ちで一杯だが、しかし、娘のためであれば、相手がどんな大物であろうと物怖じしない父親の姿に、要は嬉しさを隠せずに居たのだった。

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◆小ネタ 『夜の虫けら』(執着攻め×強気受け) 

鬼李が深夜にふと目を覚ます時、隣に寝ている永吉はたいてい、猫のように丸くなって呻いている。呻き声で目が覚めたわけではなく、直感的に意識が隣に持ってゆかれて目が覚める。昔より頻度は減ったが、永吉は時折こうして一人で苦しんでいることがある。はじめはどうにか癒してやろうと額の汗をぬぐったり、そっと抱きしめたりしていたが、永吉を苦しめているものの正体を知ってからは、それをやめた。永吉は、鬼李の優しさに苦しめられていた。

 

◆小ネタ 『なしなし』(世話焼き攻め×マイペース営業マン)

 のっぺら坊種の野平には顔がない。妖力を消費し、誰かの顔をつくる。誰の顔がいいかを自由に選べる変わり、社会人として働く際には、常に誰かの顔を借り……妖力を消費しなければならない。

 童の姿で時の止まった一本もまた、社会では大人の姿を保つよう要求され、妖力を消費して体をつくらねばならない。

 

◆小ネタ 『湯たんぽ』(強面俺様×強気な相方)

 永吉という男は、とにかく身近で都合のいい男だった。性欲をぶつけるのに丁度いい。お互い慰めあうために交わっていた。

「ウ……、ぁ、あか、き……、はぁ、ウ……んぅ、んんッ……ん、んく」

 

◆小ネタ『気になる股間』(八割男性×自由人)

「今月、調子どうですか?」

「おはぁぁぁ?!」

 様々な形のコピー機や、製本機械、文房具の置かれた準備室の壁際、コピー機前待機中にスマホを起動させたその時、その油断しきった耳に突如湿っぽいイイ声が注がれれば誰だって叫ぶ。

 

◆小ネタ 『カンタンな方法』(マイペースな腹黒、我が道を行く堅物、天然な俺様)

トート・マグランはいつも一人、不機嫌な強者として廊下側後ろの、真横に柱のある席を陣取って寝ていた。物音を立てる者がいると、容赦なく妖圧を掛けてくるので、休み時間には皆そそくさと教室を離れる。地下一層、ほとんどの生徒は地上にある妖怪企業に就職か、人の皮を被って人世に留学に行く。年頃はまちまちだが、学びをはじめた頃合いが同じの妖達は、一種の連帯感を持って、学校と呼ばれるその場所に通っていた。

 

◆小ネタ 『座らない人』(天然攻め←ナンパ受)

長蔵はその日、東武バスを利用して川越駅に向かっていた。何気なく窓からの景色を眺めていたら見覚えのある顔がバス停の向こう、心臓が高鳴る。遠くからでもすぐにわかる、焦茶の長い髪とハッキリした顔立ち。真っ直ぐひかれた形の良い眉と、平行した切れ長の二重。すっと鼻筋が通っており、目に心地の良い顔面。長身の蘭王は、バス停の標識より高いところに顔があり、とても目立っていた。バスが速度を落としていく中、熱視線を送っていたのがバレて、こちらに気が付くとからっとした笑みを浮かべ、手を振ってくる。バスは蘭王を目指して進み、蘭王の前に止まった。

「座らない人?」

 

『お願いします、要さん』(マイペースエリート×庶民派苦労人、執着攻め×強気受け) 

 お願いします要さん、と滝神に言われ、やって来たのは営業部フロア。透けた壁が全体を広く見せる設計が特徴的で、常に誰かが電話で外部と話をしており、フロアの至るところで簡単な情報交換や営業戦略などのやり取りの声が聞こえる。このフロアに入ると、要はいつもピリッとした気分になった。定時30分前、18時を過ぎているが喧騒は止む気配がない。

『お願いします、要さん』(マイペースエリート×庶民派苦労人、執着攻め×強気受け)

 お願いします要さん、と滝神に言われ、やって来たのは営業部フロア。透けた壁が全体を広く見せる設計が特徴的で、常に誰かが電話で外部と話をしており、フロアの至るところで簡単な情報交換や営業戦略などのやり取りの声が聞こえる。このフロアに入ると、要はいつもピリッとした気分になった。定時30分前、18時を過ぎているが喧騒は止む気配がない。

 

「お疲れ様で~す」

 右へ左へ、忙しなく動く営業の人間に、いちいち声を掛けながら、専用の掃除機を床に滑らせて進む。華やかな女子社員に愛想を振りまきつつ、フロア内を観察。要は一応、管理職なので、自分で好きな場所を選び働ける。これを知った滝神が、数日前、要にお願いをして来た。新人事で、営業部はどのようになったか。要に様子を見て来て欲しいという。

「野平センパァ~イ!」

 甘ったるい女子社員の声が聞こえ、顔を向けると第二営業部のマネージャー席で、新しくマネージャー職についた野平が乳のでかいろくろ首の女子社員から相談を受けていた。

「私の作った資料、ちょっとチェックして貰いたいんですけどぉ」

「ああ、共有に入れてたタンコロ劇場株式会社の?」

「はい~」

 先回りが得意で、指示の巧い野平に相談を持ちかける若手社員、というこの光景は、既に廊下や会議室でもよく見かけていた。野平を第二営業部のマネージャー職に抜擢した人物には、見る目があると思う。

 友人である野平の昇進に肯定的な気持ちも手伝い、要は笑みを浮かべた。一方で、赤鬼を欠いた第一営業部は、どこか緩んでいるように見えた。いつも恐ろしい形相で、フロア内を歩き回り数字の進捗を聞いていた赤鬼の姿がなく、代わりに部長席に収まっている新部長、鶴 永吉は覇気のない目で報告書を捌いていた。

 いつも一人一人が重い仕事を抱え、忙しく飛び回っている第一のメンバーが、ゆったりと珈琲を飲んで宙を眺めていたり、集まって雑談に花を咲かせている様子が気になる。前に来た時は、見なかった景色だなと記憶に留めた。

「要」

 後ろから名を呼ばれ、驚いて振り返ると鬼李が居た。営業部の野平と仲の良い要は、よく野平と親交がある他の営業部員とも飲みの席を共にする。鬼李とは数日前、居酒屋で知り合いになった。

「鬼李、さん?」

「もしかして、滝神から依頼受けて内部調査とかしてた?」

 少しだけ浮き出た鬼李の目は、細められると目玉の形がわかり怖い。どこか不気味な雰囲気さえなければ、それなりに整った鬼李の顔は、大陸めいており、日本妖怪との違いを感じる。インドや中国、ロシアの要素がバランスよく混じりあい、鬼李の顔は国籍不明の、異国的な情緒を漂わせている。根本は、鼻が高く彫りが深い、はっきりした顔立ちだが、細部が繊細で、アジアらしい細かい作りをしている。ゆるやかな垂れ目や小さな口が女受けしそうである。

「鬼李さん、今度、合コン行きませんか?」

 強力なライバルは、強力な磁石にもなる。鬼李のようなメンバーを揃えておくと、粒ぞろいの会合に呼ばれやすくなるのだ。

「君、俺の話、聞いてた?」

「あ」

 鬼李の顔に意識を取られていて、台詞が前後したが聞いていなかったわけではない。

「えっと、まぁ、確かに俺、滝神さんに様子見るよう言われましたけど、どうしてわかったんですか?」

 素直に応えると、鬼李は目を細めた。

「営業部の人事移動があってから二週目じゃん、このタイミングで普段ここのフロア担当してない人が紛れ込んで来たら気になるでしょ、しかもその紛れ込んで来たのが滝神の恋人じゃぁ、尚更ね」

 言い切ってから、にこりと人懐っこい笑みを浮かべる。

「俺の可愛い永吉が新部長になってから、緩んでる、とか言われるの嫌だから教えておいてあげるけど、第一は新しくユニット制を取り入れたんだよ」

「ユニット制?」

「同傾向の客を持つ人間で組織作って動いてるの、提案資料作ったり営業かけたりする時、事例を共有しやすいから作業効率が上がって、今までじゃ考えられなかった定時帰りも出来るようになったし、結構、皆喜んでるよ」

 鬼李の明るい声の裏、俺の可愛い永吉が築いた新しいシステム素晴らしいよな、なんか文句あるなら俺が相手だけど、という副音声が聞こえて来そうだった。

「へぇ、なんかよくわかんねぇけど、凄いんっすね」

 触らぬ神に祟りなし、と作り笑顔でさらりと受け流すと、そうなの、と鬼李は満足気に頷いた。

 

 怪PR社の上にある時の鐘から、地上に出て徒歩3分程。若い女性客に人気の小洒落た喫茶店があり、要はそこで滝神に珈琲を奢られていた。

要が昔、付き合っていた女に連れられて良く来ていた店で、雰囲気と味にこだわりを持っており、良質な休憩時間を提供してくれる。

 オシャレになりたいなどと言う滝神を、じゃぁオシャレな店にでも行きましょうかと軽い気持ちで連れて来た数ヶ月前。以来、二人のデート定番スポットになってしまった。

「いかがでしたか?」

「ん~、概ね、良い感じだとは思いますけど……、野平さんが上手くやれすぎててヤッカミ受けないか心配っすね、牛鬼さん? とか、昔は野平さんより評価高かったわけじゃないですか。それが今は部下みたいな形になっちゃってるし、あと、鵺さんでしたっけ、髪の短い女性の方なんかも、野平さんより古株だって話ですからね」

「まぁ、鵺さんについては野平さんより先に昇進の話があったので」

「えっ」

「子育てが忙しいからと断られてしまったんですよ、それで野平さんに話が行ったんです」

 滝神はにこにこと、要なんかに教えていいのかどうかわからない、重要な事をさらりと口にした。情報漏えいとか、問題にならないのだろうか。

「これは、野平さん始め、営業部全体が既に知っている事なので、大丈夫ですよ」

 要の気持ちを察したのか、滝神が言葉を付け足した。

「じゃぁ、後は牛鬼さん……」

「牛鬼は大丈夫だろ」

 要の横に、ちょこんと座った子どもが呟き、え、はぁ、と要は思わず気の抜けた返事をした。この子どもは一本と名乗る滝神の部下だ。要がいつものように滝神の待つ喫茶店に足を運ぶと、一本は既に、滝神の向かいに鎮座しており、おまえが要さんかと不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫っていうのは、何かもう、手を打って?」

「いや、あいつは野平の昇進に対して、負の感情なんか抱いてねぇって話だ、……あの伊達男は表舞台が好きだから、後方支援がメインになる管理職はむしろ積極的に引き受けたくないってのが本音だろう」

 子どもは長い前髪を揺らしながら、パニーニを頬張り、考察を述べた。ふっくらして柔らかそうな可愛らしいほっぺに黒い焦げカスがついている。すると、一本さん、付いてますよ、と滝神が眉を下げ、藍染の上品なハンカチでその頬を拭ってやった。滝神に優しくされた一本に、一瞬羨ましさを感じ、目を逸らす。

「……要さん、実は彼、牛鬼さんや野平さんと昔馴染みでして」

 そんな要の様子など気にも留めず、滝神は一本について解説した。

「へぇ」

 小さな子を前に、昔馴染み、などという言葉が出るのが面白くて、半笑いの顔になる。

「一本さんはこれで、元営業でして、営業人事のエキスパートなんです」

「はぁ」

 上司である滝神に少し持ち上げられ気味に紹介されているというのに、一本は我関せずなのか目の前の事に夢中なのか、恐らく後者だろう、下を向いて今度はパスタを熱心に頬張っている。小さな口が一生懸命、もぐもぐ動いており、うっかり父性に目覚めそうになる。小さな弟や妹の世話を数多くこなして来た要にはわかる、一本は実に可愛らしい子どもだった。要家の、目つきが悪く痩せた悪ガキとは一線を画している。何というか、大人を身悶えさせる類の、子どもの魔力を持っている。

「おい、要さん、あんまりじっと見んなよ照れんだろ」

 小動物を前にした女子のようなときめきを胸に覚えつつ、見つめていたら一本は視線に気づいて、顎を掻きながら窘めて来た。

「あ、さーせん、……なんか、その、可愛いなぁって思って」

 正直に言うと、ちっと舌打ちされる。見た目と言動のギャップが凄い。

「おまえ、稚児趣味とかじゃねぇよなぁ、もしそうだったら、ぶっ殺しちまうぞ?」

「や、そういう可愛いじゃねぇっす」

 幼児から危険な台詞が飛び出し、要は慌てて弁明した。

「要さん、気を付けてくださいね、彼、結構お強いので」

 ふざけた小声で、滝神が忠告を口にした。おいおい。

「あんたまで何言ってんだよ、ちげーってか、そっち方面で意識してる男とかあんたぐらいだから!!」

 まず男相手にそういう気持ちは起きない、という趣旨を伝えたかったのだが、滝神がさっと頬を赤らめたので、ぶわ、と額に汗を掻いた。しまった、変な事を言ったと後悔したが、言い訳する気は起きなかった。恐らく、頬を赤らめて喜んでいる滝神を、がっかりさせたくない、という気持ちがあるのだろう。俺、もしかして満更でもないのか? と滝神が自分を好いているという事実を、改めて振り返ると、こうして会うための時間を作っている時点で、答えは出ているのかもしれない。

「ヒュー、お熱いねぇ、見せつけてくれちゃって!苦戦してるって聞いたけど、もしかしてもうデキてんのか?」

 しかし、一本が幼児としてあまりにも酷い台詞を吐いたので、要は少し傷つき、思考世界から戻った。自分の妹や弟には、こういう言葉を覚えて欲しくない。一本にも出来ることなら、普通の幼児らしく、色恋の匂いには無頓着で居て欲しい。大人の中で働いて居るという環境が悪いのだろうか。

「えっと、一応聞くけど、一本さんは、お父さんやお母さんには何て言って勤めてるんだ?」

 もしかすると、見た目より遥かに生きている大妖怪なのかもしれないが、要の周囲は見た目と年齢の一致する妖怪ばかりなので、大人としての義務を感じ、小さな子の身辺状況を伺った。

「あー? 親なんかもう遥か昔に生き別れて行方知れずだなぁ、齢五百以上の妖怪は大体そうじゃねぇかな、あ、見た目が止まるの早くて若く見えるけど、俺、中身はオッサンだから」

 齢五百以上、と想像より遥かに大妖怪だった幼児に対し、固まった要の肩を滝神がぽんぽんと叩いた。オレンジジュースのグラスを、両手できゅっと掴んでいる一本の手は紅葉のように赤っぽくて小さい。この愛らしい少年が、五百年以上も生き長らえているというのだから驚きだ。地上に出られるような大妖怪の世界は、地下育ちの要の想像をいつも遥かに越えて来る。

 

 わっと歓声の上がっている第一営業部の様子に、驚きつつ要はいつものように、床に清掃車を走らせていた。本日も営業部の様子を見に、営業フロアを担当していた要は、不思議な気持ちでいつもより騒がしい第一営業部の中にいた。

 どこかのチームが、大きな仕事を受注したらしく喜びに湧いていたのだ。これまで、第一営業部と言えば個人で忙しく動いており、周りは全て敵、という空気も漂っていたのに。数人で手を叩き合い、やったな、ありがとう、おまえのおかげだよ、といった言葉を連発している第一の部員達は、別人のようにキラキラした笑顔を浮かべていた。

 その様子を見ていたら、要はますます、鶴が新部長になってから取り入れられたユニット制を肯定したくなった。理由は、部員の精神衛生面が、著しく改善されたため。前の、赤鬼による恐怖政治に晒されていた頃の第一部員達は、いつもピリピリして怒りっぽかったのだ。だから、このユニット制で、部員達が少し優しさを取り戻しているのが、嬉しかった。

 しかし先月から続いている一本と滝神との三人会議で、第一営業部の成績が鈍く落ち込んでいる事を、要は知らされていた。本部長となった赤鬼を、第一営業部長兼本部長という形で、第一営業部に戻そうかという話も出ているらしい。

 要としては、このままユニット制が定着するのを見守りたい。定着すれば、そのうち成績も伸びると思う。思いたい。しかし、営業は売上が第一の現場であり、外部の人間である要に、発言権などない。

 

 考え事をしていたら作業効率が下がり、いつもより仕事の終わりが遅くなった。清掃準備室で着替えをしていたら、隣接する医務室から離せ、嫌だ、という悲鳴が聞こえて来た。聴き間違えようのない滑らかな聞き取り易い声、新部長、鶴の声である。ぎょっとして急いで現場に走ると、半開きの戸口で、鶴と鬼李が揉み合っていた。

 医務室の中に連れ込もうとする鬼李と、嫌がる鶴の図に、要は自然と体が動いていた。

「何してんすか!」

 男らしく割入ろうとした瞬間、何かの重みで、ずんと床に縛りつけられる。

「関係ない人はすっこんでて貰えるかな?」

 鬼李の声には苛立ちが含まれていて、鶴がギリギリと身を医務室の外に出そうとするその抵抗が、鬼李にとっては対した事ではないのだと悟った。鬼李は、無理やり連れ込もうとしているが、加減している。恐らく、鬼李が本気で鶴を襲おうと思えば、もっと鮮やかに事を運べるのだろう。揉めているという事は、鶴の意思と正面からぶつかっているのだ。

「嫌だ、って何度言やわかんだ、糞、ちっとぐれぇ猶予しろっ」

「しない」

「……何でっ、急にこんな頻繁に、したがるようになったんだよ?こっちの精神状態も考えろ」

 鶴の喚きに、鬼李はきっと怖い顔を作ると、鶴の顎を掴んだ。

「永吉が赤鬼を呼び戻そうとして、手を抜くから悪いんだよ、……あいつのせいで、悪魔のトイレにされてた癖に、俺が助けなかったら今頃っ」

 バシンと、鬼李の頬が鶴に叩かれてあたりがしんとなった。

「やめろ」

 今度は消えそうな、息のような声で鶴が呻き、その瞬間鶴の身を、鬼李がぎゅっと抱きしめた。要は床から二人を眺めていたが、あまりにも日常と掛け離れた光景に、言葉も出なかった。

 ちゅ、ちゅ、と音が響き、鬼李が鶴の目元や首、指の先にキスをし始めた。鶴はその様子をぼんやりと見つめていたが、ふいに要に気がついて、ぎゃっと声を上げ鬼李に背を向けた。

「待て、鬼李! ちょっと頼むから、待て」

「もう、今度は何」

 鶴の視線をたどって、鬼李の目が、要に留まる。

「……あ、えっと、うん、ごめんね永吉、恥ずかしがってるとこ悪いんだけど、彼には俺達の関係、普通にバレてるから」

「あ?」

「……すっ、すみません、あの、その、鬼李さんと俺、友達で!」

 慌てて口を開き、事情を説明すると鶴はさっと青ざめた。

「おい、ふざけんなよ、……俺とおまえの関係って、……どんな風に話しやがったんだ、勝手にっ」

「どんな風に、ってありのまま話したよ?」

 実はそこまで、鬼李と会話をした事がない要は、ばつが悪く視線を逸らした。正直なところ、鬼李と鶴が出来ている、という事しか、要は知らない。

 しかし、鶴はその言葉を聞いてわなわなと震え、鬼李を突き飛ばした。

「全部……っ、全部ってどういうことだ、俺の許可なく、俺のっ」

 言いかけてぼろぼろと涙を零し出した鶴に、要はいよいよ焦ってその場を退散したくなった。悪事に、加担させられている気分である。

「さっきも、堂々とあんな、……ト、トイレとか言いやがるし」

 まだ百も生きていない要だが、長生きの妖怪達がまとめた妖怪の歴史から、悪魔による蹂躙の時代があった事を知っている。だから先程の鬼李の言葉から、鶴が過去に何か悲惨な目にあった事はすぐにわかった。

 鬼李はどうして、大事な鶴を辱める、あんな台詞を吐いたのか、無関係な要に、可哀相な恋人の傷口を開いて見せたのか。

「鶴は赤鬼のせいで、酷い目に遭ったんじゃん」

 鬼李がむくれたような声で呟くと、鶴は首を横に振った。

「あれは別に、赤鬼のせいじゃねぇ」

「赤鬼のせいだよ、赤鬼が弱かったせい、俺なら絶対、鶴をあんな目に遭わせないもん」

「鬼李、……おまえこないだから、もう過ぎた事を、今更、何だよ?」

「あのね、一度起きた事を、なかったことになんか出来ないでしょ、鶴は自分がどんな酷い目に遭ったのか、もっと自覚しなきゃ駄目だよ、人に知られるのが嫌な過去が出来ちゃったの、辛いでしょ? 赤鬼の傍に居たせいでしょ? 赤鬼がちゃんと守ってくれなかったから……」

 鬼李の言葉は強者の理屈で、要には理解出来なかった。鶴のような弱い生き物は保護されるべきで、保護する奴は強くなきゃいけない。という事なのだが、弱者には弱者のプライドがある事を、どうして強者は理解出来ないのだろうか。

「俺の身は俺が守る」

 案の定、鶴はむくれたように、呟いて鬼李を睨んだ。

「そんなこと言って、永吉、また、あんな目に遭っていいの?」 

 鬼李が詰ると、鶴は疲れた顔で、正面から鬼李を見つめた。

「いいわけねぇが、だからって、おまえに、……どうかこの弱い鶴種の永吉を、守ってくださいなんて、言えるかよ」

 鶴の顔には、怒りのような絶望のような、何とも言えない負の感情が貼り付いていた。

 長い沈黙の後、鬼李がそっと鶴の手を取り、乾いた笑みを浮かべ、ちらりと要を見た。

「ここじゃ、邪魔が入っちゃうから、家に帰ってて」

「家はもっと嫌だ、一回じゃ済まねぇ」

 鬼李は鶴の言葉を、聞いていたのかいなかったのか、ふっと妖力で鶴を包み、その場から消してしまった。それから要に向き直り、金縛りを解くと、丁寧に助け起こしてくれた。

「見苦しいところ、見せちゃったね」

「……あの、無理やりって、ちょっと、どうかと思いますが」

 思うところを素直にぶつけると鬼李は薄く笑った。

「俺も、どうかと思ってるよ?」

 わかっててやってるんだ、と暗に知らされ、要はもう一言もぶつけられなくなった。

「滝神に伝えてよ、永吉の実力はこんなんじゃないんだ、赤鬼に戻って来て欲しくて、手を抜いてる」

 鬼李の凄みに負け、頷くと鬼李は消えた。

 

 その日の報告は、いつもの喫茶店で伝えるには障りがあると考え、要は会合の場所を、滝神の家に指定した。秩父の山奥、長瀞石畳と言われる自然地帯に滝神の家はあった。

 妖怪メトロ石畳駅から登ると、あたりは石畳と表現されるにふさわしい、薄くて柔らかな石の畳の重なった、不思議な岩に囲まれた川辺だった。滑らかで美しい石の層は、妹の安栗が好むケーキ「ミルフィーユ」に良く景観が似ている。岩は、およそ岩と呼ぶにはふさわしくない、ふんわりと優しい雰囲気で、川辺に存在していた。

「綺麗な場所っすね」

「明日の朝の方が、きっと景色は良いでしょう、石畳は光の中で見た方が映えます」

 明日の朝、という言葉に、泊まりを促されたのかと判断し、要は少し考えた。もしかして誘われているのか。

「僕の家は、僕一人しか住んでいないので、要さんの家と違い寂しいですが、大丈夫でしょうか?」

 絶対、誘われている。

「だ、大丈夫、じゃ、ねーかも」

「そうですか……では、一本さんも呼びますか?」

「え? そう来る?」

「……? ……駄目ですか?」

「や、駄目じゃねぇっすけど」

 あんた、俺のこと好きで、俺とやりたいんじゃねーの? と下世話な質問は、とても投げかけられるような雰囲気ではない。滝神は上品に、にこにこと要の次の言葉を待っている。

「あんまり、……その、……広まらない方がいいかも、しんない、話、するんで」

「わかりました」

 頷いた滝神に、ほっとして、ほっとする理由が分からずに、歩き出した滝神の後を追う。石畳の続く川辺の上流、急激な段差がある場所まで歩いて来て、滝飛沫が上がる地点に差し掛かると、滝神は要の手を握った。

「?!」

「最初は恐ろしいかもしれませんが、僕が妖力で包んでいるので、濡れる事はありません」

 滝神に引っ張られ、体がふわりと浮く。何だこれ、超能力か?!と地下で人に近い生活をしている要は思わず叫んだ。ふわっと浮いた二人の体が、滝の中にすぅっと沈んでいく。こんな景色、人間の作ったSFファンタジー映画か、テレビの大妖怪達が演じるドラマでしか見た事がない。まず、浮遊する事は「浮遊免許」を取った妖怪しか許されていない上、「浮遊免許」は取るのが難しい。浮遊出来る力を持つ妖怪も限られているので、滝神がそれを出来ると知って、要の胸にじわりと熱が広がった。

「これが、ときめくって奴か」

 ぼそりと言うと、滝神はえ?と聞き返して来た。

「いや、滝神さん、浮遊免許持ってたんだな、って思って、凄いじゃないっすか」

「はぁ、まぁ、家に帰れなくなりますからね。浮遊するのに免許が必要になったと同時に取りましたよ」

 なんでもないことのように言う、その口振りもまた良い。要は急に目の前の、おっとりした男がかっこよく見えて来て、その男の家に来ている事を意識すると、得も言われぬ心地よさを覚えた。

「ちょっと、惚れそうになりました」

「え、……そんな、家に入る時だけしか使っていませんが・・・、褒められると何だか照れますね」

 滝神と繋いだままの手を、ぎゅっと握ると、滝神は困ったような顔をして、要の頭を撫でた。別の事をされるかと思っていた要としては、一瞬呆けて、それから恥ずかしくなった。

 

 玄関のような丸い空間を出ると、日本家屋の、囲炉裏がある大部屋に出た。

「まァまァ、お若い方を連れて」

 カチャカチャと抓音を立て、二足歩行の犬がやって来て、言葉を喋った。

「ウワッ!」

 思わず、声を上げて滝神に飛びついた要を、犬はからからと笑って面白がった。

「何ですの、あたくしが恐ろしいのかしら、この子」

 犬は前足を鼻先に宛てて、弾んだ老婆の声を出し、それからワン、と鳴いた。

「わ、わあああ!!」

 悲鳴を上げる要に、滝神は苦笑して、犬を撫でた。すると、犬はみるまに六十歳前後の、太ってはつらつとした老婆になり、目元に一杯の皺をつけて微笑んだ。

「こんばんわ、要さん、よくいらっしゃいましたね」

 後で聞いた話だが、老婆は滝神の家で長く家事をやっている手伝いの者だという。近所に家族と住んでおり、朝五時にやって来て、炊事と洗濯を行って帰り、夕三時にまたやって来て掃除と炊事をし、夜九時に帰って行く。

 お手伝いさんってやつか、実在したんだな。

 世界が違いすぎる、と内心で唸った。

 

 滝神一人用ぐらいの、小さな部屋で枕を並べて、一つのふとんで眠る想像をしていた要の予想を裏切り、滝神は要を、旅館で例えれば八人部屋と見まごう広々として立派な一室に案内した。何となく、拍子抜けしながらも、急な泊まりの展開に、要はまだ少しそわそわしていた。広い温泉がついた家は、もう紛れもなく旅館である。要は旅行でもしているような気持ちで、滝神家を満喫した。

 

 要さん、やっと会えて嬉しいわよ、滝神さんたらあたくしにまで貴方への恋心を相談していたんですからね、などと主人の秘密を暴露して、楽しげに帰って行った犬を見送り、犬の用意した日本食が美味かった事などを話していたら、夜中の一二時になってしまい、報告をするために押しかけたのに、そろそろ寝ましょうなどと滝神に言われて、要もはいと頷いてしまった。

 鶴の事情と、鬼李の言い分を、まだ要の意見はまとまっていないが、ひとまず滝神に報告しなければ、明日の朝早く起きて言おうか。しかし、五時にはもう犬が来てしまう。思い立って、滝神の眠る部屋に行ってみたが、部屋の中がしんと静かで暗いのを確認し、寝入っている滝神を起こすのは悪い気がした。明日、家を出た後に話そう。

 

 あてがわれた部屋に戻り、布団に潜る。広い部屋が落ち着かず、そわそわと足を動かした。あの後、鶴はどうなったのだろう。あまり調子が良くなさそうだったし、気が向かない様子だったのに、鬼李に強引に犯されたのだろうか。鶴が眉間に皺を寄せて、辛そうに足の間に鬼李を挟み、喘いでいる様子を想像した。鶴の菊座を、太く猛った鬼李の一物が出たり入ったりする。

 男同士の性交をおかずに、抜くのは始めてである。人の家に来て、何をやっているのかと思いながら、元気になった己に耐えろ耐えろよと話し掛けながら、枕元に置いた荷物からコンドームを取り出して被せる。ティッシュでは匂いが散るような気がしたのだが、コンドームでも同じだろうか。

 ひとまず、この熱を一旦、出さなければ。

「要さん」

「っぁ」

 驚いて、声が出た。荒い息をついて、状況を分析する。誰か来た。やばい。

「まだ、起きてますね?」

「ィえ、あの、もう寝ます」

 絶対絶命とはこの事である。コンドームを慌てて一物から外し、口を縛る。

「夜這いに来たのですが」

 滝神の台詞に、ひゅ、と息が止まった。ごほぉ、と咽て、咳を連発する要に、滝神は暢気に大丈夫ですか?と伺いの声を掛けて来た。

「大丈夫、じゃないです、……その、夜這いは、まだちょっと、今度で、えっと、すいません」

「要さん」

 するり、と障子を開け、和装の滝神が入って来た。普段、洋装でいる滝神の和装、それも首元などが広い寝着。見惚れていたらぱさりと布団を開けられた。

「ぅわっ?!」

 ボクサーパンツを下げ、一物を出したままの情けない格好が、空気に晒された。

「先程はすみませんでした、貴方の方から来てくれたのに、気づくのが遅れてしまって」

 ちげぇ! あれは、話をしに! という言い分が、この状況でどこまで信じて貰えるだろうか。要は罠に掛かった動物のような顔で、滝神を見上げた。夜の、妖しい仄かな光に照らされた滝神が、にっこりと艶やかな笑みを浮かべ、要はぞくりと、体の奥が疼くような、妙な欲を感じた。滝神の整った生真面目顔が、凡庸な男の顔になり、要はすごすごと、身を起こすとコンドームを脇に避けた。それから少し躊躇って、滝神の腿に手を置いた。滝神はしゅるりと絹の擦れる音を立てて、要の上に被さった。

 

 昨日は良い月が出ていましたね、と滝神が朝食を取りながら声を掛けて来た。滝神家の大きな温泉風呂の、露天風呂につかった際、そういえば綺麗な月が出ていた事を思い出した。

「ん、久しぶりにあんなゆっくり、月見ましたよ」

 眠たげに応じると、滝神は犬と顔を見合わせて笑った。家を出る時、犬がそっと要に滋養に聞くという菓子を渡して来た時、滝神と要の間で昨夜何があったかを、犬が察した事がわかった。要は思わず、舌打ちをしたくなったが堪えて、どぉも、とぶっきらぼうに礼を言って受け取った。恥ずかしさでむしゃくしゃする。若衆の立場というのは、兎に角、相手に全てを晒さなければらないのが辛い。

「結局、お話、聞けませんでしたね」

 石畳を歩きながら、滝神が言うので、要はそうだった、と思い出して一息に、鬼李と鶴、赤鬼の事を相談した。鶴が赤鬼に戻って来て欲しくて、手を抜いているのかもしれない事。鬼李が鶴に関係を強制している事。鶴が赤鬼を好きだという事は、何となく伏せてしまった。滝神は黙って聞いていたが、要の報告を聞き終えると悲しげに、眉を下げて溜息をついた。

「山神が可哀相ですね」

「え?」

 要の話には、出て来ていない人物の名を出され、要は一瞬混乱した。

「山神? さん?」

「ああ、鶴さんの懐刀ですよ、一の子分として、彼の事をとても気にかけています」

「鬼李さんは?」

「あれは……、鶴さんに憑りついてる化物、ですね、山神は頼りにしているようですが、僕はあまり快く思っていません、気性が荒く、自分勝手で邪悪です。……今回の件だって、あの化物が鶴さんを疲弊させ、全てを可笑しくしている、それなのにどうして、山神はあれを許すのか」

 山神が可哀相だというのは、単純に、鶴さんの調子が悪いと、山神が悲しむため、という事のようだった。要は滝神の険しい顔をじっと見て、投げづらい質問を投げてみた。

「あの、滝神さんは山神、さんだけ呼び捨てなんですね?」

 今回の件に全く関係のない、要の単なる興味本意な問いだ。要の事さえ「さん」付けで呼ぶ滝神が、山神の事は呼び捨てというのは気にな

る。正直、少し妬けてしまうあたり、昨日の事が影響しているのかと勘ぐる。滝神とうっかり寝てしまった事を、要は自分の中で、まだ消化しきれずにいた。

「それは……、一本さんや野平さん、牛鬼さん達の仲と同じで、僕と山神は昔馴染みなんですよ、同じ狗賓種ですからね、今でもよく飲みになど出掛ける仲です」

「そうなんですね」

「心配しないでも、山神と僕は変な仲じゃありませんよ」

「いや、そんな事別に、聞いてませんけど!」

 滝神は少し、考えてから立ち止まった。朝日でキラキラと光る透き通った川の輝きと、石畳の優しく滑らかなフォルムが溶け合って幻想的な美しさが、目の前に広がっていた。見惚れて、息を吸った要の頬に、不意打ちでキスをし、滝神はその場に座った。スーツの滝神に対し、皺がよらないのか声を掛けようか迷い、無粋な心配かもしれない、と口を噤んだ。

 滝神の隣に、自由業のような服装をした要が、悠々と座り、二つの正反対の見た目の男が、朝の自然の風景の中に並んだ。 景色の中に、思考を投げ出して、永遠にぼうっとしていたくなる空間に、心を奪われていると、滝神がふすんとくしゃみをした。

「あ、寒いっすか?」

 懐からティッシュを差し出して渡すと、滝神はありがとうと幸せそうに笑った。それから、川辺に視線を落とし、真剣な顔を作った。

「鶴さんは、赤鬼さんの下に居てはもったいないと思うのです」

「もったいない?っていうのは?」

「言葉の通りですよ、鶴さんのやり方や意思が、鶴さん自身に殺されてしまっているというか、赤鬼さんの下にいる限り、鶴さんは赤鬼さんのフォローに全力で取り組んでしまう。鶴さんは優秀です。だから、赤鬼さんの下に居る時は、赤鬼さんの意思を誰よりも先に理解して、根回しをし、必要な準備を整える、あの力を自分の意思のために使って欲しいんです」

「……」

「僕は小野森鬼李という化物を、あまり快く思っていませんが、彼の言い分は正しいかもしれません、鶴さんは、確かに赤鬼さんが戻って来る事を心の底で望んでいる、手を抜いているとしか思えない結果が見え始めていますからね」

「そんなに、酷い結果、が?」

「酷い、という程じゃありませんが、この状態が続いたら、今の体制での第一営業部存続は厳しいです」

「……そう、なんですか」

「まさか、鶴さんが赤鬼さんのやり方に、ここまで依存していたとは思いませんでしたよ、彼はもう自分の頭で考えるという事を、忘れてしまったんでしょうかね? 江戸時代、大親分にまで上り詰めた岡引の鶴さんはもう見られないのでしょうか? 我々はどこをどう、読み違えたんでしょう?」

「それが、あの、えっと、訳があって……」

「訳?」

「鶴さんは、赤鬼さんのことが、忘れられないみたいで」

「まさか……」

 滝神は顔を顰め、うぅんと唸った。

「小野森が鶴さんを何度も医務室に連れ込んでいる話は聞いていましたが、まさか、そんな、鶴さんが赤鬼さんをだなんて」

「はい、だから、俺もどうしようかと」

「単純に、赤鬼さんのやり方が好きで、赤鬼さんが戻って来るのを望んでるのかと、思っていたのですが」

「俺も、最初はそうだと思ってたんですけど、だって鶴さん、鬼李さんとよくヤってるし……だけど昨日、あの二人の揉めてるとこに出くわして、何となく、そうなのかなって、未練、みたいなものが、あるのかなって……」

 滝神はさらに、ぎゅっと目を瞑って頭を抑え、うぅ、と今度は短く唸った。その、余りにも困った様子に、要は胸を打たれた。

「あの、滝神さん、俺、良かったらちょっと鶴さんの周辺、何とかしてみますよ」

「何とか?」

「恋愛の揉め事って、内部ではなかなか処理しづらいかと思うんで、俺、鬼李さんと友達だし、あの人と話し合いつつ、それとな~く、鶴さんと赤鬼さんの仲、収束させてみます」

「要さん……」

「大事な恋人が困ってるの見たら、なんか、やんなきゃって思って、余計なお世話ですか?」

「いえ、助かります」

「ん」

「あ!」

 滝神がほんのり、頬を染めて要を見つめるので、何かと首を傾げると、滝神は目を輝かせて言った。

「僕、恋人にして貰えたんですね!」

「……あ、はい」

 こうやって、確認されると照れてしまう。要が下を向くと、滝神は要の手を取った。

「今後とも、宜しくお願いします、要さん」

 ビジネス挨拶のようだが、滝神は素である。要は、どぅも、と不貞腐れたような声で返事をしてしまった。

 

◆小ネタ 『座らない人』(天然攻め←ナンパ受)

 長蔵はその日、東武バスを利用して川越駅に向かっていた。何気なく窓からの景色を眺めていたら見覚えのある顔がバス停の向こう、心臓が高鳴る。遠くからでもすぐにわかる、焦茶の長い髪とハッキリした顔立ち。真っ直ぐひかれた形の良い眉と、平行した切れ長の二重。すっと鼻筋が通っており、目に心地の良い顔面。長身の蘭王は、バス停の標識より高いところに顔があり、とても目立っていた。バスが速度を落としていく中、熱視線を送っていたのがバレて、こちらに気が付くとからっとした笑みを浮かべ、手を振ってくる。バスは蘭王を目指して進み、蘭王の前に止まった。

「座らない人?」

 バスに乗り込んできた蘭王は、長蔵の横に立つと、ガラガラの車内を見回してから聞いてきた。

「足がきついから」

「わかる、狭いよなぁ、バスの座席って」

 蘭王ほどではないが、長蔵も大概、図体がでかい。

 初対面の相手には、まず胸から頭までを驚愕の顔付きでぐわりと見上げられるぐらいにはでかい。

「俺はお前らと話をするために座らないよ」

 聞き取りやすい高さのある、ほがらかな男の声。蘭王と一緒に乗り込んだ徳楽が口を開いて、やっと長蔵は徳楽の存在に気が付いた。

「いました」

 長蔵が驚いて言葉を失っている間に、徳楽は含み笑いを浮かべて先回りして、長蔵を茶化した。

「すみません」

「蘭王が目立つからな、慣れてる」

 長蔵が、蘭王を前にすると視野が狭くなることを、徳楽はわかっている。わかっていて、出来事を一般化してくれる。長蔵は目を伏せて、その優しさに甘えた。

「徳兄、小さいからなー」

「おまえが大きいんだろ」

「あっ、見て。俺達、今、階段」

 蘭王に促され、長蔵と徳楽が窓を見ると、蘭王、長蔵、徳楽と並んでいる様子が、身長差で階段のようになっている。

「……うん、そーな、良かったな」

 徳楽が面倒くさそうに応じると、蘭王はしょぼんとして、面白いと思ったんだけどなぁ、とひとりごちて黙った。徳楽と蘭王は血の繋がった兄弟で、他愛のない会話にも、肉親ならではの厳しさがまじる。

「蘭兄は、感性が豊かなんだよ」

 亀は、この兄弟と特別血の繋がりはないが、訳あって形ばかり加えて貰っている。

「まーた長蔵は、そうやってすぐ蘭王を甘やかすんだから」

「……」

 反論できず黙っていると、バスが丁度大きな曲がり角に差し掛かり、徳楽の体がぐらついた。片手で支えてやると、徳楽は少しばつの悪そうな顔をして、長蔵を見上げた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

 しかし、立ち慣れていないのか、言ったそばから徳楽はまたぐらついた。長蔵は再び徳楽の体を片手で支えると、今度はがっちりと肩を抱き込んだ。徳楽の、黙っていれば可憐な、少女のように線の細い、麗しい顔がほんのり赤らむ。長蔵は、己の胸に心地よさが広がるのを感じた。衆道趣味のある長蔵には、徳楽は口説くべき魅力ある男だった。

「徳兄、顔赤い」

 暗に意識されて嬉しいと伝えると、徳楽はあきれたような顔をして、長蔵の囁きを無視した。

「長蔵……」

 そこで突然、ぐいっ、と肩に力強い手の感触を覚えて、驚いて見やると節の大きな男の手が、長蔵の肩を持っていた。深爪しているが、形の良い爪には艶があり、握力の強そうなよく引き締まった指、一本一本がとても長い。恐る恐る手の主を辿ると、蘭王だった。

「長蔵も、支えてやるよ」

 他意の……長蔵に対しての感情など、一切無さそうな、むしろ実の兄を長蔵のちょっかいから助ける意図があるような、明るい笑みを浮かべ、蘭王は長蔵の肩を掴んでいた。

「……、俺は平気だよ」

「念のため」

 蘭王の手が肩にある間、長蔵は景色も車内のざわめきも、己が腕を回している徳楽のことも、何も考えられず、ただバスに身を任せ、運ばれて行く人になった。

無神経 目次①

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『ルキノと緊縛』(奇人宗教家×ヤリチン) 

 

『ソウボウキン』(奇人宗教家×ヤリチン)

 

『カマ言葉で喋っていいか?』(隠れオネェ×気弱男子)

 

『衆人環視』(隠れオネェ×気弱男子)

 

『無味無臭』(ぼんやりモテ男×平凡)

 

『ダッシュ』(ぼんやりモテ男×平凡) 

 

『おそろい』(ぼんやりモテ男×平凡)

 

『傷心旅行』(ぼんやりモテ男×平凡)

 

『味方以上、敵未満』(面倒見の良いオラオラ系×変人権力者)

 

『かわいそう』(野心家兄×無気力な腐男子弟)

 

『トイレの精』(強気攻め×気弱受け)   

 

『娼婦のムスコ』(強気攻め×気弱受け)

 

『筋肉と恋人』(悪女×男前)

 

 

 

怪PR社 目次②

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『お疲れ様です、要さん』(マイペースエリート×庶民派苦労人) 

 21世紀の妖怪世界は、人間世界とほぼ同じ。
 妖力や貧富の差はあれど、経済で回る仕組みが作られ、ほとんどの妖怪は人と関わらず生活している。人を襲って『肝』を収穫する仕事は第一次産業、日本の都市部ではあまり見られなくなった。

 

『つちおや』(執着攻め×強気受け前提、腐れ縁の上司×部下、第三者視点)

泉岳寺の裏にある竹林で、その子は生まれた。明け方まで男同士の荒々しい性交が行われていた寝屋に、朝日と共に強いエネルギーが発生した。神々の知らせを受け、すぐに駆け付けた。

 

『雲の巣』(天才×平凡)

怪PR社、企画部は幾つかのグループに分かれている。
 そのうち玩具や文具、常用小物についての企画を出しているグループをグッズGと呼ぶ。分かり易い例を上げるとアイドルグループのコンサートや、車のメーカーショー、スポーツ大会、展示会などのイベントで販売されるグッズの企画を行う。グループ内には三つの班があり、実績やアイデアを比べられ、競争させられる仕組みになっていた。

 

『畑のミカタ』(甘党の親分+親分大好き子分)

以津真(いづま)種の以津真 弥助(いづま やすけ)は、先日、管理部から営業部に異動した。周囲には反対され、上司からも渋い顔をされた異動だったが、無理を言って通して貰った。

 

『おやしらず こしらず』(執着攻め×子持ち強気受け、第三者目線)

洋次郎が教育を任された虎松の二親は、川越の賑やかな観光地のただ中、地下一層の高級マンションに居を構え、広いキッチンを持っていた。
 二親とも仕事が忙しく、一ヵ月に一度しかこの空間を使わない。

 

『狼ユーレイ』(無口な喧嘩屋×ヘタレ)

リストラされそうだと後輩から相談を受けた。

 創設五百年の歴史を持つ『ぬり壁セキュリティ』に勤める白鬼種の白鬼 陽太郎(しらき ようたろう)とその後輩、鶴種の鶴 洋次郎(つる ようじろう)の仕事は、要人警護である。近頃、政治家の広報活動をはじめた『怪PR社』の社員を悪党から守るため、役員のみならず末端の社員まで万遍なく警護する。外出する営業の送り迎えや、定期的な社内巡回を行う。
 江戸の頃から、大企業の活動には危険が付き物。古くは用心棒と呼ばれていた喧嘩の達人たちは今、セキュリティと呼ばれている。

 

『甘味デート』(総攻め色男の失恋と友情)

久しぶりに鶴の顔でも拝もうかと『怪PR社』第一営業部に足を運んだ。部員に声を掛けると部長室に通される。
 すると戸の前に、いつもの顔ぶれが立ち並んだ。
「……ヤのつく手下どもか、ご苦労な事だ」

 

『可哀想な馬』(下半身馬の男×総攻め色男)

葉月の末。頭上には青と白のクッキリした美しい晴れ模様が広がっていた。風鈴がひっきりなしに高く鋭い警報のような音を上げ騒いでいた。
 妖怪世界と人間世界、双方に向けて門を開いている陰間茶屋、江戸は芳町の『亀屋』を、主人兼仕込み屋として切り盛りしている亀は、朝から忙しく働いていた。
 その日は数ヶ月に一度ある大掃除の日だった。

 

『幸せな馬』(下半身馬の男×総攻め色男)

丸二日、何も口に入れていない。

 亀を保護した馬はまだ目を覚まさず、馬の目が無ければ、この屋敷のものは誰一人亀の身を案じなかった。
『俺にも食事を出してくれ、働いてるだろ、馬の世話をしてる』

 

『海のイロ』(危険色男×強気女子)

泉岳寺の裏にある竹林で、その子は生まれた。明け方まで男同士の荒々しい性交が行われていた寝屋に、朝日と共に強いエネルギーが発生した。神々の知らせを受け、すぐに駆け付けた。

 

『柄黒の行方』(孤高のエリート部下×万年教育係上司)

先日、元部下の野平が、めでたく第二営業部マネージャーに昇進した。

 

 人より飲み込みが遅く、怠け癖があり、協調性のない野平は大変な問題児で、第三営業部でリームリーダーを務める田保の手元に居た時は、ああ、こいつは気をつけてやらないと、すぐ辞めてしまうなと思った程の駄目部下だった。

 

『鬼の餌』(孤高のエリート部下×万年教育係上司)

『怪PR社』では、管理部の女子社員が中心になって男性社員に向け、バレンタインデーのチョコレートを送る。そのため、ホワイトデーには、今度は管理部の男性社員が中心になり、女子社員に向けて、お返しの贈り物をするのである。

 

『うしのきもち』(生真面目×俺様)

 小学校の時に参加した友人宅のクリスマス会。社会人一年目の時に経験した恋人と過ごす落ち着きあるイブの食事。思い出は美しくぼやけているが、未来は恐ろしく鮮明だ。

 

『恩師の声』(ミュライユ×亀、モブ視点)

川越警察署地下にある、川越妖怪警察署の取り調べ室は暗い。蛍光灯がチカチカする狭い部屋に閉じ込めた恩師は、つまらなさそうな顔をして、現れた私を上から下まで見た。

「まだそんな太ってたのか、ちゃんと痩せろよ、可愛いんだから」

怪PR社 目次 

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『小豆の熱』(生真面目×俺様) 

「あら太ぁ~」
 廊下から、間延びした低い声が自分を呼んだ。
 牛鬼が長いトイレからやっと帰って来たのだ。
 まとめた書類を鞄に突っ込み、バタバタとフロアを出る。
 広い肩幅と逞しい胸の目立つ、体育会系の肉体を高価なシャツの下に潜ませた色男……『怪PR社』第二営業部のベテラン営業マン、牛鬼種の牛鬼うし雄のもとで、小豆あらい種の小豆あら太は営業補佐を勤めていた。

 

『オトナとコドモ』(世話焼き攻め×マイペース営業マン)

二年前、営業から人事に回された時、妙な感覚に襲われた。突然、何もないところで転んだ時のような放心状態。
 少しほっとした自分がいた一方で、作りかけの砂山を崩されたような、変な悔しさも残っていた。

 

『泣いた青鬼』(尽くし系強面×恋多き紳士)  コミカライズ版

『怪PR社』の営業部フロアは、第一第二第三を壁でハッキリと分けている。しかし透明に透き通ったその壁は、音こそ遮断されているが、誰がどんな動きをしているのか見渡せるようになっていた。

 

『闇の怨霊、光の鶴』(執着攻め×強気受け)     

キラキラと光る善良なものになりたい、という欲求が俺の内側を刺激するのは、俺の成分には人間が多く含まれているから。
 人間はいつも清らかになることを目標に転生を繰り返している。

 

『いやがらせ』(執着攻め×強気受け)

体内に宿る怨霊を、コントロールする事ができなくなるのは、いつも情緒不安定な時だ。怨霊は容赦なく、既に定員数に達している体の中に入って来て、鬼李の体を膨れ上がらせる。出来たらすらりとした細身の男で居る事が望ましいと考えている鬼李の心を無視して、怨霊は鬼李を見上げる程の巨漢にしてしまう。

 

『李帝の寵愛、鶴の忠誠』(大妖怪の皇帝×ボロキレ妖精) 

生まれ育った武蔵を離れ、駿河丹波、須磨を転々と暮らしてみた。出雲や長門を見聞し、筑前に着いた頃、鶴はその男に出会った。

 

『ここは居酒屋』(真面目×強気、過去の恋)

尊敬しているけれど、恋愛するつもりのない男性から求愛された場合、皆さんはどう対処しますか。

 という質問を投げた居酒屋の一角。

 

『鶴に恩返し』(尽くし系強面×恋多き紳士)

少し肌寒くなった飛鳥山公園で。
「鶴を片付けろ」
 不穏な台詞を恋人から吐かれた。白い朝の陽光が眩しい。

 

『踊る赤鬼』(尽くし系強面×恋多き紳士)

忘年会が近い。出し物をどうしようかという悩みが発生する時期である。昔はこうしたイベントごとは、先に立ってまとめていた青鬼だが、ここ数年、部長職についてからはマネージャーに指示を出すだけですべてが終わるので完全に油断していた。

 

『こわいモノ』(執着攻め×強気受け)

こわいモノの近くに居続ける事が難しそうだったので逃げた。逃げたら、こわいモノのこわさが増幅した。いよいよ逃げられないぐらいこわくなって、向き合ったら少し、そのこわさを軽減する事が出来た。

 

『夏の陰色』(正義感の強い人間+美しい妖)

初客を取らされようとしている陰間が、戸にへばりついている。
 嫌だ、お父さんお母さん、嫌だ、嫌だよう。

 

『つちのこ』(不妊に悩む妖怪カップル、堅物×健気)

 今日の朝も産声を聞くことなく、気まずい思いで寝床を出た。
 大河童種の大賀九郎は、冷えた朝の寝室で服を身につけながら、大きな溜息を吐いた。白い息がシャツのボタンをかける自分の手に掛かる。
 どうして、と口の中で作った声を飲み込む。

 

 

 

 

 

 

◆小ネタ 『カンタンな方法』(マイペースな腹黒、我が道を行く堅物、天然な俺様)

 トート・マグランはいつも一人、不機嫌な強者として廊下側後ろの、真横に柱のある席を陣取って寝ていた。物音を立てる者がいると、容赦なく妖圧を掛けてくるので、休み時間には皆そそくさと教室を離れる。地下一層、ほとんどの生徒は地上にある妖怪企業に就職か、人の皮を被って人世に留学に行く。年頃はまちまちだが、学びをはじめた頃合いが同じの妖達は、一種の連帯感を持って、学校と呼ばれるその場所に通っていた。

「ねぇ」

 他クラスの知り合いに頼まれて、ハンク・ルーキンがトートに声を掛けたのは学校生活も残り一年、皆、就職活動で忙しい四年の春だった。

「寝るならどこか、もっと静かなところに行けば?」

「……ここも静かだ」

「君が静かにしてるんでしょ」

 あまりにずけずけと物を言ってくるハンクに、トートは首を傾げた。この場所でトートを恐れない者がいるとは。教師達でさえ二、三人の大妖怪を除き軒並みトートを恐れて遠巻きに眺めてくるだけであったのに。

「誰だ」

「ハンク・ルーキン、……二つ向こうの教室で文系の授業を中心に受けてる」

「俺は理系」

「聞いてない、……さっさと他所で寝て、昼休み終わっちゃう」

「……」

 妖圧を掛けて黙らそうかと思ったが、ハンクの背後に潜んだ何者かの気配もあり、やめた。ハンクも、姿の見えない何者かも、そこらの教師より厄介な部類の存在と理解できた。ハンクは明らかに悪魔だが、後ろに潜む者はどうか。ここ相模国の地下一層は悪魔の方が多数派であるが、倭全体でみれば妖怪の方が多い。妖怪だろうか。

「後ろのやつは?」

「マルクス・フィオーレ」

「妖精か」

「うん、変わってるよね、悪魔や妖怪の習うことに興味があるんだって」

「俺に恨みを持つ妖怪が、悪魔の助っ人を引き連れて来たのかと思った」

 疑いを口にすると、ハンクは微笑した。

「君は先の大戦で殺しすぎたんだ」

 ハンクはそれから、後ろの存在に目配せをし、飽きたような顔をしてトートの目の前、教室の壁に寄り掛かった。交渉役を交代するらしい。

 一つ隣にある教室の影から、フィオーレ一族特有の下がり目、マルクス・フィオーレが顔を出した。上位の存在特有の迫力で、マルクスはゆっくりと瞬きをした。

「……トート・マグラン」

「おう、確かに俺がトート・マグランだが」

「俺やハンクと、……友達になってくれないか」

「……」

 いま、なんて。

「おまえが嫌じゃなければ」

「いや、い……嫌とかそういう問題じゃ……、あっ、別に嫌ではないんだけど、その……」

 友達……、という言葉が、なぜか耳に残り、考えがまとまらない。友達……。

「えっ、なに、突然……?! マルクス正気?!」

「……わかった」

「えっ?! 貴方も何言ってるの?!」

「なってやろうじゃねぇか、おまえらと、……友達に」

「あぁ、宜しくトート」

「……おう、……マルクス」

「えっ、……えー?!」

 ハンクの目の前で握手を交わす二人に、ハンクは混乱した。しかし、それ以来トートが休憩の度に眠ることも、騒ぐものに妖圧を掛けることもなくなった。代わりに、ハンク・マルクス・トートの三人がつるんでいるところが、よく目撃されるようになったという。

 

 

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